30.言えないのに聞きたい
『最後の親書はあたし宛』
そう言ったあたしをディーンは驚いた表情で見た。
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以前、あたしが手を出した親書は自分宛の物だった。
それが分かっていて、その中身が自分の望むものである事を、一目確認したかったのだ。
もちろん今はその行動が親書を預かったディーンに対して、してはならないモノだったと十分反省している。
「最初から言えばよかったじゃないか」
「うん。ごめん」
あたしは素直に謝る。
ただやっぱり、早い段階で言う気はなかった。
「……中身はなんて書いてあるんだ」
「さあ? なんだろうね」
ウソだ。
あたしは知っている。この中身を。その内容を。
これこそが、あたしがずっと待ち望んでいたモノだと確信している。
「……中、見てみろよ」
「いやよ。屋敷で見るわ」
ディーンならこう言うのが分かっていたから、ギリギリまで隠した。
あたしは、内容を教える気はないし、そんな勇気もない。
「今見ろよ」
「嫌よ」
「どうして」
「だって、内容を聞くでしょ?」
ディーンが言葉に詰まった。
ほら、やっぱりね。
彼は「教えてくれてもいいじゃないか。ずっと守ってやってたんだから」と、不貞腐れたように言うが、「エメリー様が古代文字を読む事が出来れば、あたしは必要なかったんだよ」と、返り討ちにしてやった。
恨めしそうにディーンがこちらを睨む。でもあたしは気にしない。
こうなる事は予想していたから。
「あまり、人には言えない内容か?」
「まあ、声を大にして言うにはちょっと……」
その為の親書だ。
内容が公になると、周りが騒がしくなって面倒だし、悪意ある者に知られればスキャンダルで引きずり降ろされる可能性もある。
アルフレッド殿下が『本人に危険の及ぶ可能性がある』と、言ったのは、そのことだろう。
ディーンは少し考えてから、ハッとしたように顔を上げた。
「エレイン、その申し出を受けるのか!!」
申し出。という言葉に驚いた。
たしかに申し出とは言えなくはないが、元々願ってはいたのだ。
そこでようやく許可を得た。と、いうところなのだが。
でも内容には全く触れていないのに、何故、そういうものだと分かったのか。
「どうなんだ、エレイン!!」
しつこく聞いてくるディーンにあたしは困った。
なんとかうまくかわす言い訳はないかと頭を捻る。
なるべく嘘はつきたくない。これ以上、自分を嘘で固めるのは嫌だ。
そう思っても中々良い案が浮かばず、仕方なしに無言を貫いていたが――……ふと、考えてしまった。
彼が、この内容を知ったらなんと言うのだろう。と。
要らぬ考えだと分かっていたし、自分からはっきりと伝える勇気が無い事も分かっていた。
それなのに少しでも、僅かでも自身の望む言葉に近いものが聞けたら――……
そう考えていたら、つい、「そのつもりよ」と、答えていた。
ディーンは目を見開いた。
「どうして、そういう事なら早く言わない!!」
「……なんで、早く言わなきゃならないの?」
いろんな期待や不安が混じる気持ちを隠し、あたしは言葉を返す。
どんな答えが返って来ても、動じない――……
それだけを心の中で唱えながら次の言葉を待っていると、「俺、アルに言ってしまったぞ!!」と声が上がる。
頭に、疑問符が浮かんだ。
「……えっと、何を?」
「それは……」
ディーンは一度口ごもり、少し視線を彷徨わせた後、「俺とエレインがキスした事だ」と、続けた。
……はい?
この話と、その話って、繋がります?
その間にもディーンは「その、言う気はなかったんだが、アルは口がうまいから……」などと、ごにょごにょ言い訳がましい事を言っていた。
「えーっと、あの事故は今回の話とは関係ないんだけど」
「じ、事故ってお前……」
「事故じゃない。エメリー様の勘違いなんだから」
「ちっ……可愛くねえ」
「可愛さなんて要らない。――それより、一体あの親書に何が書かれていると思っているの?」
どうして、あの日の事を引っ張り出して来たのか。
どう考えても無関係なのに。
一拍置いて、ディーンはポツリと呟いた。
「正妃か側妃の誘いじゃないのか……?」
あたしは全くの予想外の展開に眩暈を覚えた。
「エメリー様……。貴方、親書の渡した相手覚えている?」
「……ああ。爺さんを含め男が三人で女がお前を入れて二人」
「じゃあ、なんでそんな話に?」
「爺さん達は偽装だろ? となると、アルの本命はあの金髪碧眼の美女か」
「その話が真実だとして。あたしが本命から外されているのが気に食わないわ」
「お前が本命になれないのは、俺との関係があるからだろ?」
「誤解を生む言い方しないで」
一体何を考えているのだ。
ディーンって、たまに物凄く見当違いな事を言ってくるから始末に悪い。
それはあのキスの時だってそう。
「じゃあ、中身は一体なんなんだよ?」
「……まあお誘いはお誘いだけど、そう言った話じゃないから」
「本当だな?」
「本当よ」
念押しするようにこちらを見てくるので、「本当に本当よ」と言ってやれば、ディーンは安心したように「そうか。ならいい」と、愛馬の背に跨った。
完全に興味を失ったようだ。
彼にしてみれば、仲のいい王子の妃にあたしがなるかもしれないと思って、食いついてきただけなのだろう。まあ、残念ながらその可能性は限りなくゼロ。親書の中身がそういった内容ではない事は本当だ。
これはディーンには関係のない所で起こる話。だから、彼に言う必要はない。
ただ……もう少し、聞いてくれたらな。……なんて。
絶対言う気がないくせに、そんな事を考えるあたしは我が儘だと思う。
ディーンがこの親書の内容を知るのはずっと後になる。
その時には、あたしは、もう――――。
あたしはようやく受け取った親書を胸に、自分の愛馬へと飛び乗る。
それを確認したディーンは馬を走らせ、あたしもその後に続いた。
高鳴る期待と。――――沢山の不安と寂しさを抱えて。
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