3.不良騎士
「……ディーン、まだ開店前だぞ?」
「たまにはいいじゃねえか」
俺は説教を受けたその足で城下の酒場に来ていた。
メインストリートから何本か入った路地にある店は、木造の平屋。
周りの建物のせいであまり日の光は届かず、小汚い外見な為、間違っても品のいい奴らは来ない、いわゆる大衆酒場だった。
そんな酒場の名は「キングブレイド」。
偉く大層な名前がついているにも関わらず、こじんまりとした店構えに、「詐欺じゃねえか」と興味を惹かれたのが始まり。
その後マスターと馬が合い、ちょくちょく立ち寄っている。
「なんだ。えらく機嫌が悪いじゃないか」
「ほっといてくれ」
態度が悪い事を自覚しつつ、俺はカウンターへと座る。
現在の時間帯は午前中。酒場の仕込み時間である為、当然客などはいない。
そんな中、堂々と店に入り、図々しく居座る様は、また陰口を言われるネタになりかねないが、そんな噂をする奴すらもここにはいない。
俺は指でカウンターを鳴らしながら頬杖をついた。
横に長い小麦色の木からリズミカルな低音が生まれるが、それは何の意味もなく、ただ流れるだけ。
そんな俺を見てマスターはフッと表情を柔らかくし、慣れた手つきでずらりと並ぶ瓶を手に取った。
「……強いヤツにしてくれよ」
「何言ってんだ。昼間っから」
「今日の務めは終わりなんだよ」
「なるほど。今日は非番だったんだな」
「ああ。だから……」
「だめだ」
結局マスターは俺の言う事など全く聞かず、フルーツのカクテルを用意してくれた。しかも、ノンアル。
注文を完全に無視した飲み物に俺はムッとするが、マスターは白い歯を見せて笑うだけ。
仕方なしに俺は用意されたカクテルを飲み、グラスの中で音を立てる氷を眺めた。
透き通った氷に映る自分は酷く憂鬱そうで、昼間っからなんて顔してるんだと、自分でさえ思う。
俺はマスターと他愛のない話を始める。
マスターは俺の不機嫌な理由を聞いてくる事もなく、俺自身も愚痴をこぼす事もない。
こうやって普通に話が出来るだけで十分で、それは今自分が置かれている立場から見れば貴重であった。
「……まあ、店としちゃあディーンが不規則に顔を出すからヘンな客が来なくて助かるよ」
「なに言ってるんだ、マスター。自分でねじ伏せる力はまだあるんだろ?」
俺はカウンターの後ろに飾られている剣を見て、フンと鼻を鳴らす。
こじんまりとした店には不似合いな体格を持つマスターは、先代のアスタシア国王の元護衛騎士。
戦闘中の怪我が原因で早期引退、その後しばらくしてから酒場のマスターになったらしい。
護衛騎士といえば通常の騎士より優秀とされ、さらに陛下の騎士となるとまた別格だ。
怪我がなければ、今も陛下の傍に居たに違いない。
「俺も年には勝てないからな。楽、命ってか?」
「なんだよそれ? 意味分かんねーなあ」
そんな事を言いながら笑うマスターは、服の上からでも分かるほど筋肉が盛り上がっており、どう考えても日々の鍛錬を欠かしていない事が分かる。
ほんと、世代がもう少し近ければ是非手合わせ願いたいぐらいだ。
「それにしても、ディーン。相変わらずお前、『不良騎士』って呼ばれているみたいだな」
「んー? そうかもなあ?」
俺は気のない返事をしつつ、その悪評を思い出す。
その言葉にはムッとする時もあるが、もう慣れてきているから気にとめない事も多くなっていた。
まあ実際、俺はその悪評についてどうこうする気はない。
言いたい奴には言わせておけばいいし、喧嘩を売られるならいくらでも買ってやる。
ただ、マスターは気にしてくれているようで、「ほんと、お前が『不良騎士』だなんておかしな話だよな」と、言った。
「剣の腕前はいうまでもなく、お前は溺れる様な酒も、賭けも、女もやらない。どう考えても将来優良株なのにな」
「ふん。優良株っていうのは、品のいいお坊ちゃんの事だろ?」
「お前だってお坊ちゃんだろ?」と笑うマスターに、「だから、品だよ、品」と強調する。
「そうだなあ……まあ、品があるっていうのも良いとは思うが、戦いの時はお前みたいな小生意気な坊主が一気に戦局を変えたりするんだがな」
「なら俺は一昔前に生まれるべきだったな」
「ははは。それなら間違いなく遊撃軍の隊長だ」
「はっ! どの道、遊撃か!」
今も似た様な位置づけだが、まあ時代が違えばヒラか隊長かの差はあるようだ。
しばらくの間マスターと会話をした俺は、これ以上の長居は悪いなと思い、店を後にした。
◆◇◆◇◆◇
(不良騎士。か……)
その悪評を気にしてはいない。
そう思ったのはウソではないが、それは『現在』という意味で、噂が立ち始めた時は正直苛立った。
そもそも俺が不良騎士だと呼ばれるようになったのは、第一にこの口の悪さがある。
礼義を重んじる騎士道に居ながらも、言葉を知らない俺は完全に浮いていた。
もちろん屋敷ではきちんと指導を受けさせられていたのだが、俺は机に向かって行う勉強に興味がわかず、そのせいか、聞いた傍から忘れていくという困った子供だった。
せめて覚えが悪いぐらいならよかったのだが、興味がないという事はやる気もでない。
やる気のないやつに教えても意味がないと悟った指導担当は、俺の好きな事――身体を動かすような剣術や体術を教え込んだ。
今までの覚えの悪さがウソのように、身体の動きを覚えて行く俺。
まるで乾き切ったスポンジに水を与えるように全てを吸収した俺は、騎士の試験を好成績で通過する。
よかったのは、ここまで。
俺はその後、重大な失敗を犯した。
好成績で騎士の試験をパスした俺は、様々な選択権を手に入れた。
幹部候補として近衛騎士になるか、国境付近を守る砦の隊長候補になるか。そして、王子の護衛騎士になるか。
俺は迷わず、王子の騎士になる事を選んだ。
そうしてから行われる任命式。
俺は第一王子から任命される事になり、礼拝堂へと足を運んだ。
一応騎士として任命を受ける際、規則みたいなものがあるのだが、俺はその殆どをこなす事ができず、周囲は溜息で包まれる。
しかし儀式は中断される事なく、なんとか終盤へと進み、ついに王子からの任命を受けるところまで来た。
本来、任命を受け、王子から許可が出るまで顔を上げる事が許されない場面。
だが俺はその規則を覚えておらず、堂々と顔を上げ言った。
『お前がアルフレッド殿下か、これから俺が守るから安心しろよ』
これが友人に言ったのなら許されただろう。
だが相手は第一王子で、行く末は国王になる人物。
この非礼はだけは許されなかった。
任命式は取り止めになり、俺は第一王子の護衛騎士候補から外された。
かつての賛辞は落胆のため息へと変わり、羨望の眼差しは好奇な視線へと変わる。
お情けで騎士の称号だけを貰った俺は、周囲から「昇格の望みのない騎士」などと笑われる日々。苛立ち、反論すれば口の悪さがバレて、今度は『不良騎士』だと言われた。
おやじは頭を抱え、お袋は泣いた。
エメリー侯爵家長男の俺にこんな悪評が立ってしまい、この時ばかりは自分の無知と口の悪さを呪った。
そして現在。
俺は後継ぎから外れ、一介の騎士として城へ仕えている。
後継ぎから外れたのは自分の意思で、おやじとお袋も了承済みだ。
これ以上俺個人の評価で家族を苦しめたくない。それだけだった。
昇格の望みも無く、後継ぎでもない俺は夜会にも参加しない。
遠巻きにひそひそと噂され、仮に話をしても、「怖い」と令嬢達には逃げられるのが目に見えているからだ。
そもそも面倒だと思っているから楽といえば楽なのだが、夜がずっと空きっぱなしというのも情けない気がする。
(あーあ。ほんと、世の中うまくいかねえな)
「何浮かない顔してるのさ? ディーン」
急に声を掛けられ振り返ると、男が立っていた。
猫毛の金髪に暗めの青い瞳。
掛けている眼鏡は黒縁で丸く、学者の様な見た目で、線も細い。
小首を傾げるように人懐っこい笑みを浮かべているが、声にも覚えがなく。
見慣れぬ男はニコニコと笑うだけで、やっぱり名乗らない。
「……お前、なにやってるんだ。こんなとこで」
「あ、やっぱり分かる? これでも本気で変装してるんだけど」
「お前の変装は俺には効かないって言ってるだろ」
ヘラヘラと笑うこの変装男、名をアルフレッドと言う。
普段は城の偉い奴がいるところに住んでおり、時折このように変装して城下をウロつく変なやつ。
――そう。
こいつは俺がヘマをやらかした相手、アスタシア王国第一王子だった。
俺は笑うアルフレッドを余所に辺りを見回す。
行き交う人々の中や、目立たない建物の隙間、そしてこちらへ集中する視線を探る。
しかし感じるものは何もなく、思わず溜息をついた。
「……お前、護衛がいないじゃないか」
俺の言葉にアルフレッドは「うん、撒いてきた」とまた表情を崩す。
おい。撒くなよ護衛を。
これだけを聞いたら王子の護衛騎士の能力が疑われるが、実のところそれは全くの誤解。
彼らの技量は毎年行われる剣術大会にて明らかであったし、その立ち振る舞いまでも完璧という事はいうまでもない。
ただ王族は、隠し扉やら秘密の通路やらでこの王都を好き勝手移動できる。
それは有事の際に使われるだけの、存在すら疑われるものだったのに、こいつがふらふらと護衛も付けずうろついていた事で、俺なんぞに知られてしまう事になった。
なのにこいつと来たら全く懲りる様子もなく、また一人歩きしている。
第一王子がこんなんで良いのか。
俺は時々この国が心配になる。
「お前、忍んで来たいなら、せめて私兵を使えよ」
「私兵って……ディーンは仮面騎士の事を言ってるの?」
それ以外に何がいるんだ?
そう視線で訴えると、アルフレッドは「それじゃあ、本当のお忍びじゃなくなるからね」と、ヘラリと笑う。
「じゃあ、もう行けよ? ここに居たらすぐ見つかるぞ」
「あれ? ディーンは僕を守ってくれないの?」
「必要ないだろ」
「わあ、薄情!」
大げさに言うアルフレッドに「俺が傍に居た方が目立つぞ」と言うと、「僕に護衛を連れ歩いてもらいたいんだろ?」と聞いてくる。
まあ、たしかにそうなのだが。
いくら王都が平和だといっても、万が一というのもある。
なら俺が一緒に行動し、守ってやるという方法もあるが、護衛騎士候補から外された自分がその役目を担うのはおかしいし、それこそ本来の護衛騎士からしたら面白くないだろう。
「だったらここで立ち話に付き合ってやる。しばらくしたら、お前の騎士が来るだろう?」
「えー。もう見つかる訳? つまらないなあ」
「お前の遊びに付き合わされる騎士の身にもなってみろ」
そう言うとアルフレッドは「やっぱり僕の目に狂いはないなあ」と、何故か自分を褒めた。
一体何を言ってるんだこいつは。
この状況で自分を褒める要素がどこにあるんだ?
「……そういえば、ディーン。今日はビリーを吹っ飛ばしたんだって?」
「!! もう知ってるのか?」
その話は今朝の事だぞ?
まだ数時間しか経ってないのに、どうしてそんなくだらない事をもう知ってるんだか。
「しばらく目立たないようにしてたのに、どうしたんだい?」
「お前には関係ない事だよ」
ただイラついていただけ。
こんなくだらない理由を敢えて言う必要もない。……が。
俺は内心舌打ちをする。
アルフレッドが余計な事を言うので、苛立ちの原因を思い出してしまった。
『ビリー様』
俺の事は名で呼ばないクセに、今日会ったばかりのビリーの事はあっさり呼びやがった。
しかも俺がエレインと呼べば「馴れ馴れしくするな」と言う。
こんな風にコケにされて、腹が立たない訳がない。
アルフレッドが「どうしたの?」と声を掛けてきた。
ただそれでも、沸々と沸き起こる苛立ちは、もう爆発寸前だった。
(覚悟しておけよ! エレイン!)
喉元まで出かかっていた言葉をごくりと呑み込む。
苛立ちの矛先は目の前に居るこの男ではない。
自分よりも細くて小さいくせに、生意気な口を利く、あの女。
そんな事を考えていた俺は、陰口に相応しい態度の悪さを世間にぶちまけていた。
お読みいただきましてありがとうございます(*^_^*)
仮面騎士⇒公には姿を現さず、基本、変装をして護衛にあたる騎士。




