26.初めての野宿
少し長めです。
バートン様と入れ違いにならないよう、森の入口付近に陣取ったあたしたちは、早速荷をほどき始めた。
元々、街から街へと移動していた為、荷物は必要最低限。
厚みのある布が数枚と、ロープやナイフといった道具を少々。後は食料に水を二日分。それに加えあたしは、薬を作る為の道具を持っていた。ディーンも基本、あたしと殆ど変らないだろう。
野宿初心者のあたしは、まず何をしたらよいか分からない。
ちらちらと横目でディーンを窺い、彼のマネをする。
「テントはないからな。手持ちの布を合わせて使うぞ」
ディーンは野宿に慣れているようだった。
手際良く、荷の中から使うモノだけを用意し、枯れ枝を探しに行ってしまった。
あたしも彼に倣って、同じモノを荷から降ろす。
敷き布と少々厚みのある掛け布。後は火種である炎草と、食料に水を一食分。
食料は水分の少ないパンに、ビスケット。それに干したお肉だけ。携帯食と言えばこういう感じなのだろうけれど、それにしても味気ない。
(なんとか、食材を手に入れられないかしら?)
あたしは荷物からあまり離れないようにしながら、辺りを見回す。
まず目についたのは背の低い木々達。
すでに葉は全て落ち、細い枝と小指の先ほどの丸い実がついている。小鳥が啄みそうな熟れた赤い実はふっくらしており、つやつやだった。
足元を見れば色鮮やかな落ち葉達に紛れ、濃い緑色をした葉が目に入る。
食卓で何度も目にした事のあるその葉は、苦味も少なくて食べやすい。季節を問わず生えている事から、サラダの基本とまで言われている。
良く見れば、他にも食べられる野草が生えており、これらを使えば夕食に彩りを加える事が出来そうだ。
あたしは意気揚々として葉の傍に近づく。彩りと盛り付けをイメージしながら、葉に手をかけ、そうして手折る前にはたと気がついた。
周囲を見ただけでも分かる恵み多き森。
それは自然でありながらも、手入れがされている事は一目瞭然で。もちろん手入れをしているのはメジナ村のみなさんだろう。そうして守られている恵みを、果たして他所者の自分が貰ってもいいのだろうか。
しばらくの間考えていると、ふと木の幹に看板の様なものが括りつけられているのを見つけた。
『恵みは必要な分だけご利用ください。そして種は森へお返しください』
乱獲しなければ恵みを分けてくれる。
穏やかな暮らしを望むメジナ村の人達が考えそうな事だった。
「じゃあ、今晩の分だけ分けて下さいね」
あたしは看板の前で手を合わせて、少しだけ森の恵みを分けてもらった。
◇◆◇◆◇◆
荷物の元へ戻ると丁度ディーンが姿を現した。
担ぎあげるように枯れ枝を抱えて、もう片方の手には真っ赤なリンゴが握られている。
「まあ、一つぐらい良いだろ?」
イタズラっ子のような顔をするディーンに一瞬見惚れながら、「ひ、必要な分だけならいいそうよ」と、先程の看板の事を伝える。彼は「ふーん」と、言いながら「まあ、いる分だけを採るって言うのは常識だな」と、笑った。
ディーンが火をおこしている間、あたしは飲料水を少しだけボウルに溜め、野草を洗う。薬を調合する為の道具だが、役立って良かった。
採って来た野草は、緑、赤紫、黄色……と、食用の木の実を少々。
これぐらいあれば、簡単なサラダとスープは作れるだろう。
「ん? お前も何か採って来たのか?」
「ええ。食事に彩りが少ないかなって思ったから」
ディーンは「彩りねえ……」と、いいながらヒョイッと洗いたての野草を取り上げたかと思うと、すぐに口の中へと放り込む。
「あっ! もー!! どうしてそういう事するかな!」
つまみ食いなんてしなくても、きちんとお皿に盛りつけるのに!
密かに盛り付けたサラダを食べてもらうのを楽しみにしていたあたしは頬を膨らませる。
なのにディーンときたら、苦虫をかみつぶしたような表情をし、眉間に二つの筋を作った。
「う……お前、これ食べられるのか?」
「え……? 毒は無いはずだけど?」
「お前……毒が無いのと食えるモノは違うんじゃないか?」
「失礼ね。ちゃんと本に『食用にもなる』って書いてあったわよ」
自信をもってそう伝えたのに、ディーンは「『にも』ねえ……」と、言ったきり。
仮にも薬草研究者のあたしが言っているのに、信用している様には見えない。
「……ちょっと。言いたい事があるならハッキリ言いなさいよ」
「お前と野宿すれば毒を食わなくて済むけど、美味いモノも食えないなって思っただけだ」
「なっ……! あたしの味覚が悪いって言いたいわけ!?」
「味覚っていうより、センス?」
「なお悪いわよ!!」
なによ! 折角、味気ない食事に彩りを加えようとしたのに!!
その後、腹を立てたあたしは一人で野草サラダを食べきる。たしかに渋い味がする野草もあったが、構わず全部食べた。途中、ディーンが「俺の分は?」と、聞いてきたが無視。文句を言われてまで、分けてあげる理由なんて全くない。
ちなみに、リンゴは食べました。
だって切ったのあたしなんだから、文句は言わせない。
◇◆◇◆◇◆
枯れ木が炎を宿す。
立ち上る蒸気に揺らめく空気。
パチパチと音を鳴らしながら生まれる火の粉は、ゆらゆらと揺れながら空へと上ってゆく。
登りゆく火の粉を追いかければ、高い空には満天の星空。
月は少し欠けているけれど、完全なる闇で無かったのは救いだったかもしれない。
――闇が、怖いのではない。
あたしが怖いのは。
(ああっ! さわさわ音がする! それに野犬の遠吠えが!)
全神経を集中させ表情に怯えが出ないようにする。
あたしの怖いのはお化け。
それだけだと思っていたのに、普段建物の中に居る時は全く気にならない音が、野外ではこんなにも恐怖を煽るものだとは知らなかった。
「……エレイン。寝ていいんだぞ」
「……火の番ぐらい、あたしにもできます」
この問答は、もう何回目だろう。
本当は怖くて眠れそうにないから起きているだけなのだが、当然あたしはそれを伝えてはいない。
「眠らないと、明日がきついぞ」
「そう思うなら、エメリー様が休んで下さい」
眠れるなら、とうの昔に眠ってる!
……なんて事は、当然ディーンは知らない。
本来なら伝えるべきなのだろう。その方がディーンも気にせず休めるのだから。
しかし、森の囁きや犬の声が怖いだなんて知られるのは、あたしの矜持が許さない。
これが自己中心的というのだろうけれど、ここは譲れない。
そんじょそこらの令嬢なんかと違って、あたしは幼いころからお転婆で、気が強い女なのだ。
(……貴方だって、そう思っているでしょ?)
あたしは肩から羽織っている布をギュっと引き寄せる。
膝もしっかり抱え込み、暖をとりつつ震えない様に気をつけた。
「――寒いのか?」
「大丈夫です」
ディーンがあたしを気にしてくれている。
単に話す事がなくて、そうしてくれているだけかもしれない。
それでも、その事実は心を温かくする。
良く考えれば、こんな時間まで顔を合わせている事は初めてかもしれない。
(野宿。だもんね)
だから今夜は、一晩中一緒にいられる。
それは嬉しい様な、恥ずかしい様な。ひょっとしたら、彼の寝顔をすぐ傍で見られるかもしれない――
心の中でもう一人の自分が囁く。
一晩中一緒だからなんだというの。寝顔が見れらるかもって、それがどうしたというの?
魔法をかける前の自分と、かけた後の自分が全く逆の事を言う。
本当なら、魔法をかけたままの自分のいう事を聞いた方が良い。
でも。
もう、旅は終わってしまう。だから。
「……なにを、考えている?」
不意にディーンが声をかけてきた。
驚いてそちらを見やれば、彼は真っすぐにあたしを見ている。
「べ、別に何も……」
「そうは見えなかった」
「……ホントよ、何も考えてないわ」
「じゃあ、なんでそんな顔してるんだ?」
その問いにあたしは目を見開いた。
まさか、あたしの考えている事が――?
心を見透かされているのかと思うと、恥ずかしさと緊張で一気に鼓動が速くなり、慌てて目を伏せる。
「やっぱり、キツイんだろ? 今からでも――」
――違う。
そう分かった瞬間、「大丈夫!」と、声を上げた。
「エレイン」
「大丈夫!」
「無理するな」
「無理してない! だから、このまま……」
「このまま?」
オオムのように聞き返され、あたしは「……野宿、する」と、小さな声で答えた。
やっぱりあたしの考えている事なんて伝わるわけなかった。
突き離すような事ばかりしているけれど、本当は傍に居たいなんて。
あたしの行動は矛盾だらけだ。
「――分かった。では、こっちも纏え」
ディーンは自身の分の布を掴んだ。それが何を意味しているのか分かったあたしは首を横に振る。
「いらないわ。それはエメリー様の分……」
「俺は問題ない」
彼はそう言って立ち上がると、あたしの方へと近づいてくる。
「下にもう一枚。肩へもう一枚」
今夜、だけは。
魔法を解いてしまおう。
素直にディーンの行動を受け取るには勇気がいった。彼はあたしが寒がりなのを知っていて、布を貸してくれようとしているだけ。だけどその優しさを受け取るあたしはそれ以上を期待してしまって、いつも落胆しているから。
あたしはディーンに近づこうと一歩足を踏み出す。……と、その時、つんのめるように体勢を崩してしまった。
「危ない!」
声と同時に、強い力で引き寄せられた。
彼が勢い良く動いた事で炎が揺れ、熱風が舞いあがる。
「何やってんだよ! あぶねえな!」
「ご、ごめん……布踏んじゃったみたいで」
「『ごめん』じゃねえよ! 火に突っ込めば、顔も髪もまるこげなんだぞ!」
キツイ口調がぐさりと胸に突き刺さった。
恐る恐る顔を上げれば、案の定、彼は眉を寄せており、不快な気持ちにさせてしまったという事が分かった。
あたしは顔を伏せた。
(不慣れなくせに、野宿をするなんて言い張ったから……こんな顔されるんだ)
あたしの我がままでディーンを振りまわして、彼を不快にしている。
旅はもう終わってしまうから、だから、少しでも一緒にいたくて。
彼は最初から『宿ぐらいい良いところに泊まりたい』と言っていたのに、あたしはメジナ村に宿が無い事を知っていながら教えなかった。
ずるい、ずるいあたし。
「違う」
考えていた言葉を否定され、一瞬それが現実に発せられた言葉なのか分からなかった。
「違うんだ」
身体を支える腕に力が込められる。
抱き寄せられたのだと分かった時、心臓が大きく跳ねた。
「……泣かせるつもりで言ったんじゃない、俺は、心配して……」
続けられたその言葉に驚く。
気が付けば、「しん、ぱい?」と、舌っ足らずな言い方で聞き返していた。
「そ、そうだ。俺は怪我したって良いが、お前はそんなわけにはいかないだろ?」
奇跡が起きたと思った。
ディーンがあたしを慰めてくれている。
思った事をすぐ口にする彼が、あたしの態度で何かを感じ取って、誤解を取り除こうとしている。
それは思いがけないもので。
その分、破壊力は抜群だった。
あたしはディーンを見上げる。
いつも強い光を放っている茶色い瞳は少し、揺れていて。心なしか、眉尻が下がっている様に見える。すぐ傍で燃えあがる火の色を映した頬は、不慣れな事をした自分に照れているようにも見えた。
(ああ……だめ。そんな顔、しないで)
今夜だけはと、魔法を解いている。
だからこんな顔をされては。
(また、勘違いしちゃうよ……)
そう分かっていても目が離せず、ディーンを見つめ続ける。
どれぐらいそうしていたのだろう。
高い空の上には月と沢山の星と。
近くで燃え上がる枯れ木からは火の粉と、温かい風。
そして。
腰と背中に回された、力強い二本の腕。
自身を取り巻くこの瞬間が、このままずっと自分を離さなければいいのに。
「……まずい」
急にディーンが顔を顰めた。
「……え?」
「前触れだ」
「はあ??」
ディーンはあたしの両腕を掴み、自分から引き離す。
それは我に返ったような仕草で。
少し慌てた様に、誤解がない様に。
そういう意味じゃないと態度で示されたのだと分かり、あたしは気落ちした。
「とにかく、早く寝ろエレイン」
「……だから、火の番はあたしが……」
「いいから! ぐずぐず言わずに寝ろ!!」
「ぐずぐずって!! 人が折角……!!」
折角なんだろう?
素直になろうとした? そんなの、ディーンに関係ないじゃない!
あたしはディーンが差し出して来た布を乱暴に奪い取り、彼に背を向け寝転がる。
眠れない。でも、そんな事絶対言わない!
結局あたしは一睡もできずに、朝を迎える事になった。
いつもお読みいただきまして、本当にありがとうございます!(*^_^*)




