25.草博士、再び
小鳥から手掛かりを得よう――
そう考えた俺達はバートンの元からやって来た小鳥を丁寧にブラッシングしていた。
黒と黄色の頭部から褐色が縦に入る背中、細く長い尾羽まで。
出てくるのは基本、抜け落ちた羽毛ばかりだったが、エレインは諦めずブラッシングを続けた。
時折、小鳥がねだるようにこちらを見るので、『待機』という意味を持たせた餌を与える。すると小鳥は満足したようにエレインの手のひらへ擦り寄る。
本来、鳥にブラッシングなんてありえないだろう。嫌がるに決まっている。
しかし、小鳥の中ではこれも一つの仕事のようで、餌を与えた直後は、それはもう大人しくされるがままになるので、その働きっぷりと言ったら犬の比ではない。
俺は頬杖をつき、ブラッシングに集中するエレインを眺めながら、時々小鳥に餌をやるという何とものんびりとした午後を送っていた。
◇◆◇◆◇◆
「――尾羽に種子が付いていたわ」
鳥番を命じられて一時間後。
ルーペを手放したエレインが俺に差し出したのは、ゴマ粒よりも小さい――俺が見たらゴミにしか見えない――茶色い粒。
吹けば間違いなくどこかへ消え去ってしまう粒を目の前に、俺は息を止めエレインへと視線を移す。
「この種子カッカラッサって言って、少し珍しい植物なの」
ようやく手掛かりを見つけた――とばかりに、長く息をついたエレイン。
その仕草で、無造作に小鳥を調べようとした俺を止めた理由が分かる。ただ、同時に疑問も沸いた。
「カッカラッサって珍しいか??」
気のせいじゃなければ、そんな名前の草、王都の広場にも生えていたはず。
そう伝えれば、エレインは頷く。
「植物自体はそう珍しい物じゃないんだけど……」
なんでもこの種は穂先から落ちた瞬間から色が変色し始めるらしい。
最初はあざやかな赤色、数時間で黄色に、翌日は茶褐色へと変わり、最終的には黒になる。
「見て。この種子、まだ茶褐色になったばかりなの」
エレインがルーペを通して見せてくれる。
たしかに茶色い粒だが、まだ黄色とも橙色とも言えるような部分がある。
「この種子が穂から落ちて、まだ一日経っていない。しかもこの子は、早朝にはここに到着している。つまり、種子をつけて半日以内にアンバーへ移動できる距離にバートン様がいるって事」
「それでも範囲が広すぎないか?」
「そう、思うでしょ?」
フフンと笑うエレインが、ちょっと得意げな表情になる。
彼女は腰に巻いたポーチから地図とコンパスを取り出す。
カリーヌへ声かけしてから、地図を机の上へと広げ、手早くコンパスで円を描いた。
「まずこの種の小鳥が半日で移動できる距離」
マンセル家のある住宅街を中心に描かれた円は、およそ半径三十キロ程度。その中には、他国へと広がる外海、アンバーと別の街を繋ぐ街道、そして小規模の森を含む小さな村が入っている。
「次に生息地……」
円の中で複数ある街道沿い、小規模の森に印をつける。
「そして、最後にカッカラッサが生えている場所」
流れるようにペンが動いた先は三つ。
「実はカッカラッサって、アスタシアの南方にはあまり自生していないの。ここから半日の距離でカッカラッサがある場所と言えば、街道沿いの二か所と、ここ、――メジナの森にしかないの」
「なるほど……そうなると、どのタイミングで手紙を渡したかが分かれば場所の特定できるか」
「ええ。小鳥は夜飛ぶ事がないし、仕事を受けた場合、寄り道は絶対しない。範囲はかなり限定的よ」
俺は机に向かって前のめりになり、地図とエレインを見比べる。
彼女は頭の中を整頓しているのか、口元に軽く手を添えたまま地図を眺めている。
真剣な眼差しと細い指が地図の上を滑る。
その姿に目を奪われながら、エレインがこの任務をただの案内役のつもりで取り組んでいない事が分かる。
(……お前はいつもそうだよな)
集中したらそれしか見えなくて。何があってもやり遂げようとする。
例えその途中……辛かったり、泣く様な事があったとしても。
(俺は……何ができるのだろう?)
お前の身の安全を守る以外、何が。
「……リー様? エメリー様!!」
「あっ……な、なんだ?」
「ちょっと! ちゃんと聞いててよ!!」
「……悪ぃ。考え事していた」
「もう! 考えるのはこっちでしょ!?」
「ああ。その通りだ。悪かった」
大事な手掛かりと生かそうと必死なエレインは上の空だった俺を睨みつけ、はあと深く溜息をついた。
「……で。場所の特定ね。まず今日手紙を預かった場合、小鳥の活動時間とここへの到着時間を考えて……範囲はここまで。これだと、小鳥が街道上にいて街道で依頼を受けるしかない。しかも、この範囲はアンバーから近すぎる。研究をしているバートン様が三カ月も街付近の街道上に留まっていたら、さすがに噂になるわ」
「なるほど」
「次に、昨日手紙を預かった場合。行動距離は広がるけれど、寄り道をしない事を念頭に考えれば、『昼過ぎに落ちた種子をつけておきながら、昨日中に到着出来ない場所からの移動』ということになるわ。さらに範囲を絞る情報として、小鳥が夜に休める場所は、草原だけではなく木々が生える街道だけ」
エレインのいう林のように木々が生える場所は、アンバーから北東にしか存在しない。
となれば、昨日中に到着しなかった時点で、北西方向から種子をつけた状態で、早朝こちらへ到着する事はありえない。
「昨日手紙を受け取り、早朝に到着したという事は、小鳥が休んだ場所はこの辺り。この場所から種子をつけた昼過ぎから日没までの行動距離を計算すると……」
エレインが地図上にバツをつけてゆき、的が絞られて行く。
仮定などを考える事が苦手な俺は、その手際の良さに感心する。
そして、最終的に残った場所は。
◇◆◇◆◇◆
メジナの森。
俺自身、名も知らなかったその森は、アンバーの東側に位置する比較的小規模な森で、小さいながらも恵み豊かな場所らしい。
近くには集落があり、話によると騒がしい港町を避けた人々が暮らしているそうだ。
決して豊かとは言えない暮らしだが、春になれば山菜を採り、秋になれば木の実を採るといった穏やかな生活は、村人達を癒し、心を豊かにしてくれている。だからなのか他所から来た俺達にも、とても親切だった。
「ようこそ、メジナ村へ。何もありませんがごゆっくりどうぞ」
手掛かりを見つけ早々に旅立った俺たちは、夕方にはメジナ村へ到着していた。
夜になる前に到着して良かったと思った後、俺はこの移動を後悔する羽目になる。
「――宿屋はないのか?」
そう聞き返した俺に困った表情を浮かべる村人。
その表情がすでに答えを物語っており、俺は「いや、すまない」と、村人に頭を下げた。
「エメリー様、宿が無さそうな事、気付いていなかったの?」
「……うるさい。気付いていたなら、何故言わない」
今まで野宿をしない様にしていたのはお前の為なのに。
残すところ僅かでこんな事になるなんて。
「だって、早くバートン様を見つけないと、移動してしまうかもしれないし」
「たしかにそうだが、お前、野宿なんて無理だろう?」
「またそうやって、無理って決めつけるのね」
「何言ってるんだ。事実だろう?」
言葉を交わすたびにどんどん雰囲気が悪くなってゆく。
俺はエレインから離れた。
このまま会話を続けて『疲れる』と思われる事が嫌だった。
それと同時に、村人と宿の交渉をしようとも考えた。
俺はエレインに野宿は無理だと思っていたし、無理をさせる気も無かった。そして何より、彼女にとってこの旅が嫌な思い出にならない様にしたかった。
それなのに彼女は、慌てた様に後を追いかけてくる。
「ち、ちょっと! どこいくの!?」
「お前だけでも泊めてもらえるように頼んで来る」
「え、え??」
「一人ぐらいなら何とかしてもらえるだろう」
「ち、ちょっと待ってよ!!」
エレインが急に腕を掴んで来きたので、眉を顰め彼女を見下ろす。
「なんだ。早くしないと、野宿だぞ」
「野宿でいいよ!!」
「はあ? 何言ってんだお前?」
「そうやって、無理って決めつけられるのはイヤ! だから、あたしも野宿する!」
「意地を張るな」
「意地じゃない!」
声を上げながら、意思の強さをにじませる瞳が俺を射抜く。
――ああ。この目をした時は。
説得を諦めた俺は「勝手にしろ」と言い残し、村の入口へと向かう。
エレインもすぐ後ろをついて来るが、振り返ったりはしない。
(全く。どうしてこんなに頑固なんだ)
頑固で意地っ張り。
そう言ったら泣いた癖に、やっぱり自分の意見は譲らない。
今だって、素直に言う事を聞けば、温かな部屋で休めたものを。
エレインが何を考えているか分からない。
ただ言える事は、やっぱり彼女は頑固で意地っ張りだという事だった。
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