24.教えてくれよ
エレインに食事の誘いを断られた。
ならば差し入れをと食い下がった俺をバッサリと切った彼女は、扉すら開けてはくれない。
俺は重い足取りのまま、一人で食堂に向かった。
エレインの涙を見たのは二回目だった。
一回目はならず者に襲われそうになった時。
ニ回目は昨日。
昨日は俺が、泣かせた。
確かに失言ではあったが、いつもの軽口のつもりだった。
なのにエレインは酷く傷ついた顔をして、アメジスト色の瞳から涙をこぼした。
信じられなかった。
こんなの、いつもの軽口じゃないか。
どうして、泣いたりする?
何が、そんなに彼女を傷つけた?
動揺した俺は何の言葉も出て来ず、カリーヌの助けによってなんとか謝る事が出来た。しかし、情けない俺の謝罪はその場を収める為だけの言葉になり、本来の意味を果たしてはいない。
「花でも買っていけばいいのか……?」
こんな事になるぐらいなら、ちゃんと社交の場に出て、対処法を学んでおくべきだった。
食後、街をうろついた。
まずは花でも買おうと花屋に寄ったが、込み入った事情まで突っ込んで来た店員に嫌気がさし、何も買わずに店を出た。
次は装飾品を見てみようと立ち寄ったが、趣味が分からず退散。
ならば、菓子でもと思ったが、差し入れを拒否されている時点で、どんな物を買っても意味がない事にようやく気が付いた。
「くそっ……どうしたらいいんだ」
このままではいけない。
それが分かっていてもどうすればいいか分からない。
自分の不甲斐なさに苛立ち、足元に転がっていた石を蹴飛ばす。
石は勢い良く飛んでゆき、近くに居た猫が飛び退く様に逃げて行く。
完全な八つ当たりだと分かっていたが、気持ちを収める事は出来なかった。
そうして街を歩き回っている内に、いつの間にか露店を通り抜けていた。
通りを抜けた先にあるのは住宅街とその間にある広場。
街の中心であるこの場所には、昨日のオリーブがある。
『幸せの葉っぱみっけ!』
そう言って無邪気にしていたエレインを、俺が傷つけた。
子供の頃から喧嘩したって泣く事の無かった彼女を、俺が。
あれから食事はとったのだろうか。
食欲がないと言っていたから、休んでいるのだろうか。
それとも――……俺の顔を見たくないから、そう言っただけなのだろうか。
顔を見たくないから。
そう自分で考えて、気分が落ちたのが分かる。
俺とエレインは会えば喧嘩ばかりだが、決して嫌われたいと思っているわけじゃない。
当然、泣かせてやりたいと思っている訳でもない。
「……幸せの葉っぱなら、あいつを笑顔にする方法を教えてくれよ」
そんな事を一人呟いた俺は、酷く情けなかった。
結局なにも出来ないまま宿へと戻ると、エレインが俺の部屋の前で待っていた。
許してくれたのか。
そう思ってホッと息をつき近寄ると、彼女はスッと一枚の紙を差し出して来た。
「カリーヌさんからです」
その事務的な仕草に、自分の勘違いだと気が付いた。
俺は手紙を受け取り、でも開かずにエレインを見る。
少し下を向かないと見えない彼女はこんなにも近くに居るのに、その存在は遠く感じた。
それは数年前からずっと感じていた事で、ここ数日は少し近くなったと思っていた――……見えない距離感。
「エレイン。悪かった」
視線をそらさず言い切った俺に、エレインの方が動揺した。
「な、なんの事?」
「昨日の事だ。泣かせる気なんてなかった」
「あ、あれは……目に、ゴミが入っただけ」
「嘘だ。傷ついた顔していた」
「あたしがあれぐらいで傷つくわけない。エメリー様の気のせいよ」
「気のせいじゃない」
「気のせいったら気のせい!!」
「違う!! 俺が、泣かせたんだ!!」
エレインの瞳が揺れる。
よく見たら瞼が少し腫れているじゃないか。
まさか、宿に戻った後も一人で泣いて……?
「エレイン……お前」
「エメリー様。謝罪はちゃんと受け取りましたから」
「しかし……」
「『しかし』じゃありません。あたし達は何しにここに居ると思っているんですか?」
本分を忘れないでください。
エレインは俺の握りしめた手紙を指差し、「早く確認を」と言ってくる。
もちろん任務は大事だ。
アルフレッドからの信頼を裏切るつもりはないし、当然任務も無事終わらせる。
それは任務途中である現在においても、決定事項だ。
しかし、だからといってエレインを傷つけたままでいいとは思わない。
彼女が傷ついたのは任務とは全く関係ない事で、彼女に落ち度はない。
悪いのは、間違いなく俺。
だから一秒でも早く、俺のつけた傷を取り除いてやりたかった。
「エレイン……」
「何度言わせれば気が済むのですか? クドイ、ですよ」
俺の言葉を聞こうとはしないエレインはやっぱり頑固で。
結局、彼女の傷を取り除くことが出来ないまま、俺は渋々ながらその手紙を開いた。
◇◆◇◆◇◆
『バートから便が届きました。もう一度お越しください』
そう書かれたメモ紙を見て、俺達は再びマンセル家を訪れていた。
「いらっしゃい、エメリー様、エレインさん」
「バートンから便りが来たって?」
「エメリー様!」
エレインはため息交じりにカリーヌへと謝罪をし、訪れの挨拶をする。
そんな彼女にカリーヌは「そんなに畏まらないでくださいね」と、柔らかく微笑んだ。
「早朝に、この子がやってきたんです」
そう言いながらカリーヌは小さく口笛を吹く。
すると羽ばたく音がし、黒い冠羽のある小鳥が彼女の指先に止まった。
「それは自分専用の小鳥か?」
慣れた様子で頬を撫でるカリーヌへ問えば、彼女は首を振る。
「いえ、皆が利用している子の一羽です」
小鳥便とはその名の通り、小鳥を使った配達方法だ。
まず、専門のバードマスターから躾けられた後、常に放し飼いされている小鳥を呼び寄せる。
やって来た小鳥に手紙を託し、行き先を伝える。そうした後、報酬を与える事によって、配達をしてもらうという訳だ。
しかしそれらは目標が移動しない事が前提である。
「なるほど、だからこちらからは連絡出来ないのか」
ただ、例外もある。
小鳥に個人を覚えさせる――
この方法で躾けをした場合、個人を覚え配達してくれるので、その限りではなくなる。
移動中でも連絡を取りたい場合はこの方法が便利だとされている。
「まあ、連絡できないものは仕方ない。手紙とバートンのところから来たこいつを観察して、場所を特定するまでさ」
「手紙を見せてもらえるか?」と頼めば、カリーヌが大事そうにメモ紙を差し出してきた。
『こっちは元気。研究はかどっています』
「…………」
これは。妻に出す手紙としてありなんだろうか。
手紙など出す事のない俺でも、ちょっとまずい気がするのだが……
案の定、この一文を見たエレインはピシリと固まった。
「こ、これだけですか……?」
「ええ、そうよ」
「『ええ、そうよ』って、カリーヌさん!! それで良いんですか!?」
「え? いけないのかしら?」
「いや、いけないっていうか、その……」
「エレイン。他所様の事情に口出しする筋合いは無いぞ」
本筋から離れて行きそうだったので、口を挟めばエレインはこちらをキッと睨み、「貴方に言われたくないわ!!」と声を上げる。
「なんだよそれ、どういう意味だ?」
「『どういう意味だ』ですって!? よく言うわ!! 貴方、あたしの事、引きこもりだの根暗だの口出ししてるじゃない!」
「根暗だなんて言った覚えはない。暗い所に閉じこもり過ぎだと言っただけだ」
「同じ事よ!!」
「まあまあまあ。お二人共。本当に仲がよろしいんですね」
「「どこが!?」」
「うふふ。突っ込みも同じタイミングなんですね」
おっとりとした口調で見当違いな事を言ってくるカリーヌに毒気を抜かれた。
それはどうやらエレインも同じだったようで、バツ悪そうにプイと顔を逸らす。
「喧嘩するほど仲が良いって言うのは本当なんですね」
「誤解です、カリーヌさん。ホントに喧嘩ばかりで、あたし疲れてるんです」
「それだけ真剣に向き合っているってことね」
うふふと笑うカリーヌに、がくりと頭を垂れるエレイン。
「……暖簾に腕押しってこの事ね」
「あら、私は暖簾なの?」
二人の会話は尚も続いている。
その間、俺は聞き流せない言葉に固まっていた。
『あたし疲れてるんです』
エレインは俺と話すのは疲れると思っているのだ。
そりゃあ、そうだろう。喧嘩ばかりするのだから、当たり前じゃないか。
そう理解できる一方で、その言葉に傷ついた。
理由はなんだ?
話すのは疲れると言われたからか?
でも、喧嘩する時に疲れるのはおかしい事じゃないよな?
だったら俺も、疲れているハズ――……?
「意味分かんねぇ……」
ポツリと呟けば二人の話し声が止まった。
俺は顔を上げ、エレインを見る。
すると彼女はフイっと顔をそむけ、カリーヌの方を見た。
「カリーヌさん。この話はおしまい!」
「まあ、エレインさんがそういうなら、今日のところは逃がしてあげるわ」
二人の間に流れる空気が、仲の良い友人のように感じ、俺は何故かムッとした。
「……カリーヌ。小鳥も見せてくれ」
つい、低い声を出せば、カリーヌがキョトンとした表情で俺を見る。
俺自身、態度が悪い事に気付きながらも謝罪はしない。まるで子供の様だ。
それなのにカリーヌはこちらの態度など気にした様子もなく、フッと柔らかく微笑みを返してきて。
俺はなにか余裕の様な物を見せつけられ、余計に気分が悪くなった。
「……エメリー様ってホントに正直なんですね」
「何の話だ? 俺は小鳥を見せろと言っているだけだ」
「エメリー様!! どうしてそんな口のきき方!!」
「エレインは黙ってろ!!」
しまった!! またやってしまった!
恐る恐るエレインを見れば、彼女は俺を睨み「貴方に指図される謂われはないわ」と、いつもの気の強さを発揮していた。
普段なら俺が言い返す番。
しかし俺から出たのは、安堵のため息だった。
いつもお読みいただきまして、ありがとうございます!(*^_^*)




