23.嘘の魔法
視点変更あります。
ディーン ⇒ エレイン
しょうもない喧嘩から二時間ほどが経過した。
あれから一言も発しないエレインはずっと地図を指でたどっている。
そして俺はアンバーに到着した時に見た白壁にうんざりしながら、その後ろを歩いていた。
受取人の家は住宅街の中にある。
宛名を聞いた時点でそれが分かっていたので、まずは街の中心地であるオリーブを目指し、そこを起点にして地図を見ているのだが。
レンガ道で作られていた通り以外はかなり複雑に建物が入り組んでおり、地図には示されていない道や行き止まりのせいで思う様に歩く事が出来ない。
元々、個人の自宅を示す為に作られている地図ではないが、まさかこんなに時間がかかるとは思っていなかった。
「……なあ、俺が見ようか?」
「いえ、結構です」
『ちゃんと俺を案内しろ』
そう言った事を根に持っているのか、エレインの声は冷たく、俺に地図を見せようともしない。
冷え冷えとした石畳に響く足音と、振り返って言葉を返してくれない彼女が俺を完全に排除しているように感じ、時が経てば経つほど苛立ちが募る。
頑固者。
どうして俺を頼ろうとはしない?
どうして……
「……そんなに意地っ張りなんだ」
「意地なんか張ってません!!」
しまった。
またやってしまった。
キッと俺を睨み、また地図しか見ないエレインを見て、自身の失言に気が付く。
(……いい加減、この口を何とかしなきゃならないな)
しかし彼女の事を頑固者の意地っ張りだと思った事は事実で、それを「違うんだ」と、言い訳するのもおかしい。
失言だと分かるけれど、言い訳する事は嘘をつくのと同じ。
結局俺は何も言う事ができず、怒るエレインの後ろ姿を眺めながら溜息をついた。
――ようやく、目的の家を見つけた時には、完全に日が傾いていた。
その家も、周囲と同じ白壁のニ階建てだった。
のっぺりとした壁に、カーテンの引かれた窓が二つ、そして、こげ茶色の扉。
ニ階部分も玄関扉がないだけで、後は全く同じ。
どうやらこの辺りは同一規格で建てられたようで、家自体は隣と全く変わり映えしない。
唯一違いが出るのは、窓に掛けられたカーテンと、こげ茶色の扉に振られた番地のみ。
しかもその番地に至っては全く規則性がなく、好き勝手に番号を振っただけではないかと疑いたくなるほど滅茶苦茶だった。
「二手に別れて探したほうがよかったか」
「……悪かったわね、見つけるのが遅くて」
「そんなつもりで言ったんじゃない」
「じゃあ、もう何も言わないで」
不機嫌なエレインには何を言っても無駄。
それが分かっている俺は彼女のいう通り口を噤む。ただし、納得はしていない。
エレインが扉へと近づいたので、俺は姿勢を正した。
コンコンコン……
ノックの音が軽く聞こえたのは、扉が少し薄いせいかもしれない。
奥からハッキリ聞こえた足音と、すぐ近くで聞こえ始める金属の鳴る音。
扉の建て付けが悪いのか少し手こずっているようにも聞こえる。
俺はひとまず進展しそうな現状に安堵し、扉が開くのを待った。しばらくすると、蝶番の軋む音と共にエプロン姿の女性が姿を現す。
少し日に焼けた肌と、そばかすの散った頬。
亜麻色の髪を花のついたゴムで緩くまとめ、不思議そうに小首を傾げる姿は少女のようにも見えるが、真っ白なエプロンを押し上げている腹の部分を見れば妊婦だろうと気が付く。
――ならば、宛名本人もいるだろう。
そう予想を立て、エレインが挨拶をするのを見守っていると、女性は困り顔を浮かべながら笑った。
「ごめんなさい、ここは確かにバートン=マンセルの自宅なのですけれど、彼は今、こちらにはいないの」
「妊婦のあんたを残して何処へ行ったんだ」
つい、そう口を挟めば、エレインが俺の足を踏んだ。
「こちらこそっ、急にお邪魔した挙句、不躾な態度でごめんなさい。私達、どうしてもバートン様に直接お渡ししたいモノがあるのですが……」
エレインの問いに女性は少し考えた後、「よろしければ、中でお話をさせていただいても?」と、俺達を招き入れるように大きく扉を開いた。
「御迷惑でなければ……えっと……」
「あ、失礼致しました。私はバートンの妻、カリーヌ=マンセルです。どうぞカリーヌとお呼び下さい」
「ええ、カリーヌさん。私の事はエレインと呼んでくださいね」
こうして俺達はマンセル家へと入って行った。
◇◆◇◆◇◆
「主人のバートンですが、もうかれこれ三カ月は帰って来ていないのです」
何時間も外を歩き回り、冷え切った身体には天国の様な室内。
カリーヌさんが淹れてくれたコーヒーを飲み、ホッとしていた矢先――……とんだ爆弾が落とされた。
あたしは口に含んだコーヒーをぶちまけない様、思いっきり唇を閉じ、なんとかその液体を飲み込む。
「……えっと、カリーヌさん? それはどういう意味と解釈すれば?」
「言葉通りの意味ですわ、エレインさん」
妊娠した妻を三カ月もほったらかしにしている男、バートン。
言葉通りに解釈すると、とてつもない怒りを覚えるんですけど。
(まさかカリーヌさん、騙されているんじゃ……)
相手を知らない以上、その疑惑は余計に膨らむ。
カリーヌさんはといえば、花が綻ぶような笑みと物腰がおっとりとしている優しそうな女性。
こんな彼女だからこそ、バートンの事を「困った人」と苦笑するだけなのだろう。男に取っちゃあ女神さまである。
あたしは本来とは全く関係ない理由で、この男の顔を見てやらないと気が済まなくなった。
「……バートン様はいつ頃お戻りになる予定で?」
「さあ……いつも、予定を決めずに出て行ってしまうので」
「向かわれた先はどちらかご存知でしょうか?」
「いいえ。でも、今回は船に乗らないとの事でしたので、王国内にはいると思うんですけど」
「連絡を取る手段はありますか?」
「私の方からは難しいです。バートからたまに小鳥便が届きますけど……」
なんて奴だ。
こんな風に女性を放置するなんて許せない。
そう思って眉を顰めていると、隣からバカみたいな笑い声が聞こえた。
「……なにがおかしいのですか、エメリー様」
「いや? 誰かさんに似てるなって思ってさ」
ニヤニヤ笑うその顔で、その誰かさんを誰と思っているのかが嫌でも分かった。
「……その誰かさんって、誰よ」
「さあ? 誰だろうな?」
「答えなさいよ!!」
「声を張り上げるって事は、自覚はあるんだな!」
「なんですって!!」
つい、ここがどこかも忘れて声を上げれば、今度はくすくすと笑い声が聞こえる。
「エレインさんは好きな事になると周りが見えないんですか?」
「え。そ、そんな事は……」
「見えてない見えてない。しまいにゃ居留守まで使うんだぜ」
「は? 居留守って……何の話よ」
「覚えてねえんだろうな、お前は引きこもってばっかだしな」
「なっ! 引きこもっているんじゃなくて、調合と読書をしてるのよ!!」
「同じ事じゃないか」
一部、身に覚えのある話だが、今ここで暴露される謂われはない。
なのにディーンは更に言葉を重ねる。
「お前は意地っ張りで、頑固で、自己中心だエレイン」
それに……
そう続けられる攻撃に視界が揺れた。
油断、してた――……
最近ちょっと、大事に扱われている様な気がしていたから、魔法が綻んでいたのかもしれない。
ディーンの何気ない一言で、嬉しくなって、ドキドキして。もちろん、ムッとして言い返す事もあったけれど、それすらも幸せで。だから、聞き慣れたハズの自身の欠点を刺されたら、こんなにも――……
そう気付いた時にはすでに遅く、滲む視界からポタリと雫が落ちる。
ディーンが驚いたように目を見開き、言葉を止めた。
「エメリー様、今のは言い過ぎです」
「あ、ああ……」
「あなた達二人が親しい間柄だって分かります。でも、それが言い過ぎて良い理由にはなりませんよ」
思わぬカリーヌさんの言葉に、ディーンは素直に頷く。
それすらも焼けつくように胸を焦がし、見当違いな嫉妬で呼吸が苦しくなる。
「エメリー様。こういう時はどうするか知っていますよね?」
「……ああ」
ディーンはバツが悪いのか視線を彷徨わせ、片手で口元を隠しながら「悪かった」と謝ってくれた。
彼は思いもしない事は言えない。
だから、本当に悪いと思ってくれたのだろう。
でもあたしはその言葉で癒される事は無かった。
◇◆◇◆◇◆
結局その日はこれ以上どうする事も出来ず、あたし達はマンセル家を後にした。
住宅街を抜け、馬を引き取る。
露店の密集する地帯では、夕方をとうに過ぎた時間でありながらも人通りが多く、賑やかだった。
しかし、あたしの気持ちは一向に浮上しない。
そんな気持ちのまま宿へと向かう途中、あのオリーブの木を見つけ、ふと立ち止まった。
『幸せの葉っぱみっけ!』
『は? なんだそりゃ?』
何を浮かれていたのだろう?
ちょっとディーンが優しく扱ってくれたからって、調子に乗って。
二人でいろんなところへ行って、相乗りして、街を歩いたぐらいで。
ディーンはウソをつけない。
思ったままを言葉にするから、気使いとかそういうのは全くなくって。
だからこそ。
一緒に旅ができる事になって。
街を見ようって誘ってくれて。
相乗りする時、まるで恋人を乗せているように、ギュッと抱きしめてくれて。
全部、全部、全部…………
「……エレイン?」
窺うような声で、ディーンがあたしを呼ぶ。
立ち止まっている事に対しての呼びかけだと理解したので、「なんでもないわ」と返事をし、また歩き始める。
ディーンの行動にはその事実以外、意味はない。
それは昔からそうで。
たとえ今向けられている視線が、気遣ってくれていると感じたとしても。
それはただの願望にしか過ぎないのだから。
翌朝、ディーンとの接触が必要以上にならないよう、徹底的に注意した。
「エレイン、起きているか」
「ええ。起きてますわ」
扉は開けずに、そう返事をする。
不自然にならないよう、声色だけは十分気をつけて。
「なら、朝飯を食いに行かないか」
「いえ、まだ食欲がありませんので」
そう返せば、「大丈夫なのか」と、声が聞こえてきたので、すぐに「ええ」と返す。
「……なら、食べられそうな物でも買ってきて……」
「いえ、結構です。少し後で食事に行きますから」
可愛げの欠片もないやり取り。
そんな自分にうんざりもしていたが、でも、最初っから可愛げなど必要ないのだ。
取りつく島を与えないよう言葉を返したあたしは、ディーンの「そうか」と、いう言葉を聞き、「ええ、お気になさらず」と、扉の前から離れる。
そうしてから、彼の離れてゆく足音を聞いて、その場に座り込んだ。
心配してくれて嬉しいなんて嘘。
だってあたし達は犬猿の仲なんだから。
あたしは大きく息を吸い込んでから、ゆっくりと吐き出す。
それを何度か繰り返した後、スッと立ち上がった。
「しっかりして、エレ。あたしは、強い」
鏡の前に立ったあたしは自身の顔を両手で叩き、魔法をかけ直す。
これがあたしの平常運転。
いつも些細な事で喧嘩して、何を言われても傷つかない。
だから――……
こんなに目を腫らしている女性は、知らない人。
見た目がそっくりでも、あたしである訳がないのだ。
いつもお読みいただきましてありがとうございます!(*^_^*)




