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22.アンバー

 





「プラム~!! ただいまっ!」



 俺の馬から降りた途端。

 エレインは表情を崩し、自身の愛馬の元へと走ってゆく。

 愛馬のプラムも主人に気が付いたようで、「ここだよ」と言う様にブルルと鳴き、自分に抱きついてきた主人に頬ずりをする。


 誰が見ても感動の再会なのに、俺はその二人(一人+一頭)を優しい気持ちで眺めている事は出来なかった。


 ――羨ましい。


 どうしてその相手は俺じゃなくて馬なんだよ。

 いやいや。当たり前じゃないか。久しぶりに愛馬と再会したのだから。

 いや、でも……


 俺は反射的に頭を掻きむしりたくなる。

 自分のモノなのに、何を考えているのか分からないこの頭ン中を。


 ただ、当然そんな事出来るハズもなく。

 むず痒い思いをしながら愛馬の手綱を引けば、シードが鼻面で俺の顔を押してくる。

 まるで、「どうしたんだよ」と、言っているようだった。



「訳分かんねぇンだよ……」



 そんな本音が零れ落ち、愛馬に愚痴ってどうするんだと、自分自身に苦笑した。



「悪ぃ。今のなしな?」



 シードが「わかったよ」と言わんばかりにコクリと頷く姿が可笑しくて、俺は礼と(ねぎら)いを込めてゆっくりと身体を撫でてやる。



「ありがとな。お疲れさん、シード」



 愛馬は満足したように、ブルルと鳴いた。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 相乗りが終われば、少しずつ余裕が出てきた。


 やはり触れていたからダメだったんだ。


 あんな風に長い時間女性に触れる事は今まで無かったから、ああいう邪な気持ちになってしまったんだと言い切れた。


 よかった。

 これでうっかり口を滑らせる事も、邪な事を考えていた事実がバレる心配も無くなった。


 俺はこのままエレインの友人で居られる。

 例え折り合いが悪くなっているとしても、ずっと友人だ。


 そう考えると何故か胸の辺りがもやもやする。そのもやもやは何かを訴えているようにも感じるが、その何かには思い当たることはない。


 考えても分からない事を考えるのは得意じゃない。

 いずれにしろ、彼女を失う事が無くなったと思えばそれでいいじゃないか。


 俺はそう結論づけ、一人納得した。



 途中の街で三度夜を過ごし、ようやくアンバーに到着した。


 最南端にあるアンバーはアスタシア屈指の港町。

 大陸から鳥の尾羽のように広がった陸地はいくつもの船を受け入れる巨大な船着き場。

 常に外国籍の船が出入りしており、掲げる国旗の種類は覚えられない程多い。


 すぐ隣には世界的に有名な交易都市ルーブンがあり、そして――……



「はあ……。ここまで来てしまうとファンシルに寄りたくなるわ」

「ファンシル……? あまり聞かない地名だな」



 俺の回答にエレインが「え!?」と、素っ頓狂な声を上げた。



「何言ってんの!! ファンシルって言ったら、超有名よ!!」

「有名? そうか?」

「そうよ!! アスタシアの自然薬草庫ファンシル! 他の土地では見られない薬草の数々が自生していて、季節により取れる薬草は数知れず!! 今は晩秋だから……」

「あーはいはい。よーくわかったから」

「ウソ!! その言い方絶対ウソ!!」



 そんなに行きたいなら、寄って行くか?

 そう声をかければエレインはハッとしたように口をつぐみ「ごめん。まだ配達があるのに」と、しょんぼりと頭を垂れた。



「後二通だろ? それが終わったら……」

「ううん。いいの。浮かれ過ぎてただけ、ごめん」



 取りつく島もなく謝罪され、これ以上誘う事は出来なかった。

 それを残念に思ったのは、目を輝かせていたエレインの表情に影が落ちたからかもしれない。






 白壁の立ち並ぶレンガ通りを抜け、一度街の中心へと向かう。

 目印になったのは遠くからでもその姿を見せていた、巨大なオリーブの木。

 隣国のノーティスと同盟を結んだ時に友愛の証として贈られたものらしく、その樹齢はすでに百を軽く超えている。

 このオリーブを国の窓口であるアンバーに置く事で、両国の同盟が揺るぎないものだと他国にアピールする目的もあるそうだ。



「ま、平和の象徴って役目は十分果たしているな」

「そうね」



 エレインはオリーブを見上げ、表情を緩める。

 慈しむような、そんな温かな横顔はドキリとするほど穏やかで――……また、腹の底がうずいた。



(……一体、なんなんだ?)



 この、込み上げてくる様なむずむずとした感じは??


 やはり苛立つ前触れなのか?

 しかし、何処に苛立つ必要がある? 


 悶々とした気持ちで腹の辺りをさすっていると、エレインが「あっ!」と声を上げた。



「幸せの葉っぱみっけ!」

「は? なんだそりゃ?」



 感じが良いとは言えない俺の返事に、エレインは突っかかってくる事無く「あそこ! あの幹から伸びてる長い枝の先の……」と、興奮したように自分の見つけた物を教えようとしてくれている。

 その浮かれた仕草にまた込み上げるモノがあったが、そこはぐっと押し止め彼女の指差す先を懸命に探した。


 そうしてしばらく眉間にしわを寄せ、生い茂るオリーブの葉を睨み続けると、ようやくエレインの言っていた葉らしきものを見つける。



「あの、先が割れてるやつか?」

「割れてるんじゃなくて、ハート型!」

「同じだろ」

「響きが違うの! 響きが!!」

「そうかぁ?」



 どっちも同じだろ。

 そう続ければ、エレインの頬は膨らみ、眉がみるみる内につり上がってゆく。そうしてから深く溜息をつき、彼女は首を振った。



「……エメリー様に教えて損した」

「損って、減るもんじゃねえだろ?」

「あたしの幸せが減った」

「はあ? 例えお前の幸せが減っても、俺の幸せが増えたら、差し引きゼロじゃないか」

「どうして二人で通算しないといけないのよ!」



 声を上げ、ツンと他所を向くエレインに苛立ちを感じた。


 さっきの。

 さっきのあの宝物を見つけた様な可愛い笑顔は何処へ行ったんだ。


 やっぱりあの込み上げるモノは、苛立ちの前触れのようだ。

 今後、あのむずむずを感じたらよく注意しておかなければならない。



「とにかく! まだ仕事は終わっていない。ちゃんと俺を案内しろ」

「分かってるわよ!!」



 少々きつく言い過ぎた。

 そう気付いた時には既に遅く、エレインは不機嫌な表情を隠そうともしないで地図を見ていた。







いつもお読みいただきましてありがとうございます!(*^_^*)

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