21.訳分かんねえ
『金輪際、あたしに触らないでください』
そう言っていたエレインだったが、相乗りする時は大人しく腕をまわしてきた。
その事実にホッと胸を撫で下ろし、俺も安心して彼女の身体に腕を巻きつける。
柔らかな感触と温かな体温。そして、昨日嗅いだボウカンコウとやらの甘い香り。
それらの全ては昨夜の事を生々しく思い出させる。
俺は沸き起こる気持ちをグッと堪え、馬を走らせる。
ゆっくりと、ではなく。少し乱暴に。
そうすることで、しっかりと彼女が身を寄せてくれると知っているから。
(……どうかしている。俺は)
友人にこんな気持ちを抱くなんて。あり得ないだろ?
エレインは友人。子供の頃からの付き合いで、気の強い喧嘩友達。
そう頭では分かっているのに、このまま抱きしめていたいし、昨日のように口づけしたい。
そして、いつか味わったあの――……柔らかくて甘い唇を味わいたい。
こんな事を俺が考えているなんて知られたら。
間違いなくエレインは目を吊り上げ罵ってくるだろう。
その言葉はいつもと同じ調子であっても、自分が酷く傷つくであろう事は予想でき、とても聞きたいとは思えない。
今まで、思ったままをすぐ言葉にしてしまう口を、困ったものだと思っていた。
しかし同時に、すぐ言葉にして何が悪いとも思っていた。
だけど今は……初めて、怖ろしいと感じた。
◇◆◇◆◇◆
三度の休憩を挟み、日が暮れる前にヘイトの街へと到着した。
今後は雪を心配する必要もなく、少し緊張がほぐれる。
エレインはといえば、街に到着した途端、降ろしてほしいと言い、俺としては尤もらしい理由が見つからなかったので、渋々ながら降ろしてやる事になった。
離れてゆく体温が恋しかった。
何故そう思ったのか分からない。
ただエレインが俺から離れてしまい、その温かさを感じられなくなるの事が寂しかった。
そしてその気持ちが動作に現れた。
一人で馬から降りようとするエレインを手放すどころか、逆に腕の中へと閉じ込め、抱きかかえるようにして愛馬から降りたのだ。
ああ。どうして今までこうしなかったんだろう?
こうすれば、少しでも長くこの温かさを手放さずに済んだのに。
「エ、エメリーさま……こ、このようにしていただかなくても、きちんと降りられます……」
真っ赤になって訴える彼女が何故かとても可愛らしく見えて、思わず蜂蜜色の髪に触れそうになり――……そこで、我に返った。
「!! そ、そうだったな。お前は飛び降りたり、よじ登るのも得意だったもんな」
「なっ! 一体いつの話をしているのよ!」
エレインに突き飛ばされた事で、離れてしまった温かな身体。
スッと冷え込んだ空気に晒されて、我に返っても彼女を手放していなかった自分に驚いた。
ヘイトで一泊し、翌日シュトルムヘイトへと向かう。
抱き寄せたエレインを離したくない。
昨日より気温が低いのだろうか?
徐々に寒い地域から遠ざかっているのに?
寒波が近づいているだなんて、聞いていない。――じゃあどうして?
沸き起こる気持ちに疑問を抱きながら、俺は腕に力を込めた。
三通目の親書を手渡した。
相手は金髪碧眼の美女だった。
十人が見れば十人が振り返りそうな美しい容姿は、お伽噺の姫のようで、もし、親書の配達をビリーに譲っていたら、間違いなく奴はこの女性を口説きにかかるだろう。
奴の女好きには呆れるが、この美女に目移りしている姿をエレインが見れば彼女がビリーに靡く事はなくなる。そうなれば、エレインがビリーを名で呼ぶ事は無くなり――……
(……って、何を考えているんだ俺は)
居もしない男を思い浮かべ、そいつがエレインに名を呼ばれなくなればいいだなんて。
「……エメリー様?」
気付けば、話し終えたエレインがこちらを見上げていた。
そう、見上げている。
元々俺はエレインより拳一つ分大きくて、目線の高さは少しだけ上だった。
身長の伸び方はあまり変わらなかったように思えるが、今は見下ろさないと彼女の瞳が見えない。
一体、いつから?
「……お前、背ぇ縮んだんじゃねえか?」
「はあ!? それって、あたしの姿勢が悪いとでも言いたいわけ!?」
そんな事は思ってない。
ただ本当にこんなに小さくて、細くて、守ってやらないと折れてしまいそうな令嬢が俺の喧嘩友達なのか分からなくなっただけ。
不機嫌になったエレインはプリプリと怒りながら、馬の傍へと向かう。
当然馬は俺のシード一頭のみ。
エレインがそうやって離れても、結局彼女は俺の腕の中に戻って来る。そう思うと――……
「……なに、ニヤニヤしてんのよ」
「ニヤニヤなんてしてない」
「うそ! 人の事馬鹿にして!!」
「なっ! いつも俺を馬鹿にしているのはお前だろ!」
キャンキャン騒ぐエレインを馬上へと引き上げ、ギュっと抱きしめる様に支える。
「……口閉じねえと舌噛むぞ」
「卑怯よ! ……って、きゃあっ!!」
気候と、プラムの状態と、エレインを。
全てを考えた結果、相乗りを選んだ。それは、しかたなしに。で、あったはずなのに。
相乗りできるのは後一日。
それを惜しいと感じた自分の気持ちはちっとも理解できなかった。
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