18.喧嘩友達
懐かしい夢で目覚めは悪くなかった。
あの頃のエレインとは、ずっとつるんでいた。
気の強さも、譲らない頑固さも好ましかったし、ポンポンと思った事を俺が言ってもすぐ泣くような事も無かった。もちろん気が強すぎて喧嘩になる事もしょっちゅうだったが、それも含めていい喧嘩友達と言ってよかったと思う。
なのに、一体いつからだろう?
こんなに距離を感じてしまうようになったのは。
俺に言い返してくる気の強さは健在。意見を譲らない事で、頑固さも健在。
しかし、エレインはいつの間にか俺を「ディーン」と、呼ばなくなった。
その事実だけで距離を感じている訳ではない。
なにか、こう。言葉にはしにくい、膜の様な物が張られていて、そんな気配がここ何年も続いている。
具体的にいつからかなんて分からないが、その辺りで変わった事と言えば、一つだけ。
(ちょうどあの辺りから薬草にハマりだしたんだよな……)
俺達と遊ぶ時間が少しずつ減り、代わりに本を読みふける事が増えたエレイン。
本なんか読まずに遊ぼうと誘っても、また今度ね。と、断られた事は何度もある。
しまいにゃ、居留守を使う様になりやがって。そこまでして、本を読みたいのかと腹を立てた事を覚えている。
かと言って、薬草とそれが関係あるのかは分からない。普通に考えれば無関係だろう。
ただそれでも、薬草ばかりに夢中になるエレインを面白くないと思っていたし、それは今でも思っていたりもする。
(あんな草っぱの何が面白いんだ)
あんな暗がりに籠ってばかりいないで、たまには俺と――……
「エメリー様。まだ寝ているんですか?」
ノックと共に聞こえてきた声に肩が跳ねた。
「もう起きている、少し待ってろ」それだけ言い放ち、慌てて身支度を整えた。
◇◆◇◆◇◆
部屋から出ると、いつもの服装にストールを巻き付けたエレインが壁にもたれる事無く立っていた。
「今日はやけに遅いんですね」
嫌味か軽口か。微妙な言葉を言い放つエレインを俺はしげしげと見つめた。
「な、なによ……」
戸惑った声を出すエレイン。
その声色には棘が無い。
「……今日の機嫌は悪くなさそうだな」
「は? 何の話??」
なおも棘の出ない態度に安心して「いつも朝、機嫌が悪いじゃないか」と続ける。
「……人を低血圧みたいに言わないで」
「テイケツアツってなんだ?」
「もう! 書いて字の如くよ!」
「書いてみても分からないぞ」
彼女は溜息をつきながら、言葉の意味を説明する。
まあ、意味自体は分かったが、じゃあなんで朝、不機嫌なんだよエレイン?
「……そういうつもりは無いわ」
「そうか? いつも、こーんな顔してるぞ」
「なっ!! そんな般若みたいな顔してないわよ!!」
……結局。
また言い合いになってしまった俺達は、二人して無言で朝食を取る羽目になり。
俺は少々後悔したのだった。
その後、いろいろな心構えをして二通目の配達に向かったのだが、なんとあっさりしたもので、でてきた白髪の老人が、宛名の本人でありサインと引き換えに手紙を渡した。
「エルノー様達のインパクトが強すぎたのよね……」
もちろん受け取った老人は宛名を見るなり、アルフレッドの直筆である事も見抜いていたし、喜びも露わにしていたのだが、エルノーとあの老人に比べたら……と、いう話である。
まあ、あんなのがずっと続いたら疲れるのは間違いないので、ある意味良かったのだが、拍子抜けしたのは言うまでもない。
「思った以上に時間が出来てしまったな」
それでも、日の高いうちにファンダムから次の街に辿り着ける程の時間は無い。
場所的にも野宿は不可能なので今日街を出る事は出来なかった。
「街でも見て回るか?」
「え? なんで?」
「なんでって、お前……この時期には来た事ないって言ってたじゃないか」
街中を見たくはないのか?
そう尋ねれば、エレインは目を瞬いた。
「見たい。けど」
「なら、決まりだ」
少しだけ街を見て回って、今日は早めに休もう。
そうすればエレインの体力も回復し、明日以降が楽になるはず。
俺はエレインを馬上に乗せ、ゆっくりと街の中を歩いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
その日の夕方。
どっぷりと日が暮れる前から食堂に入った俺達は、疎らにしかいない客に紛れて夕食を取り始めていた。
俺は昨日に続き名産である牛肉のステーキに、とろみのある温かいコーンスープ。それと、季節の山盛りサラダに、ふかしたジャガイモを添えて。
エレインは俺のより小さめの牛ステーキに、生姜のたっぷり入ったスープ、蒸した野菜に、食後のケーキを頼んでいた。
「明日は早めにファンダムを出る。一気にシュトルムヘイトにはたどり着けないので、中間地点のヘイトが最終目的地になる」
食事が到着する前に大まかな日程を話す。
「ヘイト、シュトルムヘイト、そしてタルナトへ戻り、プラムを連れて、アンバーへと向かう。ここまでで、四通配達が終わる」
「ええ、そうね」
これで確認事項は終わり。
しかしここから無言の始まりになるのは嫌だったので、「それで」と、会話を繋ぐ。
「最後の一通はアンバーから王都に向かうまでに届けられるとの事だったが、実際場所はどこなんだ?」
場合によっては南西にあるアンバーを最後にした方が良いかもしれない。
これは必要事項だ。そう思って尋ねてみればエレインは首を横に振る。
「位置的に、最後のままの方が良いわ。それにアンバーは港町。もし、本人さんが船にでも乗ったら大変だもの」
街の特性から考えて、一番捕まえにくい人物の可能性はある。
季節が秋でさえなければ、本来は先に行くべき場所であったのも間違いない。
「たしかに。では予定通り、四通目をアンバーに。最後の一通は王都への帰還途中で向かうことにしよう」
エレインは満足したように頷いた。
食事が到着し、お互い無言で食べ始める。
もう必要な話はした。
これ以上話すとまた喧嘩になる。
エレインもそう分かっているのだろう。
彼女も黙々と目の前の野菜を上品に切り分けている。
この姿だけを見れば大人しそうな令嬢なのに、どうしてこうも外見と中身が違うのだろうか。
まあ、大人しい奴だったら子供の頃だけと言えど、よくつるんでいた可能性は低いだろうし、今ならきっと俺を怖がって、どんな会話すら成立しないだろう。
普通に会話はできないけれど、変わらず喧嘩し合える仲なのだと思えば何故か嬉しかった。
そう思いながら彼女の姿をぼんやり眺めていると、小さくなった野菜は口元へと運ばれ、自然とその柔らかそうな唇にも目が行く。
「……うまそうだな」
つい、言葉に出してしまい、慌てて口元を隠した。
聞こえていなければいい。
自身の皿を凝視しながら、何事もなかったように肉を切り分ける。
こんな時、無言は辛い。
会話を楽しみながら食事をしていたら、エレインの様子を見る事も簡単なのに、今はどのようにして彼女を窺えばいいのか分からない。
ただいつまでも肉ばかりを切る訳にも行かず、俺は何の芸もなくエレインを見た。
彼女は不思議そうに小首を傾げていた。
「エメリー様のところにもあるわよ」
ニンジンのグラッセ。
そう続けた彼女は、手のひらを使って俺の皿を差す。
「そうじゃなくて……」
俺が言っているのは、お前の――……そんな言葉を続けそうになって、頭を振った。
「あー……美味そうなのは、ほらあの後ろにあるあの酒だ」
「お酒?」
「そうそう、酒だ」
任務中にお酒を気にするなんて。と、エレインは顔を顰めた。
だけど俺としても引っ込みがつかず、「一杯なら良いだろ」と、言うしかなかった。
もちろんファンダムの酒は美味かったが、また言い合いになったのは言うまでもない。
いつもお読みいただきましてありがとうございます!(*^_^*)




