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16.不慣れ

 





 朝食からおよそ一時間後。

 名残惜しそうに愛馬を撫でるエレインを見ながら、俺は自身の愛馬に荷を運ぶ。


 二人分の荷物。


 それを積みながら、心がざわついている事に気が付く。

 理由は分からない。ただ、普段から感じているモノではない事はたしか。

 ある種の緊張ともとれるそわそわとした感覚は、心地よいとは言い難い。ただ、不快であるかと言われればそうではなく、腕試し中に強者と当たった時の様な高揚感がある。


 しかし馬に乗るだけで気持ちが高ぶるなんて事はありえない。

 となれば、相乗りが久しぶりだから。という結論に到達する。


 相乗りは訓練中に何度もした事がある。しかし、実際に活用したのは親父の代わりにお袋を乗せてやった二年前が最後。それ以外相乗りするような相手もいなければ、必要性もないのに友人を乗せる事も当然ない。


 第一ありえないだろ? 意味もなく野郎と相乗りなんて。


 愛馬のシードが俺の異変を感じ取ったのか、ブルルと(いなな)き、鼻面を押しつけるようにすり寄ってくる。



「大丈夫だシード。俺はお前を信じている」



 多少俺が不慣れでも、愛馬の器量を考えれば大丈夫。

 そういうつもりで言ったのに、愛馬は「そうじゃない」と言わんばかりに軽く首を振るのだった。



 荷を積み終え、出発の時が来た。

 俺は自分が先に乗った後、エレインを馬上へと引き上げた。


 前に乗せるか後ろに乗せるか迷った結果。

 自分の目の届く場所に居てもらった方がいいと判断し、前に乗せる事にした。


 横乗りになったエレインは買い足した保温効果のある外套からちょこんと手を出し、俺の服をつまむ。



「……おい。それじゃあ落ちるぞ」

「わ、わかってるわ」



 そう言いながらエレインはおずおずと腕を伸ばして来て、躊躇(ためら)いがちに軽く俺の背中に手を添える。

 振り払えばすぐに離れてしまいそうな頼りない捕まり方に俺はイラついた。


 そんなに俺を頼るのが嫌なのか。



(そっちがそういう気なら――……)



 俺は愛馬に指示を出す。



『ちょっと乱暴に走れ』



 賢い愛馬は俺の指示を的確に受け取り、急に駆け出した。


 短い悲鳴を上げたエレインはギュっと俺にしがみつく。

 暖かい人の体温と柔らかな感触。そして香るのは甘い花のような香り。彼女が使っている香水だろう。

 寒い外気のせいかその全てが心地よく、俺は片手で手綱をしっかりと握り、余った方の腕でエレインを抱き寄せた。



「離れるなよ、エレイン!」

「もっと優雅に走れないの!?」



 ゆっくりは走れる。

 でもそんな事をしてやる気にはなれず、俺はエレインの要望を無視した。




◇◆◇◆◇◆




 飛ばしたお陰で予定より早くファンダムへと到着した。

 途中から粉雪が舞ってきたので、どうなる事かと心配していたが、幸い雪は砂糖のように消えて行くだけだった。

 街の中でも伝え聞いていた程の大雪が残っている事もなく、道も多少足元が悪いぐらい。しかし馬が歩く度に跳ねる水音を聞き、エレインを降ろしてやる気にはなれなかった。



 俺はエレインを乗せたまま、ゆっくりと馬を歩かせる。

 厚手の外套に触れる空気はしんしんと冷え切っており、実感として本当に冬の訪れが早いのだと改めて思った。

 道行く人も時間の割には少なく、すれ違う人たちは皆真冬の格好だ。

 思っていたような白銀の世界ではなかったが、白い吐息が舞い上がる程度には寒く、自身の前衣から伝わる温かさが心地よかった。この暖かさがあれば、一晩中駆ける事になっても大丈夫の様な気がする。


 

 街中に入り少し経った頃、エレインが俺を見上げた。

 『何故降ろしてくれないの?』とでも言いたいのだろう。



『足元が悪い、濡れると寒いからだ』

『そんなの気にしないから降ろして』

『風邪でも引かれたら迷惑だ』

『なっ! そんな事にはならないわよ!!』



 こんな会話が安易に想像で来て、理由を述べる気にもならない。


 俺は素知らぬ顔で前方だけを見た。

 エレインが抗議の為暴れ出す事が怖かったので、少しだけ腕に力を込め、自分の腕の中にしっかりと閉じ込める。

 なんだかんだと言ってやはりこの寒さの中、数時間味わっている暖かさを手放したくは無かった。




 宿を決め、ようやく馬から降りる事の出来たエレインは俺を批難するようにムスッとしている。

 乱暴に馬を走らせたせいか。それとも、街中でも馬から降ろさなかったせいか。

 どちらにしろ不機嫌そうなしかめっ面をしているが、長く外気に晒され続けた頬が赤くなっているせいで、全く迫力がない。



「寒かったか?」



 自分の仕出かした事は棚上げし、俺は冷えているだろう頬を、革手を外して触れてみる。


 頬は氷の様に冷たかった。

 何か顔を覆うモノでも用意するべきだったか……そんな事を考えながら、少しでも温めてやろうとそのまま触れていると、エレインは顔を振って、俺の手を振り払い「大丈夫だから!」と、そっぽを向いた。


 ……可愛くない。そこは微笑めばいいだけだろ?


 どうしてこんなに強がるのだろうか。

 昔から寒がりのエレインを、少しでも温めてやろうと思っただけなのに。


 エレインは自分の荷物を取り外し、「部屋を取ってくる」と言い残して建物内へと消えた。

 残された俺は愛馬を連れ、建物の裏手にある(うまや)へと向かう。


 結局、今日もまともに話せていない気がする。


 一日中一緒にいるのに、会話が成立しないなんて。それほどまで俺達は仲が悪かっただろうか?


 俺はぼんやりとそんな事を考えながら、重そうな雪雲の下をゆっくりと歩いて行った。








いつもお読みいただきましてありがとうございます!(*^_^*)

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