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15.彼女の愛馬

 





 定期連絡と朝の鍛練を終えた俺は宿へと戻り、朝風呂を済ませた。

 いつもなら軽く汗を流すだけで終わりなのに、今日は念入りに髪を、そして身体を洗う。


 何故そこまでしなくてはならない?

 しかし、綺麗に越した事はないだろう?


 自分でもよく分からない思いを抱きながら、しっとりと濡れた髪を適当にタオルで拭き倒し、俺は部屋を出る。



「エレイン。起きているか?」



 隣室をノックしながら、今日もまた機嫌が悪いのだろうかと想像する。


 昨日はちょっと言い過ぎた。

 ファンダムの名産は美しい氷だという事も知っていたのに、肉だと譲らなかった俺。

 どっちも名産なのだから、一言「そうだな」と言えばよかっただけなのに。


 俺達は本当にくだらない事で喧嘩しすぎだ。

 お互い負けん気が強いせいだと分かっているけれど、会話中はそれを忘れてしまっているので始末に悪い。



(……道中ぐらい、もう少し話が出来ればいいのに)



 ――仲良くしたいわけじゃない。


 そう思いながらも、普通に話をしたいと願う矛盾には気付かなかった。



「おはようございます、エメリー様……」

「ああ。おはよう、エレイン」



 扉から出てきたエレインは元気が無かった。


 旅が続き、身体がついて来られなくなったのだろうか。

 伏せられた(まぶた)は少し腫れぼったいような気がするし、眼元も少し赤くなっている様に見える。



「……眠れなかったのか」

「いえ、そんな事ないわ」



 言いながら顔を上げたエレインは俺の顔を見ると、またすぐに目を伏せる。

 その仕草はまるで俺の顔など視界に入れたくないのだと言われているようで、少々傷ついた。



「……王都に、帰るか?」



 少し弱気になり、ポツリ呟けば、「帰りません!!」と、すぐに声が上がった。



「あたしはきちんと役目を果たすわ! エメリー様には迷惑かけないから!」



 エレインは顔を上げ俺をキッと睨む。

 少しつり上がった瞳に力が(こも)り、アメジストがより強く輝く。


 そうだ。この()だ。

 意思をはっきりと示す凛とした瞳。

 こんな瞳をした時のエレインは誰のいう事も聞かず、必ずやり遂げるのだ。


 久しぶりに見た力強い瞳に頬が緩んだ。

 するとエレインはキョトンとした表情を見せ、そのギャップに心が温かくなる。

 身体の中心から伝わる心地よい温もりは、早朝の肌寒さもすべて包み込むように広がってゆく。



「……エメリー様?」



 不思議そうな声にハッとして、伸ばしかけていた手の存在に気が付く。

 求めるように手が伸びる先にはエレイン。しかし、何故手を伸ばそうとしたのかが分からない。



(俺は一体……何をしようとしていたんだ……?)



 何を求めて伸ばしたか分からない手を見、ただそのまま降ろすのも不自然過ぎて、とりあえず前髪を掻きあげる。



「……まず、朝飯にしよう。そこで今日の日程を伝える」



 意味もなく頭を掻きながら、俺達は食堂へと向かった。





◇◆◇◆◇◆




「ええっ! プラムを置いていくの!?」

「ああ。馬も疲れている。それに、ここから気候が厳しくなる。だから置いて行く」


 プラムとはエレインの愛馬の名だ。

 栗毛の美人顔は貴族令嬢に相応しい品のある馬だが、そもそも長旅に向いていない。

 ここ三日間の様子を見る限り、主人同様かなりの疲労が溜まっているのは明らかで、趣味で乗る可愛らしい馬にはこの先は辛いだろう。


 プラムを預ける相談もしてある。

 話をしてみた厩番(うまやばん)は感じの良い壮年の男で、信用に足る人物だと判断した。



(……それにしても)



 俺は改めて愛馬の名を思い浮かべ、懐かしい記憶に目を細めた。




                           ・

                           ・

                           ・



『おやつ持ってきたよ!』



パタンと扉の開く音と共に、エレインが部屋へと入ってくる。

両手で持ったトレーの上に、透明の器が二つ。そしてジュースの入ったグラスも二つ。

ジュースは色からしてリンゴだろうか? グレープなら酸っぱいから嫌だな。

そんな事を思いながら、おやつが待ち切れず俺はトレーを迎えに行く。



『待ってましたッ! ……って、また果物かよー』

『いいじゃない! 美味しいんだし』

『それとこれとは話が別だろ』


 おやつ。と、聞いたら焼き菓子やケーキを思い浮かべるのに、最近のおやつは果物ばかり。

 果物は毎食だって出てくるのだし、いい加減ちゃんとした(・・・・・・)おやつ(・・・)が食べたい。そう思うのは、子供心として当然の要求であった。



『ディーンは文句ばっかり!』

『焼き菓子が食いたいと言って何が悪い?』



 おやつは焼き菓子。決してバナナやオレンジなどではない。

 そう力説し、なんとか正当なおやつをもぎ取ろうと、俺は自身が菓子と思っている物を伝え続ける。この際、ここが自宅で無い事は置いておく。



『そうは言ってもさー……焼き菓子じゃ意味ないんだよね』

『意味はある。立派なおやつだ』

『立派か、立派じゃないかは論点にないよ』

『ろん、てん?』



 また小難しい事を。

 そう口にして眉間にしわを寄せていると『問題点ってことよ』と説明がつけられる。

 こういう所は親切で良いヤツだが、どうして菓子は変更してくれないんだ? これは、親切の使い方を間違えているとしか思えない。



『それは分かった。じゃあ、そのロンテンとやらは何処にあるんだ』

『うん? 効能効果の実証実験にかな』



 また意味が分からない事を。

 俺は眉間に刻まれる二本の線が深くなるのを感じた。

 ただ、幸い『実験』という言葉は正しく理解でき――……



『って! 俺を実験台にしているのか!?』

『別にヘンな物を食べさせているわけじゃないよ?』

『そういう問題じゃねえだろ!!』

『え? そう?』



 まるで何処に問題が? というように首を傾げ、蜂蜜色の髪がさらりと落ちる。

 その姿に目を奪われ、その事自体が理解できず俺は渋い顔をする。



『とにかく! 実験台はいやだ!』

『えー……いいじゃない。別に』

『いやなものはいやだ!』

『ケチ! 男の狭量はカッコ悪い!』

『キョ……? って!! また小難しい事言いやがって!!』



                   ・

                   ・

                   ・


 こんな風に一時期果物について研究をしていたエレイン。恐らくその流れで付けた名前だろう。

 たしかに果物の名前は可愛らしいとは思うが、令嬢が乗る馬の名としては聞いた事がない。

 体面を気にする貴族令嬢としては周囲の視線を気にしそうなものなのに、当の本人は全く気にしていないところがよりらしい(・・・)



(まあ、草の名前よりいいのか?)



 食い物と草。

 むしろ候補に上げる対象を間違えている気がしないでもないが、そこは突っ込まないでおこうと決めた。


 俺は心を落ち着かせる為、コーヒーを口に含む。

 少し苦めの味に顔を顰めつつ、出来るだけ普通に聞こえるよう話を続ける。



「今からの移動は相乗り(・・・)で行く」



 言葉にして、少しだけ視線を外す。



「俺のシードはガタイも良いし、体力もある。女が一人増えたって、さして影響もない。馬車を使わないのは天候で足止めされる危険性を避ける為だ」



 早口でしゃべり、エレインが口を挟む前に利点を伝える。


 少々しゃべり過ぎたか。


 俺はエレインの反応が気になった。

 顔を(しか)めて嫌がってはいないだろうか。

 でもこうするしかないんだ。疲れているエレインが疲れている馬で雪道を駆けるなど、到底無理なのだから。


 心の中で言い訳染みた言葉を並べつつ、横目でエレインを盗み見る。

 彼女は大きな瞳を更に大きくし、息を呑むように、ただ驚いていた。



 嫌がってはいない――



 そう分かっただけで、ホッと胸を撫で下ろす。

 そうしてから、何を心配しているのだと自分自身に問いたくなった。



「……とにかく。ファンダムとシュトルムヘイトへはこの方法で行く。プラムはシュトルムヘイトからアンバーへ向かう時に迎えに来ればいいだろう」


「え、ええ……」



 まだ驚きを隠せないでいるエレインの承諾を得て、俺は再びカップを手に取りコーヒーを飲み干した。一仕事終えたような疲労感が、苦味によって誤魔化されて行く。



「じゃあ、出発の準備をしろ。俺は馬の世話を正式に頼んで来る」



 心持を気取られたくない――。


 どうしてこんなに落ち着かないのか。

 自分で自分が分からず、俺は話を切り上げ、食堂を後にした。








いつもお読みいただきましてありがとうございます!(*^_^*)

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