14.ファンダムとシュトルムヘイト
翌朝、名残惜しむエルノー様に別れを告げ、あたし達は進路確認の為、地図を広げた。
「まずここがエルノー様のお宅で……」
地図を指で押さえる。現在地は一昨日泊まったシーズより北東。
そこからなぞる様に指を動かし、残っている配達箇所を差してみる。
「……ここからだと、この二つ。ファンダムかシュトルムヘイトって事になるわね」
「ああ。ここからの距離は大体同じだな」
現在地より北西に位置するのはファンダム。
領地の大半が山と言っても過言ではなく、標高の高い場所は、年間を通してその頂に白いヴェールを被っているとても寒い土地。
代わりに夏はとても涼しく、王都に住む貴族は避暑地として別荘を構えている者が多い。
一方、北東に位置するのはシュトルムヘイト。
北方にありながら、気候はファンダムより穏やかで王都より気持ち涼しいぐらい。土が良いのか焼き物が有名で、陶芸の匠を多く輩出している土地柄だった。
ディーンの言う通り距離は同じ。
後に進む方角を考えれば、選択するべき目的地はシュトルムヘイトなのだけれど……
「まあ、ファンダムだろう」
「そうね。今は秋だもの」
距離よりも季節。
王都よりも冬の訪れの早いファンダムでは、もう雪が降り始めてもおかしくは無かった。
常識……と言えば常識だけれど、こんな些細な事でも同じ意見になった事は嬉しい。
「冬のファンダムには行った事がないわ」
「俺もだ」
それはそうだろう。
元はと言えば避暑地として有名なのだから。でも、特産もあって。
「山からの湧水を凍らせて作る大自然の氷は、とても美しいものね」
雄大な景色と、そこから切り出された濁りのない氷を思い浮かべて話を振れば、ディーンは「はあ?」と首を傾げ、「ファンダムって言ったら、やっぱり牛肉だろ」と、言ってくる。
ちょっとは同意してくれても!
そう思うと、ムッとしてしまって、「あら、そうかしら。夏に涼しくって、お水が美味しいと思うけれど?」と、言い返してやる。
「そのうまい水と、うまい空気。そんで、うまい草を食って育った牛が一番うまいだろ?」
「うまいうまいって……それ以外に言葉はないの?」
「ああ? うまい物をうまいって言って何が悪いんだ!?」
「もう少し表現方法を磨かれた方が良いと思いますよ。エメリー様」
それこそ、上手い具合に。
そんなあたしの言葉にディーンは「はっ!」と、嘲るように笑い、「分かりやすい言葉が一番伝わるんだよ!」と、言い放つ。
「語彙が少ないと、馬鹿がばれてしまいますわよ」
あまりに厭味ったらしい自分の言葉に、思わず口を塞ぎたくなる。
でも謝るなんて事は出来なくて。言葉を撤回したがっている事がバレないようにツンとすました表情をする。その間もディーンは「ゴ、イ?」と、意味を持たない文字を口にし、カッと怒りに眉を吊り上げた。
「お前はいつもいつもそうやって俺をバカにしやがって!!」
「自覚があるならそう言われない様、努力でもなされたらどうかしら?」
売り言葉に買い言葉。
むしろ今回はあたしが売った方だ。
どうしてもっと普通に話せないのだろうか。
こんな可愛げのない女が自分だという事が悲しい。
もう少しだけ、もう少しだけでいいから話がしたかっただけなのに。
「……まあ、ストレートな物言いも時には良いと思うけれど」
「は! 今更何言ってんだ」
嫌味にしか聞こえねえ。
そう続けたディーンはフイとそっぽを向き、あたしから離れて行く。
「ちょっと! 何処行くのよ!」
「ああ? ションベンだよションベン!」
「!! な、なんて下品なのっ……」
「俺に品なんて求めるんじゃねえよ!」
吐き捨てるように言い放たれた言葉を最後に、あたし達は一言も言葉を交わさない。
やっぱり話すと喧嘩になってしまう。
あたしは馬を走らせつつ、深く溜息をつく。
流れるように出て行った白い吐息のように、この素直になれない自分も置いて行ってしまいたかった。
そうして到着したタルナトの街は、シーズやエルノー様のお屋敷周辺より各段に寒くなってきており、あたしは外套の前衣を掴むように合わせた。
「……大分寒いな」
「そうね……」
会話は続かない。
やっぱりさっき言いすぎたのだと思うと、自己嫌悪でへこんだ。
ディーンは足早に馬を引きながら歩いて行く。
初日同様声かけなんてなく、どちらかと言えば初日より話しかけづらいオーラを放っていた。
宿を決め、「食事が先だ」と、有無を言わさずディーンに言われ、全てを終えたあたしはベッドに倒れこんだ。
旅を初めて三日。
長時間馬に乗る事に慣れていないあたしにとって、身体は相当疲れていた。
弱音を吐けば、王都に返される――
それだけは嫌だと思いつつ、まだ一通しか届けていない事実は、更に自分を疲れさせるには十分だった。
「まあ……後、半分と思えば」
大雑把に考えればそうだ。
無茶苦茶すぎる気もするが、納得するのは自分だけなのでそう言い聞かせる事にする。
(半分、あと半分……)
そう呪文のように呟きながら、あたしは眠りに落ちた。
◇◆◇◆◇◆
小さなすり鉢と摘んだばかりの青々とした薬草。
鼻歌交じりに手元へと引き寄せたすり鉢で、ゴリゴリと材料をすり潰してゆく。
図書館から借りてきたばかりの本を見ながら、完成した香をイメージして笑顔が零れる。
『喜んでくれるかな?』
自信に溢れる茶色い瞳。
遊んでいる時の太陽のように眩しい笑顔。
口は悪いけど曲がった事は大嫌いで、誰に対しても同じように接してくれる彼。
初めて会った時はあたしが勘違いをしていて、突っかかって行ったのに、翌日も屋敷に来てくれた。まあ今でも喧嘩ばかりだけれど、彼に愛称で呼ばれている女の子はあたしだけ。だから、あたし達は何でも言い合えるほど仲良しなんだって思っている。
そんなあたしでも一つだけ言えない事があった。
でも勇気を出して。
プレゼントと一緒に、この気持ちを伝えるんだ。
『あ、あのね、これ……作ってみたんだけど』
珍しくそわそわとしたあたしに首を傾げながら、彼は小瓶を受け取る。
そうしてから『開けていいのか?』と聞いてきたので、コクリと頷いた。
笑顔でありがとうと言われたらどうしよう。
嬉しくて、泣いてしまうかもしれない。だめだめ。泣くのは後。その前にあたしの気持ちを伝えないと!
幸せ一杯な結末を想像しながら、彼の顔を見つめる。
ああ。早く早く。あたしにこの気持ちを伝えさせて!
――後の、彼の動作は今でもはっきり覚えている。
彼は小瓶の栓を抜いたかと思うと、すぐに栓を閉じた。
まさかそんな事をされると思っていなかったあたしが目を真ん丸にしていると。
『なんだよこれ、くっさいなー!! ゴミを渡す気かよ、エレ!』
彼は顔を顰めると、グイッと押しつけるように小瓶を突き返して来た。
返ってきた小瓶を茫然と見つめる。
初めて作ったお香。彼の髪と揃え、ブルーのリボンをかけた、精一杯の気持ち。
でもそれは彼を不快にしただけで、空気中に舞った香りにすら嫌な顔をされた。
声も、出なかった。
後から思えば「なによ、失礼ね!」とでも言い返して、叩いてやればよかったのだろう。
でもその時は、渡した後に用意していた言葉さえも思い出せず。あたしはゴミと呼ばれた 小 瓶をただ受け取る。
『あ! いたいた! こっちに来いよ!』
遠くで声が聞こえた。
それに気付いた彼は『じゃあな!』と、片手を上げて走って行く。
口調も、その対応も、何もかも。すべて、いつも通り。
取り繕う事などしない彼は、思った事をすぐ口にする。
……彼は、悪くない。
彼は正直に感想を言っただけ。
その言葉に、それ以上の意味は無い。
大丈夫。明日になればいつもの通り。
軽口を言い合い喧嘩して、また一緒に――……そう思っていたのに。
自分がひどく傷ついていたのだと自覚したのは、再び彼の顔を見た瞬間だった。
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