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13.エルノーと愉快なご老人


視点変更あります。

ディーン⇒エレイン

 





 やけに軽い声と共に、目を射す光の量が減ってゆく。

 俺は不快感から逃れる為一度目を閉じ、うっすらと瞼を開けてみる。細く狭められた視界から少しずつ慣らしてゆき、明るさに目が馴染んだのを確認してから、しっかりと前を見据えた。


 ニッコリと笑うのは、十四、五歳の少年。

 薄暗い屋敷の住人とは思えない、あどけなさの残るエメラルド色の瞳に、僅かに黄味がかった暗めの緑色の髪は、色の重さの割に軽い印象を受ける。

 少年の手には傘の様な物を被った水晶玉が抱えられており、その玉から出た光がこちらを照らしているのだと分かった。



「いやあ。久しぶりのお客さんだから、出力間違えちゃった」



 まるで、てへ。とでも言いたいように小首を傾げる少年に、つい「出力ってなんだ?」と聞き返す。

 すると少年は目を輝かせて身を乗り出して来た。



「なになに!? 僕の話聞いてくれるの!?」



 しまった。

 この反応はマズイ。


 俺は屋敷のチビすけ(・・・・)どもを思い出し、言葉に詰まった。

 こういう態度の時は話したがっているのは当然で、ついでに言うならその話はとても長いと相場が決まっている。

 嬉しそうにしている子供の話をぶった切るのもなんだが……。こちらにも大事な任務がある。

 

 俺は心の中で謝罪しつつ、「その前に」と、会話の舵をきった。



「お前が、エルノー=カールソンか?」

「わあお! いきなり! でも、そうだよ~」



 なんだかアルフレッドを垣間見るガキンチョに「なら手紙がある」と伝え、(ふところ)を探る。

 そうして手紙を取り出したところに、目の前のガキは腰かけていた執務机からピョンと飛び出し、こちらへと駆け寄ってきた。



「ねえねえ、その前に名前ぐらい教えてよ」

「……ああ。そうだな。俺はディーン。こっちはエレインだ」



 妙に人懐っこいなと思いながらも、簡単に名前を言うと、ガキはニヤニヤしながらこちらを見上げる。



「ディーンはいいなあ。恋人とお仕事なんて」



 はあ?

 何言ってやがるこのガキ。


 意味不明すぎる言動に眉を顰めたと同時に、急に片腕が振り回された。

 今まであった暖かさが失われ、その原因を見やれば、瞳を潤ませたエレインがそっぽを向く。その顔は何故か赤みが差しており、こちらも意味が分からない。



「いいよね。仲良しって。僕も一緒に仕事出来る恋人が欲しいな」

「カ、カールソン様。私達はそういう間柄では……」

「えー? じゃあなんで手をつないでいたの?」

「そ、それは……」



 しどろもどろに答えるエレインは視線を彷徨(さまよ)わせる。


 困っている。

 というのは分かるが、何がそんなに言いにくいのだろうか?

 ただ自分が口を挟むべき事ではないのでそのまま黙っていると、エレインは片手を包み込むように握りしめ「エ、エメリー様が離して下さらなかったからですっ」と、言い放った。



「って、俺のせいかよ!!」

「そ、そうよ! だって、ずっと握ってる必要ないじゃない!」

「なんだよ、暗がりを怖がっていたのはお前だろ!?」

「そうじゃなくって!!」

「そうじゃなけりゃ、なんなんだよ!」



 うっすらと頬を染めたままこちらを睨むエレインに、ぞくりと腹の底がうずいた。

 不当な扱いに腹の立つ前触れなのだろう。いっそこのまま、その口を塞いでやろうか。



「いやあ。新鮮だ! なんだか若返るよ!」


「「って、お前(貴方)が一番若いだろ(でしょ)!!」」



 ケタケタ笑うエルノーに声を上げれば、「僕、きっと年上だよ? 童顔だけどね」と、スッと首元の鎖を引いた。


 仕立てのいいシャツの中から出てきたのは、銀のプレート。

 俺にも読めるアスタシア文字で『エルノー=カールソン』と、名前が彫られていた。そして、その後ろには生まれた年と日付が記されており――……



「!! マジか!!」

「うん。マジ。この顔に背もちっちゃいから誰も信じてくれないんだよね~」

「そりゃそうだろう! この顔でニ十五だなんて、誰も信じねえよ!」

「エメリー様! 失礼よ!!」



 俺の口調を咎めるエレインに「気にしない気にしない~」と、エルノーは笑い、「こんな風に面と向かって言われると、いっそ清々しいね!」と、続けた。



「あー……、でも。悪い、エルノー」

「それ謝罪になってないわよ!!」

「は? なんで?」

「なんでって……貴方ねえ!」

「あはは! いい感じ。友達になれそう」



 薄暗い屋敷に不似合いな話声は、もし第三者が見れば首を傾げてしまうだろう。

 そんな和やかな雰囲気のまま、俺はアルフレッドからの親書をエルノーへと差し出す。



「手紙だ。誰から、と言わなくても分かるか?」

「うん? どうだろう?」



 そう言いながら、ありふれた茶封筒を受け取ったエルノーはその宛名を見て、目を見開いた。



「これ、アルフレッド殿下からだね!」

「? そこに書かれているのは宛名だろ?」

「もちろん! でも、殿下から直筆なら見間違えるわけないよ!」



 直筆。

 たしかにこれはアルフレッドの直筆なのだろう。

 ただ、明らかに子供の落書きと、ミミズの()ったような組み合わせにしか見えないのに、筆跡なんて存在するのだろうか。正直、俺には見分けがつけられない自信がある。


 そう思えば、目の前の男が単なる童顔ではない事がようやく分かってきた。



「中身は僕が切望していた物に違いない! ああっ!! 最高の気分!」



 上機嫌なエルノーからサインを貰った後、どうしてもと引き止められた俺達はこの屋敷で一泊して行く事になった。




 ◇◆◇◆◇◆




「でね、こうして光の拡散方向を調整して、光を集めるわけ。すると最大出力は……」


 エルノー様のご厚意により一泊させていただく事になったあたし達は、今ダイニングに居る。


 豪奢な造りではないが、広さのあるダイニングに晩餐用の長テーブル。

 その最奥に、屋敷の主であるエルノー様が、そして、その両サイドを埋めるようにディーンと向かい合わせで席に着くあたし。

 この三人で始まった晩餐はすでに五時間を経過していた。


 エルノー様の研究について話を振ったのはあたしだ。

 彼が研究の事を話したそうにしていたのはすぐに分かったし、もちろん興味もあったから振ったのだけれど。

 彼は好きな話になると周りが見えないタイプのようで、聞いているあたし達の様子を全く気にする事無く、延々と自身の研究成果と自論を展開している。


 正面に腰かけているディーンは早々に理解する事を諦めたのか、食後のコーヒーを無言で(すす)っている。

 それももう何杯目なのか分からないほどで。しかも中身が無くなるころにあの老人(・・・・)が音もなくやって来て、空のカップを湯気の立つコーヒーへと取り替えて行くのだ。


 怖い。怖すぎる!


 どうして気配を消す必要があるんだ! ご老人!

 普通に来てよ、ふ つ う に!!


 お化けなんてこの世にいないのだと思いながらも、つい老人の足元を確認した事は秘密だ。

 ディーンにだけは絶対バレたくない。だって道中、脅かされる気がするんだもの。


 こんな事を途中で思いながらも、あたしは話を振った手前、きちんと理解しようと頭をフル回転させている。

 ……が、そもそも専門外なので、話が深くなって行くほど理解は追いつかない。やっぱりもう限界だ。



「エルノー様。折角のお話なんですけれども……私共には少し難しいようで……」



 ごめんなさい。これ以上は無理です。

 そういう意味を含んで声かけをすれば、「いいのいいの! 話す事によって復習も兼ねているから!」と、エルノー様は笑う。


 って。やっぱ、しゃべりたいだけなのね。


 あたしはこっそりと溜息をつき、少しでも理解しようとまた頭を動かし始める。

 そうして、ふと視線を正面へと向けるとディーンがこちらを見ていた。


 正確にはこちらを眺めているだけかもしれない。

 全体を、ぼんやりと。


 でもそれはディーン本人しか分からない事で。

 視線の向きだけをいえば、あたしを見ているのだ。


 ひょっとして、ずっと?


 そう思うと自分がどんな顔をしてエルノー様の話を聞いていたのかが気になり始める。


 きっと、眉間にしわを寄せて……?

 乙女としてはヒドイ顔をしていただろう事が安易に想像出来てしまって、あたしはディーンの視線から逃れるように顔をそむける。


 その間も注がれる視線が逸らされる気配はなく、一体どんな顔をしていればいいか分からなくなってしまった。



(もお! どうせなら、もっと可愛い表情の時に見てくれればいいのに!!)



 そんな瞬間があるのかどうか不明だが、そう思わずにはいられない。



 一刻、また一刻と時が過ぎて行く。



 こうしてカールソン邸で過ごす夜は()けていった。








いつもお読みいただきましてありがとうございます!(*^_^*)

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