10.やっぱり、あたしたちは
隣から聞こえてくる声が似ているとは感じていた。
でもあり得ないと思ったし、彼とアルフレッド殿下の経緯を考えれば、やっぱり違うだろうと思っていた。
しかし、現実はどう?
扉を開けて相手の顔を見ればやっぱりそこに居たのはディーンで、あたしが案内するのは彼だと殿下は仰った。
信じられない引きの悪さと、断りたいけど断れない事実に眩暈がした。
どうしてあたしがディーンと親書の配達をしなくてはならないのか。
顔を合わせれば喧嘩ばかりするのに、しばらく一緒に行動しなくてはならないなんて。
それに。
あたしはディーンを盗み見る。
きっちりとした騎士服はやっぱりよく似合っていて、引き締まった表情は悪評なんて嘘のように誰よりも騎士らしい。
高くなった身長は見上げないと顔を見る事すら出来ず、閉じ込められた腕の中は逞しく。
性格は昔と変わらないままで、思った事をすぐ口にしてしまうから敵も味方も多い。
表情も仏頂面はいつもの事で。不機嫌そうな瞳はこちらを見る事はない。
何もかもがあの日と同じで、勝手に身体が熱くなる。
――あれは、彼の本意ではない。
そう分かっていても、どんな顔をしていればいいのか分からなかった。
「――アル。案内役を変えてくれ」
そう言い放ったディーンはこちらを一瞥すると、疑問符を浮かべる殿下へ「ロクに馬にも乗っていない奴に、旅は無理だ」と、続ける。
『無理』。
そう決めつけられるのは腹が立った。
歳を重ねても変わらない負けん気の強さが、あたしの目を吊り上げる。
対してディーンはこちらをチラリと見るだけで、すぐにそっぽを向いた。
「エレイン、君は乗馬できるんだよね?」
「はい。もちろん」
「お遊びで乗るじゃないんだぞ」
その態度に青筋が浮き出るのが分かった。
落ち着くのよ、エレ! こんなやつの言う事なんて気にしてはだめ!
そう自分をいなし、言葉を返すのを耐える。
こういう場面はいつもある。
この間だって、ディーンの同僚に薬草を草だと言っていたではないか。
この間だけじゃない、もっと前だって――……
――そう。この態度は、いつもと変わらないのだ。
その事実に不本意さと少々の残念さを感じてしまう。
……が、そんな事を思った自分自身に腹を立てる。残念ってなによ!
そうしている間にも二人の会話は続けられ、「案内役を変えないっていうなら、俺が降りる」と、ディーンは言い放つ。
「えー!? どうしてさ?」
「俺は下男じゃない。こいつの面倒はみられない」
がまんがまん……。
呪文のように唱えつつ、ディーンの言葉にも自身の心にも反応しない様に耐える。
あたしは石のように黙って会話の行方を見守った。
だってあたしには、断るという選択肢はないのだから。
「うーん……。ディーンが受けてくれないとなると……ビリーに頼もうか」
「な、ビリーにだと!? あんな、タラシに……」
「大丈夫だよ。エレイン嬢はしっかりしてるし、ビリーは誰かさんと違って素直だから」
「だからマズイんじゃないか! あいつはどんな性悪でも女だったら誰でもいいんだからな!」
「それどういう意味よ!!」
つい声を上げ、しまったと思った時にはすでに遅く。ディーンがこちらを見据え「フン」と鼻を鳴らした。
「本当の事だ。なんだったらビリーを誘惑してみろよ。すぐだぜ」
「な、なんて下品な事を!!」
信じられない!! 殿下の御前でこんな事!!
「まあまあ二人とも」
「「まあまあじゃない!!」」
声がディーンと重なり、その事実にキッと目を吊り上げる。
「エレインは依頼受けてくれるんだよね?」
「もちろんですわ!! こんな二言だらけの男と一緒にしないでほしいです!!」
「ディーン。二言だらけなの?」
「違う!! そんなわけないだろう!!」
アルフレッド殿下はニッコリと笑い、「じゃあ、よろしくね? 二人とも」と、ディーンとあたしの肩をポンっと叩いた。
「…………」
「…………」
えっと。
つまり。
「「ちょっとまった!!」」
またディーンと声が重なりうんざりする。でも一言いわねばと思い、「私は……」と言いかけたところを、ディーンがかぶせるように「なら、旅費は沢山寄こせよ!!」と声を荒げた。
なによそれ!?
お金さえ貰えば良いとでもいう気なの!?
そんなにお金に汚い奴だとは思わなかった!!
あたしが鼻から息を吸い込み、怒りを堪えている間にディーンは続ける。
「こいつと旅するにはいろいろ金がかかる。安宿には泊まれないし、野宿なんて無理だ。それに移動距離も稼げないから日数もかかる。だから多めに費用を出す事が条件だ」
――不覚にも。その言葉を嬉しいと思ってしまった。
思ったままを口にするディーンは良くも悪くも正直だ。その彼が、こういう風に言うという事は。
(一緒に旅するあたしの事を考えてくれて……)
思い起こせばこの間は助けてくれたし、その後は心配して屋敷まで来てくれたし。
それに、無くしたと思っていた髪飾りだって届けてくれた。
――ひょっとしたら、あたし達は仲良くなれるのかもしれない。
これから二人で旅をする。その間に喧嘩じゃなくて、楽しく話をしながら一緒に居られたら。
そう思ったら嬉しくて。ディーンにお礼を言わなくっちゃと思って、顔を上げたら――
「こいつに野宿なんかさせたら、虫が出ただの、寒いだのうるさくて休めやしねぇ。
道中一緒で疲れるんだから、せめて宿ぐらいは良いとこに泊まって、ゆっくり休みたいんだよ」
……違った。
ディーンはあたしをダシに旅費を沢山もらおうとしているだけだ。
大体、どうしてあたしが野宿出来ないと言い切るのよ?
野宿ぐらいできる……もんね。……多分。
あたしはポツリと「守銭奴」と言っていた。すると、それを耳聡く聞いていたディーンがこちらを見る。
「シュセ……?」
「あら? 聞こえませんでした?」
「ッ!! お前、また訳の分からない言葉を使いやがって!」
「訳の分からない言葉ではありませんわ」
「ふん! じゃあ子供に言ってみろよ! 絶対伝わらないぜ!」
「こ、子供はまだ知らなくてもいいの!」
「なんだ、そんなイヤラシイ言葉なのか?」
「なんでそうなるのよ!! 大バカ者!!」
「はっ! バカバカ言ってるお前が一番バカなんだよ!」
「なっ! そういうアンタこそ……!!」
この後の事は……思い出したくもない。
殿下の前で、あんな事。
続いた暴言の応酬に声を出して笑う殿下。
そんな様子も気にせず、いつものように口悪く話すディーン。
そして、その言葉に乗るあたし。
そんな子供じみた喧嘩はしばらく続き。結局。
あたしとディーンは不本意ながら親書を届ける事になってしまった。
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