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無頼魔拳伝  作者: 馬骨刀
~二の段 三人、連れ立つの事~
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2

 ずずっ、ぞっ、さくさく。

 食事をする音が響く。干し肉入りの雑炊だ。味噌仕立てである。たき火を囲んでの食事、体力を温存するために口数の少なくなる道中とは打って変わって口も軽くなる。

「旅の食事に文句を言っても仕方ねぇが、いい加減、味噌か塩の雑炊ってのも飽きるな」

 クロウエがこぼす。

 珍しい事だ。経験を積んだ傭兵であり、旅慣れしているクロウエが食事の事で不満を漏らすのは今まで無かった。

「旅の途上なのだ、仕方あるまい」

「まぁな。……俺ぁ、北の方の出でな、飯といえば麺やパンだった。ちぃと、昔のことを思い出してな。忘れろ」

「あら、ツェント領ではパンも食べていたじゃない」

「まぁ、そうなんだが、違ぇんだ。糧食としてのパンは腐らねぇように、量を持てるように、固く焼き締めんのよ。正直、旨いもんじゃねえ。だが、食い慣れちまうとどうもな。旅にゃあれ、とな」

「そういう物か」

 またしばらく無言で雑炊をすする。不味くはないが続くと飽きがくるのも確かだ。自身も飽きがきていたのだろう、アルハが尋ねた。

「アスィーラはどんな物を食べていたの?」

「そうだな…… 基本は山菜や木の実か。時には川魚や獣を狩った。塩は山にあったが、穀物や味噌は里の者から手に入れた。大体煮るか焼くかだったので今とあまり変わらんな。……いや、酒蒸しもあった。あれは私の好物だった」

「酒はあったのか?」

「ああ、山でも作ったし、里の者と交換もしたな」

「酒蒸しかあ。美味しいよね。わたしが口にしたのは貝だったけど」

「酒か。次の村では呑めると良いがな」

 今から呑むことを想像したのかクロウエが相好を崩す。

「呑むな、とまでは言わないけれど、節度は守ってよ」

「路銀を呑み干したりはしねぇよ」

「だと良いけど。でも、今の内に路銀を稼ぐ算段をしておいた方が良いわね。足りなくなってからでは遅いもの」

「金なんざ、向こうからやってくるもんだ。……行く手に五人、か? どう見る」

「節穴か。背後に三人。弓だろう」

「アホタレ。俺の分担を言っただけだろうが。後ろの一人は石弓、他は半弓だろうな。その程度は判る」

「前の五人はチェインメイルであろうな。得物は直剣……、ロングソードだろう。鋳物だな」

「そんな所か。……まぁ、カモだな」

「おい」

「考えてみろ。街道で火を見つけた、暖を取るために寄ってくる。まあ、ある話だな。だが、気配を殺して近寄るか? 野盗で決まりだ」

 闇に向かって、それまで使っていた椀を投げると、地面に落ちる音ではなく何かに弾かれた音がする。

 いつ抜いたのかクロウエの手には抜き身の刀が握られていた。アスィーラもロッドを手に油断無く構えている。

「俺が前でオメェが後ろだ。矢からジャリを護れよ」

「承知」

 アルハを挟んで二人の男が敵を迎え撃つ。常識で考えれば五人対一人、いや三人対一人でも逃げるべき状況だ。

 よしんば相手が飛び道具を持っていて逃げきれないとしても、策も無く相手取れる戦力差ではない。単純に考えて、相手が三人なら手数が三倍だ。

 それどころか、脳が処理しきれず、まともな防御行動もとれなくなる、それが人数差というものだ。

 その人数差を前に「カモ」と言ってのけるクロウエ。いかほどの使い手なのか。

「オラ、奇襲に失敗してやがんだ。こそこそとしてねぇで、さっさと掛かってこい。セーセードードーと相手してやるぜ?」

「う、うおおおお!」

 作戦が失敗しても数で圧倒している、という精神的余裕はクロウエの放つ気迫に揺らいでいた。一糸乱れぬ行動などとれる訳もなく、我先にと切りかかってくるが簡単にあしらわれてしまう。

 最も早く切りかかった男は剣を受け流され、上体が泳いでいる。二人目は腹を蹴られ、体勢を崩した。三人目はチェインメイルごと、切り伏せられた。出遅れた四人目と五人目が一瞬の攻防の有様を見て動きを止める。

「軽々しく叫ぶな、アホウ。恐怖から出た叫びなんぞ動きを遅くするだけだぜ」

 一人切り捨てたとはいえ、未だ四対一。油断なく構えるクロウエだった。


 矢が迫る。一矢は大きく外れたが、もう一矢と石弓のクォレルは確実にアスィーラとアルハを狙っていた。

 アスィーラがロッドを振るう。すると、二人に突き刺さるはずであった矢はあらぬ方向へと弾かれたのであった。

「馬鹿な!」

 思わず襲撃者の口から驚愕の声が漏れる。奇襲を仕掛け──主力の五人は発見されたが後詰の自分達は発見されていないと思っていた──己は闇に隠れ、目標は火の側におり視界良好。仕留めるのは容易だと判断していた。

 それなのに獲物は世闇にまぎれて飛翔する矢を叩き落とすなどという神業で窮地をしのいだ。有りえない。それが襲撃者の偽らざる心境であった。

 その隙を逃すアスィーラではない。一瞬の意識の間隙を突き、重いロッドを投げ捨てると、弓兵へと躍りかかった。

 敵に近づくまでに両腕で印を描く。最後の一足は地面に叩き付けるように左足で踏み切り、右足が着地すると同時に全身の捻りを加えた中段の掌底を叩きつける。

 斬撃を防ぐチェインメイルも打撃には効果が薄い。痛烈な掌打は肋を砕いていた。

 掌打は、また魔術の発動をも兼ねていた。人の頭ほどもある火球が敵を飲み込み、爆ぜる。

「これで、二人」

 最後の一人に向き直ると、クォレルを再装填しようとしていた。間に合うはずがない。視線が合う。引きつる表情を眺めながらアスィーラは拳を埋めた。


 クロウエの構えは高い。大上段のその構えは胴に隙を作り、あからさまに狙わせていた。と、同時に強力な斬撃を見舞うことを目的としている。

 しかし、五人で掛かって一人が返り討ち。隙があっても斬りかかる胆力はもはや無い。

「おいおい、四人もいて誰も掛かってこねぇのかい。なら、こっちから行っちまうぞ?」

 一番近い敵に大上段から切りかかるクロウエ。賊はとっさに剣をかざして真っ二つを避けた。が、武器のロングソードは見事に断ち切られてしまった。

 ニヤリと笑ったクロウエは切り下した刀の勢いをそのままに、胴を横薙ぎに切り払った。また一人倒れ伏す。

 一撃必殺の太刀を限りなく無く繰り出すのがクガイア流の特徴である。重い斬撃を捌ききれなければ遅かれ早かれ斬られるのだ。

 堪らず、賊の一人が声を挙げた。

「待て、待ってくれ! 降伏する。アジトも教える。溜めこんだ金をいくら持って行っても良い、命だけは助けてくれ!」

「だとよ。どうするかい?」

 振り返ってアルハに判断を仰ぐ。クロウエとしても考えはあるが、雇い主の意向は無視できぬ。

「決まっているじゃない」

 アルハの声は固く冷たい。

「だわなあ。それじゃまぁ…… バッサリ行くぜ」

 言うなり、剣閃が走る。恐るべしはクロウエの腕前と刀の切れ味。チェインメイルを物ともせず、袈裟掛けに切り捨てたのだ。

「な、鎧、ずるい…… 助け…… ずる……」

 鎧を着ているのに、それを無視するように切り裂くのはずるい。命乞いをしているのに聞き届けないとはずるい、とでも言いたいのであろう。だが、クロウエもアルハも聞く耳は持たなかった。

 首が舞う。


「貴様、なんて事を。命乞いをしていたではないか! 殺す必要がどこにある!」

 気色ばむアスィーラと対照にクロウエとアルハは冷徹そのものだ。

「あのなあ? 降伏すると言いながら武器も捨てねえ。それに主力と伏兵を用意しているあたり計画的な襲撃だ。どこに情けをかける必要があるんだ。口から出任せこいて、俺達を嵌めようとしてんのよ」

「ならば騙されたと判った時に斬れば良いではないか!」

 だから今、斬ろうとしたんじゃねえか、とぼやくクロウエを制し、アルハが前に出た。

「アスィーラ、貴方、どこまで甘いの。戦争が終わったというだけで、世界にはその傷跡がまだまだ残っているの。この人達もそう。時代に取り残されたのでしょうね。何も生み出せない。商いも出来ない。作れるのは死体だけ」

 すうっと、息を吐くとアルハは西の方へ手を伸ばす。

「こっちに二日も歩けば村に着くはずだわ。きっと、あいつらの縄張りになっているでしょうね。何度も略奪されているのよ。それでも、こいつらを庇うの?」

 ぐ、と言葉に詰まるアスィーラ。アルハの言葉は推測にすぎない。すぎないが恐らく間違ってはいないだろう。アスィーラとて同じ様に思う。しかし、それでもなお、という思いが消えない。アスィーラの瞳を見たクロウエは噛んで含めるように諭した。そこには侮蔑も含まれていたろう。

「こいつらぁな、定期的に村を襲ってんのよ。村は言ってみりゃ畑だ。収穫は定期的だろうよ。じゃねえと畑が枯れるわな。収穫期以外は何やっているかってぇと出稼ぎよ。こうやって街道で待ち伏せて旅人や隊商を襲うって寸法だ」

 なあ、お前そうだよな、となれなれしく肩を抱き、賊に凄んでいる。いくら図太い野盗とはいえ、身を包む鎧を無視して三枚に下ろしてのけるクロウエには軽口を叩く余裕もない。

「ん、もういいわ。生き残りをわざわざ殺すのはやめましょう」

「おい、ジャリ。面倒背負い込むつもりか?」

「まさか」

 一蹴する。

「次の街。ネゴス、だったかしら。盗賊の討伐をした、と言ったら礼金くらい出してくれるんじゃない? 討伐証明に首級を持って行けば良いと思うけれど、わたし、首級なんか運びたくないし。生き残りを人足にしたらどう? その後で村人に引き渡せば後腐れも無いし」

「気に入らねぇが、その辺が落としどころかねえ。何人生き残ってんだ? ひのふの、三人か。俺は三人だが、オメェも二人殺ったな」

 アスィーラを嗤う。

「武人が技を交えるのだ。命を落とすこともある。だからこそ、闘い以外で命を奪う事をしてはならんのだ」

「闘いねえ。俺ぁ、闘いが終わったとは思ってねぇがね。相手を騙くらかしてアジトにおびき寄せて数を頼みに返り討ちにするなんざ立派な戦術だ。奴ら、まだ戦っていたのよ。オメェは闘いには慣れているかも知れねぇが戦いは知らねえんだろ」

「どういう意味だ」

「さあてねぇ。俺ぁ無頼の傭兵。“無頼”ってのは頼るなかれってんだ。教えてやらねえよ」

 睨み付けるアスィーラに、どこ吹く風と素知らぬ顔をするクロウエ。そこにアルハの雷が落ちる。

「そこ! 遊んでない! やることやらないと寝かせないからね。そこのあんた達も首級を集めて持ちやすいように集めなさい」

 へいへい、と気の無い返事を返しながら武装解除を行う。鎧を剥ぎ、弦を切り、剣を集める。その剣の一振りをアルハが手に取った。

「注目!」

 鋭い声が夜気を割いた。

 みなが目にしたのは屍のかたわらに立つアルハの姿。そのまま剣を高く翳し──一息に振り下ろした。

 二振り目は狙いを外し、三振り目で首を切り落とした。転がる首級の髪をつかみ突きつける。

「おかしな考えは捨てなさい。次にこうなるのは貴方達。逆らえば殺す。逃げれば殺す。報復を考えれば殺す。貴方達を生かすのは面倒を避けるため、ただそれだけよ」

 小娘と侮っていた賊たちも、これには声を失くした。

「……さすがの俺もドン引きだぜ」

 かくして、ネゴスの街までの道のりを大過なく過ごしたのであった。


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