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「しかし、なぜ枷を外さないのだ? 正直、見ていて痛々しいぞ」
「あー、やっぱり気になる? でも、外せないのよね、これ。鍵が無いし」
聞けば、枷を外す事など想定されておらず、鍵は処分されてしまったという。ならば、クロウエが斬れば良いではないか、そう言うアスィーラに苦りきった顔でクロウエが答える。
「技術的に言やぁ、斬れなかねえよ。だが、俺にゃ出来ねえんだ」
竜の施した呪紋はアルハの保護を目的とした物。アルハに逆らう事も危害を加える事も出来ないようになっている。自由の身にするためと言えど、刀を向ける事も許されないのだ。
「まぁ、ちぃと小突くくらいなら、大してしっぺ返しもねえんだがな。悪意の有無に拘わらず、危害を加えようとしたり、危険を承知で見過ごそうとすれば激痛と呼吸困難が襲いやがる。そうでもなければ、こんな面倒な旅、首を突っ込みゃしねえ」
「難儀だな。ふむ、では私がやってみよう」
アスィーラはしゃがみこんで、つぶさに足枷を検分する。
「これなら、何とかなろう」
刀印を結んだ指先が青白く輝く。そのまま、上下左右に指をひらめかせると一つの図形が出来た。指をそっと、鍵穴に押し当てる。
果たして鍵は小気味の良い音を立て、枷はとあっけなくはずれたのであった。
二人の口が、ぽかんと開く。しばし呆然としていたが、我を取り戻すと猛然と詰め寄った。
「待て待て待て! 今のは魔法か? どういうこった!」
「どうもこうも錠前はずしの術だが」
「あああ、そうじゃねえ。そうじゃねえよ! オメェ、武芸者だろが、何で魔法を使える!?」
「はて、武芸者と名乗った覚えはないが。私はもとより魔法使いだぞ」
「馬鹿ぬかせ! あの運足、あの構え、素人に出来るか! オメェが武術に通じてない訳がねえ」
「ふむ……。それは我が門派ならではの特性であろうな」
アスィーラが説明を始めた。魔法使いには深い集中力が要求される。それには、ひ弱な肉体であるよりも、より健康でより強靭な肉体を持つ方が適しているのは自明である。
すぐに疲労し、それによって集中が乱れやすいひ弱な肉体よりも、心身ともに鍛え上げた肉体こそが魔術師に向いている、と言うのがオクタポル門の基本理念なのだ。
また、対戦士を想定した時、悠長に呪文を唱えられるだろうか? 工夫なく詠唱をするならば戦士には決して勝てない。呪文の詠唱より斬撃の方が圧倒的に速いのだから。
ならば、どうするか?
戦士に負けない体術を身につければよい。戦いながらの詠唱は呼気の乱れによる運動能力の低下を引き起こし、得策ではない。そこで、四肢にまとわせた魔力で陣を描き、魔術を行使する武術魔術が創始された。
戦乱の世で発展した戦闘用の魔術体系である。
一つ一つの魔術に陣があり、それは術的な動きに練りこまれ、套路としてまとめられた。
これにより、武術家として殴り、捌き、躱しながらの魔術の行使が可能となり、他の援護なく戦える魔術師として完成を見た。
「足が軽い…… 何年ぶりだろう」
枷のはずされた左足を軽く振ってアルハが呟く。
「風が気持ちいい。軽い…… 足が軽い! これならどこまででも行けるわ!」
ぶんぶんと足を振り、飛び跳ね、くるくると回る。
「あははは、軽い!足が軽いわ!」
くるり、くるくる、くるりくる。笑い、そして回り続ける。一時の躁状態は目を回して転ぶまで続いた。
改めて見るアルハは美しい少女であった。背中まである癖のない黒髪は艶やかな輝きを湛え、美しい柳眉、桜色の薄めの唇は喜びに彩られていた。それは見るものすべてを魅了するだろう光景であった。
「あはっ、はぁっ、あは。息が苦しい…… ねえ、手枷も外せる?」
無論。頷いてアスィーラは手枷を破壊するのであった。