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無頼魔拳伝  作者: 馬骨刀
~一の段 三人、出会うの事~
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3

 世界は動乱の時代であった。

 一人の王が跡継ぎを決めぬままに逝去した。

 この時代、王とは最も力のある貴族の別称でしかない。王の座が空いたのならば次に強い貴族が王となればよい。

 本当にそうか? と、思った者がいた。三番目が四番目を喰えば二番目より強くはならないか? 五番目、六番目、七番目が手を組めばどうか? 様々な者の思惑がもつれ合い、世は乱れた。

 戦が戦を呼ぶ。

 戦を行っている領地に第三者が襲い掛かる。戦の費用を得るために戦を行う。戦費を巻き上げられた民が耐えかねて蜂起する。乱の餌は乱であり、乱を喰らって肥え太った乱をさらに乱が喰う。

 争いに積極的でないツェント領も乱から逃れる事は出来なかった。自領を護るために戦っていたツェント伯であったが、それだけで事は済まなかった。相手を喰らい尽くさねば自領を護る事は出来ないように思われた。

 だが、じりじりと兵を削られた所で三方より攻められた。騎士はいる、騎士はいるのだ。だが、率いるべき兵がいなくなった。

 窮したツェント伯は蔵を開いて財を吐き出し、傭兵を雇う事でどうにか凌いでいた。それは、身を削って滅亡の時を遅らせる、という事であって争いに勝てるという事ではない。

 ツェント領はそう遠くなく、喰い千切られ、喰い散らかされることとなろう。


 ──しかし、そうはならなかった──


 竜、ありとあらゆる生き物の中で最強の生物。その一騎がツェント領に舞い降りたのであった。


 カシテヤロウ チカラヲ! ボウイヲ! ムスベ ケイヤクヲ! ワレト コノ ジ・ジージルール ト ケイヤクヲムスベ!


 ……結論から言ってツェント伯は竜と契約を結んだ。子供を捧げる代わりにツェント領を襲っている貴族を滅ぼす。それが竜と交わした契約だ。

 竜──ジ・ジージルール──は繊細にツェント領の敵を取り除いた。吐けば一軍を焼き払うであろう炎の吐息も使うのは足止めにとどめた。指揮官と領主をつまんで潰した。

 指揮官も、主すらも、いなくなり、ツェント領を攻めていた三つの領地はどうすれば良いか判らない者であふれた。

 そこに手を差し伸べたのがツェント伯だ。民をなだめ、指示を出し、人と、金を出した。自然、民はツェント伯を慕い、進んで伯の下に集った。

 そうしてツェント領は戦乱を生き延びたばかりか、その勢力を広げたのであった。

 他領を飲み込んで強大になったツェント領は、生半な事では攻める事ができなくなった。

 戦乱の世にあって、比較的平和な日々を送れたのは稀有な事である。この時期、ツェント伯には待望の第一子が産まれた。跡継ぎとなる男子である。本来、喜ばしい事であるが、家中は騒然となった。誰もが竜との契約を思い出したのである。ツェント領の後継者、領地の行く末を担う者、それが失われるのだ。いつジ・ジージルールが現れるか、戦々恐々とする毎日であった。

 しかし、不思議な事にジ・ジージルールは現れない。今日は来るか、明日は来るか、その次には来るのか。

 そのうちに、二人目の子供、娘が産まれた。だが、日々は穏やかに過ぎていく。日増しに高まっていった恐怖は、ある日突然消え去った。

 竜は来ないのだ。忘れたのか、滅んだのか、いや理由はどうでもよい。とにかく竜は来ないのだ!

 領地の統廃合が進み、疲弊した領地を立て直すため、なし崩しに戦乱も治まっていった。ツェント領は豊かな領土と跡継ぎ、そして平和を手に入れた様に思われた。

 数年が過ぎた頃、三人目の子、娘が産まれた。

 その時であった、喜びに沸く領主一家の前に竜の形をした恐怖が現れたのは。


 ケイヤクヲ リコウスルトキダ ソノムスメガ十四ニナッタトキ ワレノモトヘ ヨコスノダ


 今、何故竜が訪れるのだ。竜は来ないのではなかったのか。第一子の生まれたばかりなら我慢できたものを。当時はそれだけの覚悟を決めていたのだ。

 安心し、忘れた頃に来るとは。子供を手放す覚悟など、もうとっくに失っていた。

 だが、竜に反抗などできない。敵意を向ければ一息で領地を焼き尽くされてしまうだろう。

 「貴方のいる所まで、無事にたどり着けるとは思えない。どうか、見逃してはくれまいか」

 都合の良い言い草ではある。だが、この弱々しい懇願が、ツェント伯に取れる唯一の抵抗なのだった。


オマエノ カンチスルトコロデハナイ ムスメニハ ジュウシャ ヲ ツケル ジュウシャハ コノメデエランダ


 最早、打つ手は無い。泣く泣く愛娘を手放すしかないのだ。

 それから数年間ツェント家はさながら通夜の如き有様だった。だが、三人目の娘、アルハが成長するにつれて雰囲気が変わってきた。アルハは愛らしく、そして成長するにしたがって、美しくなっていった。かつ、聡明で、しばしば大人を唸らせた。このまま育てばどれほどの才能を発揮したか。その意味でも失うのは悲しいが、避けられない事態なら最後のその時まで、好きにさせてやろうと望む事は何でも叶えた。それどころか、本人の望まぬ事までありとあらゆる物を与えたのであった。



「まぁ、そっからは蛇足だ。自分の境遇を知ったジャリが反抗的になったんでな。逃げ出さねえように手枷、足枷を付けられたのよ」

「酷い侮辱だわ。わたしは竜に差し出されるくらいで逃げだすなんてことしないのに」

「かぁっ、これだ。おい、この特級バカ娘は竜を倒すんだとよ。付いてきたってろくな事ねえぞ。」

「竜を……」

「まともな頭の持ち主なら、ケツまくるもんだ。オメェも逃げちまいな」

 暫時、黙考した後にアスィーラは顔を上げた。

「貴様がゆくのに、私が逃げる道理のあるものか」

「阿呆が。誰が好き好んで死にたがるかよ。言ったろうが、俺ぁ飼い犬だ、と。逃げらんねぇのよ」

 クロウエが襟元を広げると首元から鎖骨、そしてかいま見える胸元まで、びっしりと呪紋で覆われているのであった。

「これは、呪紋にしても。人の為しうる業ではないな…… 竜か」

「おうよ。こいつがある限り、逆らえねぇ。呪紋で死ぬか、竜に喰われるか。まぁ、素直に従うつもりはねぇがな。竜をぶった切って呪いを解いてやらぁ」

「なんだ、貴様も竜を倒すつもりなのではないか。ならば私が竜に挑んでもおかしくなどないだろう」

「チッ、このバカ。すっかり、その気になってやがる。テメェなんぞに竜が殺れるか」

「クロウエと同じくらい強い人が付いてきてくれるなら、竜を倒せる確率も上がるわね。歓迎するわ」

 渋面を作るクロウエと、満面の笑みを浮かべるアルハ。対照的な二人であった。


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