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「ちんたら歩いてんじゃねェ。日が暮れっちまうぞ」
野太い声の後に高い声が言い返しているようだ。女性だろうか、内容までは聞こえない。別段、興味があった訳ではないが行く当てもない。なんとなく声の方へと足が向いた。
「オラ、莫迦言ってねぇで歩けや」
いらだった様子の男が女性──いや、少女か──に軽く蹴りをくれる。
見れば少女の手には木枠の手枷、足には鉄球の付いた足枷が嵌められているではないか。
少女が悲鳴を上げるより早く彼は地を駆けた。百歩はあろうかという距離を一瞬で走りきる。
ゾッザザザザ。
少女と男の間に割り入り、余勢を殺すために両足と片手までを使い地を削って制動する。
右腕に掲げた杖は男と少女の合間に残し、決然たる意思を示す。
お前の狼藉を許さない。
「あン?ンだお前は? 関係ねぇ奴はすっこんでろ。俺が機嫌を悪くする前にどこへでも行きな」
「ふん、婦女子に手を出す輩を見過ごせるものか。私が怒りを抑えている間に失せよ」
ちぃん。
男が腰の物を抜き様に切りつける。
割って入った青年は己の杖で弾きのける。
「やるッてか」
「やらいでか」
男は背の丈、普通、だが横に分厚い。
青年は大柄だが細身。細身だが締まった肉体。一見細く見える腕で、刀を弾く硬く重い杖を振り回している。それも片手で、だ。
「クガイア流刀剣術、クロウエ」
「オクタポル門……」
そこで一呼吸、止まった。刹那にこれまでの日々、師から告げられた断絶の言葉が胸に響き、喉から血を絞る様に言葉を続ける。
「オクタポル門、破門。アスィーラ」
「ちょ……まっ……」
示し合わせた様に反対方向に飛ぶ二人。各々、得物を構える。
「はん、その杖……ってよりゃ槌か。そいつをその細腕で振り回せるのかい?」
「余計な世話だ。貴様こそ、その背に負った大刀を抜かないでよいのか?」
馬が合わない。こいつは敵だ、と双方等しく思い、常よりわずかに力がこもる。一歩。半歩。四分の一歩……
「間合いだぜ」
「間合いだぞ」
互いに相手の間合いに入ったことを告げる。
なおもじりじりと間合いを詰めていき、これ以上進めば武器が用をなさなくなる、とその時……
「話を!」
ガッ
「聞きなさい!」
ゴッ
暗転……