~序の段二~
斬った。
斬って斬って斬って斬った。
何人斬ったかなど覚えておらぬ。騒乱の中でそんなことを気にする余裕などありはしない。この戦いは完全に負けだ。
ぜっ、ぜっ、ぜっ。
何故、負け戦を続けているのだろうか。
ぜっ、ぜっ、ぜっ。
傭兵とはいえ、ここまでする必要があるのか。貰った金の分は働いたのではないか。
ぜっ、ぜっ、ぜっ。
息を切らして走る。周りを見ても仲間はいなくなっている。まともな作戦などとりようもなく、ただ敵の少ない方へと駆けていく。
と、彼に気付いた騎士が一騎向かってくる。
死んだ、これは死んだ。脳裏をよぎる思いを無視し、横っ飛びに転げる。気休めに右手の刀を思い切り振り抜いておく。
それが功を奏した。
ただの悪あがきだった一太刀は騎馬の前脚を斬り落としてしまったのだ。
馬上槍による一撃を避け、突撃を躱し、馬脚を斬り落とす。幸運の上にも幸運が重なった。
騎乗していた騎士は堪らず落馬し、一命は取り留めたものの地面に叩き付けられるという強烈なる衝撃に一時的な呼吸困難に陥っている。無理もない、スートオブアーマーは馬上での使用を想定しており、人間一人分もの重量がある。板金がくまなく全身を覆っており、身動きにも支障が出る代物だ。
寸でのところで生を拾った彼は、悶絶し身動きの取れない騎士に容赦なくとどめの一撃をくれる。
乱れた息を整える間も惜しんで、領主の城館へと足を向ける。せめて、領主一族を落ち延びさせるのが今できる最善手であろう。重い手足を気概のみで動かす。
身体が重い。(だが、いける!)
肺が燃える。(だが、いける!)
心臓が破裂する。(だが、いける!)
肉体の限界を昂揚によって克服しつつ駆けていたその時、それは起こった。
背後で、猛烈な轟音と共に背を向けていてすら目が眩むほどの爆光が巻き起こる。
反射的に振り返ると、そこに広がるのは赤々と燃え上がる世界であった。
「何が……」
呆然と呟く、彼の前にそれは現れた。
オマエニキメタ。
竜、それは竜だった。
オマエニキメタ。
今一度、繰り返すと竜はその爪で彼を指さした。そのまま、つい、と宙を掻く。
「がっ。があぁぁぁぁっ」
首筋から焼け付く痛みが入って来る。首を抜け、鎖骨を通り、鳩尾に至った所で意識を失った────