which…?
急に思いついたので息抜きに。
転生したと気づいた主人公がここが乙女ゲームの世界だったらどうしよう、とあほなことを考えるだけの話。
理解、とは唐突に降ってくるものだと思う。
わたしが、どうやら転生したらしいと理解したのも、いきなりだった。
ただ、ちょっと我儘を言わせてもらえるなら時と場所を考えてほしかった。自分が転生者であると理解したときわたしはちょうど階段の踊り場から降りようとしていたのだ。当然、あまりのことにびっくりしたわたしは、階段の上で前転して階下に降りることになった。子どもの体の軟さ万歳。
「お嬢様っ!!」
いきなりごろん、ずどどどん、と階段を転げ落ちた子どもにびっくりしてわたし付きのメイドである中山さんと執事の牧田じぃがあわてて近寄ってくる。
どこか、痛いところはございませんか、とあわてる二人がおかしくて痛いのも忘れてしまった。
「ねぇ、じぃ、かなちゃん。すごいわねぇ。さっき、わたし前転したのよ?見た?そりゃちょっと手首とおしりが痛い気もするけど、まあそりゃあそうよね。でも我慢できないほどではないわ」
さっきの映像、だれか録画していてくれればもっと楽しかったかもしれないわねぇ。お母様には見せられないけど、きっとお父様は笑ってくださると思うの、といえば、牧田じぃがお嬢様、そういうことではございません、とがっかりしていた。牧田じぃ、あんまり悩むとはげるぞ。
かなちゃんこと中山さんも、最初はびっくりしていたのに、今はなんだか呆れたようなでも嬉しいようなむずがゆい顔をしている。かなちゃんはメイドさんらしくあんまり表情を変えたりしないから、この顔は貴重だ。
「あ、でもお兄様たちには内緒にしてね。とくに梓兄様に知られたら大変だもの」
「誰に何を内緒にしてほしいって?」
「うっ」
あわわ、見つかってはならぬ人に見つかってしまった、とわたしは心底、信じてもいない神を恨んだ。
なんてこったい。
「梓兄様、今日は早いのね。お帰りなさい」
「ただいま。今日は何もなかったからね。で?階段の下に座って何をしているの?まさか、階段から落ちたとか言わないよね?」
わたしの7つ年上で今年、中学に入学された梓兄様がにっこり笑った。
ひぃぃ、背筋が今、びくってなったよ。笑顔なのに怒ってるのがわかって怖い。
「落ちたとかあるわけないでしょ。かのももう5歳なのよ。立派なれでぃーなんだから」
ふんっ、と胸を張って言ってやれば疑わしげな目を向けられた。ううう。
「ただ、ちょっと前転してみただけよ」
断じて落ちたわけじゃないぞ、と強調してやれば、やれやれと首を振り、牧田じぃにどういうことだ、と尋ねた。だったらわたしに聞くなよ!
「踊り場のところで急にバランスをお崩しになって、前転しながら落ちられました」
牧田じぃの言葉に梓兄様がふぅ、と溜息をつかれる。ぬぅ、説教の合図だ。
「ねぇ、いつも言ってるよね。華乃はよくなんでもないところでこけるんだから、階段は特に気を付けなさいって。階段のところでは考え事をするのも駄目だって」
うううぅ。梓兄様の言葉が正論過ぎてぐうの音も出せない。兄様はやれやれと言って、どこか痛いところはないかい、と優しく聞いてくださった。どうやらこれ以上のお叱りはないらしい。
兄様に手首とおしりが痛いくらいだ、と言ってかなちゃんに湿布を貼ってもらうつもりだというと、頭を打ったりしていないかと尋ねられ、打ってないといえば、どこか痛くなったら夜中でも言うように、と何度も念押しして言われた。信用がないなぁ。
でも何はともあれ、病院に行かずに済んだことはよしとしよう。
そしてかなちゃんに湿布を貼ってもらい、夕食を楽しみお風呂に入った後ベッドの上でごろごろしながらわたしは考えた。
階段の踊り場で悟ったように、どうやらわたしは転生したらしい。
うむ、そこまではいい。
いいのだが、この世界がただの転生なのか、それともオプション付きなのかというのが問題だ。
オプション、つまりここが乙女ゲームの世界だったらわたしはいわゆる悪役令嬢の立ち位置にあるのではないかと思うのだ。
前世のわたしは、乙女ゲーム自体にはそれほどはまらなかったが、乙女ゲームに転生した悪役令嬢を主人公とする小説は大好物でよく読んでいた。
多くの小説によれば、ゲームの舞台となるのは主人公が高校生になってから。最初は庶民として生活している主人公が高校入学直前あたりにどこかのご令嬢だったことがわかったり、母親が玉の輿と再婚して、金持ち御用達学校に入学若しくはひと月遅れて入学するところからゲームは始まる。
そして、次々とイケメンで金持ちの男どもを落としていき、最後は幸せになるというのが王道だろう。
ここで、物語を盛り上げるスパイスとして登場するのが、悪役令嬢だ。
悪役令嬢は大体、生粋のお嬢様で気位が高く、美人であることが多い。攻略対象とは幼いころから顔なじみであったり、家格が釣り合うため婚約者であったりする。悪役令嬢は攻略対象に恋心を抱いているが、攻略対象は悪役令嬢を嫌っているというのがテンプレだ。
攻略対象が主人公に惚れ始めたり、近づき始めると表で嫌味を言ったり、裏でいじめたり、親の権力を使ってやりたい放題するが結局は真実の愛とやらに目覚めたとかいう理由で攻略対象が主人公とくっつき、悪役令嬢は殺されたり、没落させられたりと散々なエンドを迎える。
このことからわかるように、最初からそれなりのお嬢様に生まれていると、主人公である可能性は限りなくゼロに近く悪役令嬢たる可能性が高くなる。
悪役令嬢に転生してしまった小説の主人公たちは自分が悪役令嬢の立ち位置であることを知り、ゲームの知識を駆使してなんとかバッドエンドを迎えないよう奔走するのである。
が。
他の悪役令嬢主人公と違って、わたしはあくまで乙女ゲームが好きだったわけではなく、転生小説が好きだっただけで、ゲームの知識なぞ何一つないのだ。
だからといって、ここが乙女ゲームの舞台となる世界ではないと断定することなどできない。
なぜなら転生すること自体がすでにファンタジーであるし、それにちょっとくらい乙女ゲームというスパイスが追加されていたっておかしくはないからだ。
さらにいうなれば、わたしの幼馴染2人は男。
しかもこの国を代表するような財閥の嫡男どもだ。それだけでなく、外見も中身もハイスペック。
わぉ!まさしく乙女ゲームの攻略対象の資格を備えてますね、とあきれるしかない。
ならば、ここが乙女ゲームの世界だとして。
わたしが悪役令嬢として生き残れる術はあるのだろうか。
と、そこでわたしはひらめいた。
5歳年上の男と婚約すればよいではないか、と。
たいていの場合、悪役令嬢と主人公は同い年で、攻略対象とも同い年がプラスマイナス2、3歳差というのが多い。また、攻略対象には教師も含まれるから、7歳以上の歳の差がある場合もある。
となれば、5歳差というのは実に絶妙なラインだ。
5歳差となれば、小学校で多少かち合う程度で、中高ではなんの関係もない。また、ゲームの開始が主人公高校一年生と考えると、6歳以上歳の差がなければ、教師としての出番もない。
やっふぅぅぅぅぅぅ!
そうと決まれば5歳年上の男と婚約するぞ、とわたしは意気込んだ。だって、5歳年下の男と婚約したらわたしは変態というありがたくもない称号を手に入れてしまうからな!それだけは避けたい。
5歳年上、かぁ。
はて、どうやって知り合うべきか。
そこでわたしはひらめいた。
わたしにはもう一人お兄様がいるのだ。お兄様とわたしの歳の差はちょうど5歳。
ひゃっふぅぅぅぅぅ!
祀兄様の友達を紹介してもらえばいいじゃーん。わたしって天才!
と、意気揚々と次兄たる祀兄様の部屋へ向かえば、たどり着く前に梓兄様に捕獲され、挙句の果てにバカなことを考えるのはやめなさいと叱られ、兄様と一緒にべっどなう。なぜ?