02
「……は?」
干からびた声だった。それは、随分長い間言葉を発していなかったかのように、かすれていた。
だが、そんなことにも気づけないほどの衝撃の中に、俺はいた。
いつもの家の、みすぼらしい居間はどこにもなかった。
どこかの神殿かと見紛うほどの大ホール。黒光りする石が一面に敷かれており、いかにも金をかけていますといった風情だ。
とっさに後ろを振り返ると、木造の寝室のドアが所在なさげに佇んでいる。
寝室だけを家から切り離して、別のどこかに持ってきたかのような不一致感。壁や屋根ごと移動したのか、今やいびつな箱となった俺の寝室は、ホールのど真ん中、一段高く作られた場所に祀られるかのようにそこにあった。
困惑し、ただただ呆然とする。
すると、立ちすくむ俺に、先ほどの声の主が焦れたように同じ言葉を繰り返した。
「おはようございます、魔王様」
…若い女の声だ。
妖艶で、色気が滴り落ちるかのような。
ホールに気を取られていて全く気付かなかった。
……いや、そんなことはない。
気付いていたが、意図的に無視していた。
一瞬でも視界に入っただけで十分だった。
それは女だった。
この世で最も唾棄すべき生物。
血と肉と泥の詰まった皮袋。
「あの、どうされまし…
「喋るな!!!」
俺は叫んだ。
ひび割れた声だったが、ただかすれただけの音だったかもしれないが、それでもありったけの嫌悪を込めて絶叫した。
全身に鳥肌が立っているのを感じる。
「女は滅べ、こっちに来るな、俺を見るな、死ね、どこかへ行ってしまえ!」
「幼女と少年以外は認めない!全部全部、滅べばいい!」
あまりの剣幕にか、女がたじろいだ気配がした。
荒い呼吸と、衣擦れの音だけが空間を満たす。
一体どれほどの時間が経ったのか、いい加減この現実を放棄してベッドに舞い戻ろうと足を向けた時、
「では」
「これでよろしいでしょうか」
幼い声が聞こえた。
床から視線を離し、じわりと前を見た。
小さな靴が見える。細い脛、黒の短パンに包まれた腿、貴族の子息のような仕立てのいい上着に白いシャツ、そして。
10歳になるかならないかといった少年が、そこにいた。
「お願いします、どうか私の話を聞いてください」
丁寧に頭を下げた少年を見て、俺は、安堵からか床に座り込んだ。
額に手をやると汗にまみれていて、というか、手自体も汗まみれで、女という生物が己に与えるストレスの大きさに今更ながらに驚かされる。
こんなにも女が駄目になっていたのか。
「とりあえず」
布越しに感じる床の冷たさを心地よく感じながら、口を開く。
「一人称は”僕”以外は認めない」
幼い顔が唖然とした。
少しだけ可愛い気がした。