【9】 いい奴、だけじゃすまない気持ちが
土曜日ということもあって、遊園地はかなり賑わっていた。
遊具は二人乗りが基本なので、順番に組合せを変えていくことにする。
ジェットコースター三種類を制覇したところで、お昼を食べることにした。
「弟くん、大丈夫かな」
泉子に問われて、五月はジュースを飲みながら携帯を見る。
「あ、もしかしたら来れないかもって・・・」
いまメールきてた、と五月は言った。
「他の人を誘えばよかった。ごめん」
ちょっとうなだれた五月に、泉子は手を振る。
「いいのよ、余ってた券だし。気にしないで」
「そうだよ、五月と来れただけで楽しい」
私はそう言って、五月を抱きしめた。細くて柔らかくて猫みたいに安心する。
五月は家事があるからと、放課後も寄り道しないし、休日もあまり出かけないのだ。
だから、今日一緒に来れて嬉しい。
「やめなさい、苦しそうでしょ」
泉子に引き剥がされる。
「相変わらずだな、律は」
めぐちゃんに苦笑された。
「りっちゃんは可愛いもの好きだから」
王二郎に柔らかく微笑まれて、バスの中で感じた居心地の悪さを再び感じる。
なんだろう。そわそわするかんじ。
***
「さあ、そろそろお化け屋敷の時間ね」
人気のあるお化け屋敷なので、整理券が配られていた。
私たちの時間は14時。
「あ、私はちょっと疲れたから、ここで待ってるね」
さりげなく、言ったつもりだったが、泉子に首根っこをつかまれた。
「何言ってるの、せっかく来たんだから、もったいないでしょ」
「え、いや」
もったいなくないよ。やだよ。しかし弱みを知られたくないという強がりな気持ちもあって、あからさまに抵抗もできず、お化け屋敷の前まで連れて行かれる。
お化け屋敷は、一見薄汚れたビルだった。
実際は廃病院という設定で、警備員に扮して、チェックポイントを回るというものだ。すべて回るのに、30分はかかるという。
しかも、何人かづつではなく、1人1分おきに出発するという手のこみよう。中は迷路のようになっていて、最初にどの道を選ぶかでルートが違ってしまう。実質1人で回るように設定されているのだ。絶対やだ。だいたい楽しくみんなで遊園地に来てるのになんで1人で怖い思いをしなきゃいけないんだ。運がよければ途中で会えるって言うけど・・・。
しかし、整理券を持った人の列は次々と進んでいく。
人を不安にさせる暗い音楽が流れ、スピーカーからは中にいる人たちの生の絶叫が時々外に向けて流れている。入る前からすでに怖い。
私は泉子に手を引かれ、売られていく牛のような気持ちで入り口に近づいていく。
1番先に五月が入った。特に怯えた風もない。かわいい顔して度胸があるんだよね。
次にめぐちゃん、そして泉子が入って、次が私だった。
心臓が喉から飛び出そうだ・・・。
貧血でも起こせればいいのに、そうもいかない。自分の健康体が今日ほどうらめしかったことはない。
「りっちゃん、行こう」
そう、声をかけられるが早いが、私は手を引かれて、お化け屋敷の列から離れていた。
「王二郎・・・」
「こわいの苦手だって、言えばいいのに」
隣に並んで、王二郎の顔を見上げると、おかしそうに笑っている。
笑われても仕方がない。とは思いつつ、私はむすっとしてしまう。
「だって、恥ずかしいし」
「我慢して入って、取り乱した方が恥ずかしくない?」
「・・・」
その通りだったので、私は答えなかった。
お化け屋敷から離れると、気持ちが落ち着いてきた。
「王二郎、お化け屋敷に、入りたかったんじゃないの?」
「別に。そんなに興味ないし」
そっか。よかった。お化け屋敷の出口が見えるベンチに、私たちは座った。そこで、王二郎は手を離したかと思うと、売店でジュースを買ってきた。
「ありがとう」
お金を払おうとすると、王二郎は首を振った。
「このくらい、おごるよ」
「だってうちに来るたびにご飯つくってもらってるし、悪いよ」
「今日は殊勝だね、りっちゃん」
王二郎は面白そうに私を覗き込む。思わずどきりとする。
さっきから、王二郎はなんだかかっこいいことばかりする。
でも考えてみれば、王二郎はいつもそうだったかもしれない。
気が利いて、人の気持ちがよくわかる。
ほんとにいい奴だとは、前から思っていたけど。
いい奴、だけじゃすまない気持ちが。
ジュースのストローを噛む。プラスチックの味。
どうしよう。
王二郎はゲイなのに。
「りっちゃん?」
泣きたかったけど、泣けなかった。
なんてこった。初めてこれが恋だと自覚したのに、その瞬間に失恋しているなんて。
なんだか滑稽だな。
そう思うと笑える気がした。でも、笑えなかった。