【8】 おっと涎が垂れるところだった
その土曜日は絶好の行楽日和だった。
6月ではあったけれど、梅雨入りはまだしていなくて、少し暑いけれど爽やかに晴れていた。
郊外にある私たちの町から、バスで20分ほどで動物園と一緒になった遊園地がある。
その遊園地が、今回の目的地だった。
駅前の遊園地行きのバス停で待ち合わせだった。
約束の5分前に私が行くと、五月以外は揃っていた。
「律、相変わらず男前だな」
「めぐちゃんも、相変わらずちびっこだね」
「うるせえ」
泉子と一緒だと、蚤の夫婦みたいでかわいらしい。
それでもって王二郎の横にいると、巨人と小人だ。
・・・王二郎。
ちらりと見ただけなのに、ばっちり目が合ってしまい心臓に悪い。
「りっちゃん、おはよ」
いつもと同じ、屈託のない笑顔だ。
金曜日に不自然に家から追い出してしまったのに、全然気にした風もない。よかった。
「おはよう」
安心して、微笑み返すことができた。
金曜日以来、会っていなかったので心配だったけど、それも大丈夫そうだった。いつもと同じかんじ。 泉子たちと一緒なのもよかったのかもしれない。私が変になる前のかんじを、思い出させてくれる。
「五月は、ちょっと遅れるみたい。五月の弟くんは、後から合流する予定だって」
携帯を見ながら泉子が言う。
そういえば、めぐちゃんと王二郎は五月と初対面のはずだ。
「遅れてごめんなさい」
大きくはないけどよく通る声が聞こえた。
「全然大丈夫。まだバスが来るまで時間あるし」
泉子が答えた。
私はといえば、一瞬固まっていた。
今日の五月は、Tシャツに短いズボンとサンダル。学校のときは一つに結んでいる髪を、お団子にしている。うなじが見えるのが息が止まるほどかわいい。
ていうか。
「今日は眼鏡じゃないのね」
「遊園地だから」
頬を赤らめて答える。眼鏡によって秘められていた美少女っぷりが、おしげもなく発揮されている。泉子と並ぶと、地元の駅とは思えない華やかさだ。
「りっちゃん、口開いてるよ」
王二郎に肘でつつかれる。おっと涎が垂れるところだった。
五月が、会話に気付いてこちらを見た。
じっと、眉を寄せて王二郎を見上げる。
「王二郎くん?」
まだ、どちらがどちらだとも紹介していないのに、五月は王二郎の名前を呼んだ。
「ご無沙汰してます」
王二郎が、にこやかに笑ってお辞儀をする。
心なしか五月の頬が赤い。
二人以外は目を丸くしていた。
「え、知り合いなのかよ?」
めぐちゃんが王二郎を見上げる。
王二郎は横目でちらりと五月と目配せをした。
「うん。うちの兄貴とさっちゃんのお兄さんが高校の同級生で、昔遊んだことが」
ね、と王二郎は首をかしげて五月を見た。
五月も、頬を赤らめたまま、こくんと大きく頷く。
「王二郎くんって、珍しい名前だから、もしかしてって思ったけど・・・」
「俺も、りっちゃんたちが話してるの聞いて、まさかとは思ったけど」
はは、と王二郎は笑う。世間て狭いなあ。
そして恥ずかしそうな五月。
泉子と私は、顔を見合わせた。
五月は、大人しいけれど冷静な方で、こんなに顔を赤らめているのを見たことがない。
何かあるのかな。
つい勘繰ってしまう。
けど、そのときバスが来て、混みあう車内でばらばらになってしまったので、追求は自然に流れてしまった。
「まずジェットコースターは外せないでしょ。あとお化け屋敷ね」
バスの中で泉子が指折り数えるのに、私はびくついた。
そうだ。遊園地にはお化け屋敷があるんだ。
「知ってる? あそこのお化け屋敷って、本物が出るらしいのよ」
嬉しそうに言う。頭おかしいのか泉子。絶対やだ。絶対入らない、とひそかに誓った。
めぐちゃんと王二郎と五月は、私たちよりも後ろの方に立っている。
人でいっぱいの通路でも、小さな五月がつぶされないように、さりげなく王二郎は盾になっている。
えらいな王二郎。やっぱり気がきく。
その様子は、普通にカップルにも見えた。
王二郎も外見は男前だから、美男美女でよくお似合いだ。
そう考えて、なんだか落ち着かなかった。
じっと見ていると、王二郎と目が合う。
微笑んで手を振られて、心臓が重く鳴る。
なんとか笑顔を作るけど、自分でもわかるくらいにぎこちなかった。表情筋が一気にさび付いたかんじだ。けれど、そのままなんとか視線を外す。
ああ、こないだの金曜のこともあったし、変に思うかもしれない。せっかくいつもと変わらない感じだったのに。