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【6】 てごめにする気じゃないだろうな

『From:瀬野 王二郎

 Subject:ごめん


 今日は笑ってごめんね。

 また遊びに行ってもいい?』


 風呂にも入らずに寝て、朝起きると王二郎からメールが来ていた。

 それで、昨日のことを思い出した。寝てる間は忘れてたのに。


 かわいいって言われなれてないからって、言われたら簡単にどきどきするなんて、ちょろすぎるだろう。ていうかそもそも王二郎はよろめかれたって困るだけだし。


 王二郎はゲイで、私は一応女子で、ただの友達なのに。

 王二郎の気持ちを知ってる、理解者でいたかったのに。


 昨日のことは、忘れよう。


 そう思って、メールを返した。


『こっちこそ、昨日はごめん。もちろん、また遊ぼう』



「あら、昨日王二郎ちゃん来てたの? 」

 台所で母がタッパを開けてつまみ食いしていた。切り干し大根の煮物だ。うちの母の好物。王二郎はよく覚えてる。


「何?! なんでひきとめておかないんだ。お父さんもひさしぶりにプロレスの話をしたかったのに・・・」


 髭をそりながら洗面所から父が出てきた。


「話なら私としてるでしょう」


 だいたい、二人とも昨日の夜帰ってきたのは日付が変わる頃だ。


「王二郎くんのほうが趣味が合うんだ」

「なにそれ」


 たしかに、好きな選手が微妙にずれてはいるけれど。

 そこで、はたと昨日の話を思い出す。


「お父さん、あのさ、前言ってたバイトだけど、王二郎オッケーだってさ」

「おお、ほんとか。助かるなあ。律は機械と相性が悪いからな」

「悪かったね」


 ほんとに、うちの父は娘に対して冷たい。


「それで、夏休みとかにまとめてやっちゃおうって話してて、もしよかったら合宿ぽくさ、うちに泊まってもらおうかと思うんだけど」

「はぁ?」


 嬉しそうだった顔が、突然眉をひそめて私を見た。


「別に一気にやってもらうのはかまわないけど、お前、俺たちが留守がちなのをいいことに、王二郎くんをてごめにする気じゃないだろうな」


 我知らず、顔が熱くなる。


「娘にそういうこと言うか、普通」


 ていうか、心配するところが逆だろう。まあ、実際心配無用なわけだけど。なんたって王二郎はゲイ・・・。


「大丈夫よ、お父さん。この子、本当に鈍くさいし、お子様だから。いままで好きな子だっていたことないでしょう」

「なっ」


 なんでわかるんだ。図星だから何も言えない。

 母を驚きと憤慨のこもった目で見る。


「王二郎くんも超奥手だし、この子がこの調子じゃ、手の出しようがないでしょ」

「どの調子だよ」


 拳を握る。


「だってあんた、王二郎くんを男として見てないでしょう」


 息を呑む。鋭い。だって王二郎が好きなのは男だし。だったら同性みたいなものじゃないか・・・って、いままでは思ってたんだけど。


 私は唇を噛んで、自分の部屋に戻った。まだ朝の6時だ。寝なおそう。


 父と母は土曜日の今日も仕事だ。

 二人で会計事務所を営んでいる。いろいろやらなければならなくて忙しいらしい。でも、仕事でもプライベートでもいつも一緒なんだから、なんだかんだで仲がいいと思う。あんまり仲良く見えないけど。でも娘の前でいちゃつかれても困る。



 寝転がると、髪を撫でられた感触が蘇る。


『かわいい』


 子供の頃は言われていたのかもしれないけれど、覚えていない。

 気がついたら誉め言葉としてはもう、「かっこいい」とか、「さわやか」だった気がする。

 

 普通の男の子にしたって、私みたいにごつい男にしか見えないような女は恋愛対象外だろうに、そもそも王二郎の恋愛対象は男なのだ。

 

 あっ。でも、男が対象だってことは、男に見える私は対象になりうるってことか。

 それにしたって、もしいざことにいたるときには、私には男にあるべきものがない。

 

 だいたい、王二郎はまだめぐちゃんのことが、きっと好きなんだろうと思う。

 だって決定的に王二郎が失恋したのは、まだ一ヶ月前なんだよ。

 私には前から同じ調子で変わらないし。

 

 あれ?ていうか、私、王二郎が好きなのかな。 

 さっき忘れようと思ったばかりなのに。

 気付けば昨日のことばかり考えている。


 いや、単に初めてあんなこと言われたから、驚いてるだけだ。

 もう忘れるんだ。それが、精神衛生上いいに決まってる。 



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