【5】 キング オブ 鈍感
自他共に認めるキング オブ 鈍感の私であっても、その恋心にはさすがに気付かざるをえなかった。
中等部二年の夏、泉子はストーカーに狙われていた。
部活仲間で、自宅からの最寄駅が同じだった私は、泉子を一人にしないように、一緒に通学するようになった。
ストーカーが現れやすい地元では、私以外にも泉子のおさななじみの男の子たちが一緒にいてくれるようになった。ストーカーを捕まえたのも、その子たちだ。
その男の子たちが王二郎と―――めぐちゃんだった。
めぐちゃんは、本名を恵といって、名前も顔も身長もかわいいけど、男気溢れるれっきとした男の子だった。
中高一貫の私立女子校に通う私たちと、地元の公立中学に通うめぐちゃんたちだったけれど、そんな縁でよく遊ぶようになった。
長い間のはっきりしない期間が続いて、泉子とめぐちゃんがつきあうことになったのは、今年の4月だという。
幼稚園の頃から、泉子はめぐちゃんを好きだったのだという。
いろいろ紆余曲折はあったみたいだけど、つきあう前からお互いが好き合っていることは傍からは一目瞭然で、つきあうことになったと聞いたときも、やれやれと思ったものだった。
だけど、同じ時期に、王二郎の家に行ったときのことだ。
部屋で私を迎えた王二郎の目は、赤かった。
王二郎は感動しやすいたちで、映画や漫画を見ていてもすぐに泣く。だから、その目には覚えがあった。
今日は何を読んだのかな、と思いながら机の上を見る。
『何か落ちてるよ』
机と本棚の間に、紙片が落ちていた。拾うと、それは写真だった。
『だっ、りっちゃん』
叫んで、王二郎は私の手から写真を奪った。
なんで奪われるのかわからなかった。
懐かしいなと思ったのに。
だけど、写真を後背に隠した王二郎は、風呂上がりのように顔が赤かった。
元々、色白だから顔色の変化がわかりやすい。
『み、見た?』
私はぼんやり頷く。
写真は、満面の笑みを浮かべているめぐちゃんの顔のアップ。
背後には、泉子と私が映っていた。全員水着だ。
『去年、海に行った時のだよね』
王二郎は頷く。
顔を上げない。
その必死さは、ただ友人の写真に対するものではなかった。
泉子から、めぐちゃんとつきあう事になったと聞かされたのは昨日の夜。
長電話のせいで眠かったけど、頭はいままでの記憶の断片をめまぐるしく組み上げていた。
『そうだったんだ・・・』
めぐちゃんは、王二郎にとってヒーローだった。
かつて肥満体型でいじめられやすかった王二郎を、いじめっ子から守ってくれたのも、いじめられないようにと鍛えてくれたのもめぐちゃんだという話だった。
王二郎は、背がのびるにつれて体型も縦に伸び、筋力もついたのだという。
そんな中学生からは、生来の世話焼き気質でもめごとにまきこまれやすいめぐちゃんと、ときには荒くれ者とケンカすることもあったという。
たしかに、泉子をストーカーからまもっていたときの二人は、ケンカ慣れしていた。最近は、そういうことも少ないようで、どちらかといえば乙女気質で運動音痴を疑わせる王二郎であったが、ことケンカにおいては場慣れした強さを見せていた。
そういうこともあって、二人の間には入り込めない絆があるように思えた。
それだけでなく、思い返せば、王二郎はよくめぐちゃんを見ていた気がする。
めぐちゃんはわりとよく動くほうで、高いところが好きで、気がつくとよく塀の上を歩いている。
たまに近所の人に見つかって怒られる。
それを、笑いながらも嬉しそうに、眺めている目線には、いま思うと愛おしさが溢れていて。
そう、気付いたとき、心臓がばくばく鳴ったのを覚えている。
いつも穏やかな王二郎が、そんな恋心を秘めていたなんて。
いまでも、そのときのことを思い出すと胸が痛い。
二人と友達でいるかぎり、自分の気持ちを隠して、二人を祝福しなければならないなんて。
―――勝手に人の気持ちを勘繰って、切なくなるなんて馬鹿もいいところだと自分でも思うけれど、その発見は、いままでの自分の見方を180度変えられたような驚きだったのだ。
『あ、あの、ごめん、気持ち悪いよね』
写真を握り締めて、王二郎は俯く。
私ははっと我に返り、頭が痛くなるほど、首を横に振った。
『そんなことない』
座り込む王二郎に身を乗り出す。王二郎の目は潤んでいた。泣きそうじゃないか。
『ずっと気付かなかった。辛かったよね』
王二郎が、ぼんやりと私を見る。
私は、床の上で写真を握っていた王二郎の手の上に、自分の手を重ねた。
『なんて言っていいかわからないけど、でも、王二郎の気持ちを、私は知ってるから』
『りっちゃん・・・』
『私、誰のことも好きになったことなくて、力になれるかわからないけど、でも、話くらいは聞けるから。ひとりで抱え込まなくていいと思う。泉子たちも大事だから、応援することは、できないかもしれないけど』
『・・・りっちゃん?』
『今日は帰るね』
心臓がどきどきして、はじかれるように私は王二郎の部屋を後にしていた。
それが、先月。
私たちは高校二年生になったばかりだった。