【4】 私の専売特許
録画を見終えて、通常のテレビ放送に切り替えられていた画面が、映画を流し始めた。
王二郎がバックに傘をしまうのを満足げに見ながら、今日はなんの映画かな、と見ていると、あろうことかそれはホラーだった。
しかも、じっとり怖い日本のホラー。
私は、体が固まる。
主人公が鏡の前で顔を洗っている。その鏡に映る、長い黒髪に顔を覆われた女性。
見たくないのに、画面から目が離せない。
「りっちゃん?」
声をかけられると共に、金縛りが解けた気持ちでチャンネルを変え、がしっと、横にいた王二郎の肩を掴んだ。
「王二郎、明日何か用事ある?」
「ないけど」
ちょっとひるんだ王二郎が答える。
「予行練習でさ、今日うちにとまらない?」
「予行練習? 合宿の? それって必要なの?」
もっともな意見だ。まったく無理がある。
「とにかくなんでもいいから、うちに泊まっていきなよ」
王二郎は、しばらく私をじっと見ていたけれど、ふとリモコンを私の手から奪い、チャンネルを映画の番組に戻した。
「わ、ばか」
腰を抜かした主人公らしき男の人が、髪の長い幽霊に迫られている。
私は再び目を離せなくなってしまう。
王二郎の肩を掴む手に力がこもる。
「いたいよりっちゃん」
「ごめ・・、ていうか、早くチャンネル変え・・・」
「こわいの?」
「こわくなんかっ」
ない、と言い切ろうとした瞬間、髪に覆われていた幽霊の顔がアップになり、髪の隙間から、ぎょろりと白目を剥いた顔が見えた。
私は声にならない叫び声を上げ、王二郎に抱きついた。
「だ、早く、チャンネル・・・」
「大丈夫だよ、いまCMだから」
しかし、体が思うように動かない。
気付けば、王二郎の体が震えている。
王二郎は乙女だから、もしかしたら怖かったのかも。
やっとのことで腕をはがし、王二郎の顔を見ると、真面目な顔をしていた。
しかし、私の顔を見て、あろうことかはじかれたように笑い出した。
「り、りっちゃん、こわいの苦手なんだ・・・」
腹を抱えて笑う。
笑いをこらえようとしながらも、なかなかこらえられない。
何がそんなにおかしいんだ。
失態を見せた手前、何も言えずに王二郎を睨む。
しかし、あんまりしつこく笑っているのでその頭を軽くたたいた。
「いたた」
「いつまでも笑ってるからだよ」
王二郎は起き上がって、目端の涙を指でぬぐった。
泣くほど可笑しいことじゃないだろうが。
むすっとして王二郎を見ていると、王二郎は微笑んだ。
「りっちゃん、かわいいね」
そう言って、小さい子供にするように、私の頭を撫でた。
全身の血液が沸騰したかと思った。
かわいいなんて、いままで言われたことがない。
そんな風に、優しく頭を撫でられたことも。
かわいいと言って女の子の頭を撫でるのは、いままで私の専売特許で、私がされるなんて思いもしなかった。
それが、失態の末のからかいだったとしても。
そんな反応を示してしまった自分が自分で驚きで。
「帰って」
「え?」
きょとんとした王二郎を立たせて、私は俯いたまま王二郎の背中を押す。
「どうしたの、りっちゃん」
「いいから今日はもうおしまい」
そう、言うだけ言って、王二郎を玄関の外に出す。
いったん扉を閉めて、それから王二郎の荷物を渡した。
その瞬間、王二郎が何か言おうとしたが、聞かずに扉を閉めた。
ドアを背にしてしゃがみこむ。
顔が熱い。
心臓が、痛い。
鼓動が激しくてうるさい。
なんだこれ。
「どうしちゃったんだ」
そのまま、しばらく玄関先で頭を抱えていた