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【3】 大事なともだち

「私たち、性別が逆だったらうまくいってたのかもね」


 ご飯を食べながら言うと、王二郎が苦笑した。


「うーん、まあ、りっちゃんはそうだろうけど」

「なんで? 王二郎もじゃない?」

「いや、俺はさ、男のままでいいんだよ」

「男として男を攻めたいってこと?」

「どこで覚えたのそんなこと!?」 


 王二郎が再び頭から湯気が出そうなほど顔を赤くした。


「まんが」


 短く答えて、私はもう一つ唐揚げをほおばった。


「友達が貸してくれたんだけど、結構面白かったよ」


 読む?と尋ねるが、王二郎はふるふると首を横に振った。


「そうだよね。漫画はファンタジーだっていうしね。現実とは違うよね」


 とは言いつつも、読みながら王二郎はこういうことをめぐちゃんにしたいのかなあと思ってちょっとどきどきしてしまった。


「王二郎もさ、私とばっかり遊んでないで、もっとめぐちゃんと遊んだらいいのに」

「遊んでるよ」


 王二郎は目を伏せる。しまった、かな。と思いつつ、口が止まらない。


「前はもっと学校の外でも遊んでたんでしょ。中等部のころとか、泉子がぶつぶつ文句言ってたよ」


 めぐちゃんが、王二郎とばっかり遊んでてつまんないとか、あの二人できてるんじゃないの?!とか。

 私からしてみればめぐちゃんは、ものすごく素直じゃないけど泉子のことをとても大事にしているように見えた。大事だから、簡単に近づけないし触れられないように。でも、当事者は気づかないものなのかもしれない。


「最近、前より仲いいんだよね、あの二人」


 王二郎は寂しそうに笑った。なんで笑う。つらいときにはつらそうな顔をしていいのにと思う。


「うちでよかったら、いつでも遊びにおいでよ。王二郎に恋人ができるまでは」

「・・・りっちゃんの方が先かもよ」


 まさか、と思い手を振る。


「そんなわけないじゃん。すごくかわいくて好きだけど、女の子と付き合えるかは自信ないし。男の子だってわたしみたいなごつい女より、もっとふわふわした女の子が好きでしょ」

「そんなことないよ」


 王二郎、いい奴だな。

 泉子とか、ほかの子も同じようなことを言ってくれるけど、一般的には私みたいな好みの人が多いんじゃないかな。自分が男だったとしたら、断然小さくて柔らかい女の子のほうが好きだな。


「やさしいね、王二郎」


 ごちそうさま、と手を合わせて、食器を流しに持っていく。


「私が洗うから、終わったら置いておいていいよ」


 流しからそう声をかけたけど、王二郎は自分の分の食器を運んできた。

 私がとろとろと食器を洗っているうちに、王二郎は残ったおかずを冷蔵庫にしまって、テーブルをふきんで拭く。そして気づくと、私の隣で食器を拭いていた。

 人の家なのに、てきぱきよく働く。いいお嫁さんになりそうなのに。そういう恋人が、伴侶が、得られればいいのに。

 

 隣でせっせと食器を拭く王二郎の丸まった背中。


「王二郎が、しあわせになったらいいな」


「は?」


 ふきんを持った手が止まる。


「いや、私さ、いまのところ、王二郎が一番好きかもしれないからさ」

「りっちゃん?」

「趣味も合うし、ご飯もおいしいし、やさしいし、かわいいし」


 おなかもいっぱいだし、気分がよかった。鼻歌なんて歌っちゃいそうだ。


「ほんとに大事なともだち」


 よし。食器洗い終わり。手を洗って、手をふいて、王二郎の手が止まったままなのに気付く。


「王二郎?」


 見上げると、はっと我にかえったように皿を拭き始める。

 なんか変なこと言ったかな。

 顔も赤くないし、恥ずかしいっていうのでもなさそうだ。


「王二郎・・・」


 もう一度呼びかけると、ぱっと明るく笑った。


「はい、これで食器全部拭いたよ。しまったら録画してたの見せてね」


 あ、そうだそうだ。今日の王二郎の目的はそうだった。

 好きな団体特集の雑誌と、録画していたCSのプロレス番組を見に来たんだった。

 勝手知ったる他人の家で、王二郎はダイニングのテレビの前に座り、録画再生の操作をしはじめる。


 ていうか私は自分の家のテレビが苦手だ。


 もともと普通の放送と違う、CS放送を見ることでさえ面倒くさかったのに、地デジになってから父親が録画用の外付けハードディスクに録画するようになって、どうやって見るのか、教えてもらってもよくわからない。そもそも覚える気がない。


「なんで人の家のテレビなのに、そんなに簡単に操作できるのかなあ」


 しみじみ言ってしまってから、なんて原始人な発言だろうとわが身を振り返って恥ずかしくなった。


「ほんとに、りっちゃんって機械おんちだよね」


 からかうように言われて、でも事実だから仕方がない。

 王二郎の隣にどすんと座った。

 私を横目で見て、王二郎が口の端でふっと笑う。


「りっちゃんのお父さんに、お礼言っておいてね。いつもありがとうございますって」

「うん。お父さんも嬉しいってさ。自分のコレクションを理解してくれる人間が増えて」

「娘と同じ趣味を楽しめるだけでも十分だと思うけどな」


 話しながら、画面に見入る。

 肉厚の引き締まったからだが宙を舞う。

 衝撃を吸収する胸板。

 きれいにきまる技。

 人体ってすごいなと思う。

 

 うちの父は生粋のプロレスおたくだ。

 1980年代から1990年代前半のプロレス黄金期にいたっては、毎週きちんとプロレス番組をビデオに録画していた。

 最近では撮り溜めたビデオをDVDとハードディスクに写したいらしく、機材を買い揃えたところである。

 ただ、時間がないので王二郎にバイトとして頼みたいといっていたことを思い出して切り出す。

 

 王二郎は軽く頷いた。


「もちろんいいよ。いつもお世話になってるし」

「悪いね。夏休みとか長い休みのときさ、一緒にやろうよ。合宿っぽくさ」

「合宿?」

「泊まりでやったら早くない? あ、でも王二郎はお家のことがあるよね」


 しかし、王二郎は首を横に振った。


「大丈夫だと、思う。たまに帰れば」

「あ、そう?助かるなあ」


 ううんと伸びをしたついでに、壁の時計を見ると、もう9時半だった。

 明日は土曜日で休みだから、ちょっとくらい遅くなっても大丈夫だろうけど。

 外は雨が降り始めたようだ。


「王二郎、傘持ってる?」


「ううん。あれ、やっぱりこれ、雨の音」


 カーテンを開けて、二人で外を見る。暗くてよくわからないけど、ベランダが濡れている。


「帰り、傘持ってきなよ。あ、これ、いらないやつだから」


 リビングの戸棚に入っていた折り畳み傘を差し出す。


「え、これ? 派手じゃない」


「夜だし、目立ったほうが危なくないよ」


 有無を言わさず押し付ける。

 ずっとしまってあった傘は誰かからの貰い物で、黄緑に蛍光ピンクの迷彩柄だった。

 派手すぎて、誰も使わずにいれっぱなしになっていたんだけど、役立ってよかった。


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