【2】 プロテインとか飲んでる?
「りっちゃん」
駅で泉子と別れて、家に向かって商店街を歩いていたら、声をかけられた。
混みあう夕方の商店街でも、頭ひとつ分大きいので目立つ。
両手に紙袋を下げて駆け寄ってきたのは無駄にきらびやかな顔をした大男である。
睫ばさばさ。すっと通った鼻筋に、薄い唇。いつもほんのちょっと口の端が上がっていて、整った顔に愛嬌を加えている。
顔だけなら、文句なしにかわいいんだけどなあ。
「ちょうどよかった。いま、りっちゃんちにいくところだったんだ」
「おー。ていうか、その荷物何?」
覗きこむと、タッパーがいくつか重なっている。もう片方の紙袋には玉葱とキャベツ。
「夕ご飯と、親戚にたくさん野菜貰ったからおすそ分け」
「相変わらず主婦してるね」
「趣味だから」
王二郎の家は共働きで、家事を手伝ううちにいつしかすべてを任されるようになったらしい。
同じ共働きの親を持つ学生なのに私とはえらい違いだ。
私も料理くらいはと思って何度か挑戦してみたことはあったが、後片付けと事故が心配ということで、禁止されてしまった。
壁を焦がしたり、電子レンジを爆発させたりしたのがよくなかったらしい。
「荷物、片方持つよ」
手を伸ばすが、王二郎は首を横に振る。
「いいよ。そんなに重くないし」
なんか顔赤いけど。重いんじゃないかな。まあいいって言うならいいだろう。
並んで歩く。私の頭は王二郎の鼻の辺りまでしかないので、自然と見上げる体勢になる。普段女子校にいることもあって、人を見上げながら会話するのは新鮮だ。
王二郎は腕も太い。中学は美術部で、いまは帰宅部だっていうのに、この筋肉はどうやってつけたのだろう。男子ならば自然につくのだろうか。だけど、ひょろひょろの男の子だってたくさん見かけるし。
両手に袋を提げて血管が浮き出した二の腕をぺたぺたと触る。
脂肪がほとんどない。うらやましい。
「り、りっちゃん?」
呼びかけられて、私は王二郎を見上げる。
「筋トレとかしてる?」
「たまに。腕立てとか。なにもしないと俺、太りやすいから」
「プロテインとか飲んでる?」
「ううん」
いいなー。王二郎から手を離して、じろじろ全体のバランスを見た。手足が長く、顔は小さい。むきむきすぎてもいないけれども、実用的で丁度いい筋肉がついている。
「王二郎って、いい体してるよね。運動しないのもったいないくらい」
気がつけば、王二郎は耳まで顔を赤らめていた。
「あの、あんまり見ないでくれる」
「あーごめんごめん」
王二郎はでかいなりして乙女なのを忘れてた。
まあ、でかいなりで乙女であっても別にかまわないと思うけど。
女の子だとあんまりじろじろ見たら痴漢みたいでいけないかなと思うところが、男だとそういう心配もなく遠慮なく見てしまうのである。
まあ私は女子なので、女子をまじまじと見ていても別に痴漢と間違われることもないだろうけど。その代わりよけいな期待をさせてしまうらしい。
***
私の家は商店街を抜けた先にあるマンションの201号室。
両親は夜遅くならないと帰ってこない。
いつもはコンビニとか、お弁当とかで適当に済ませているけれど、王二郎が遊びにくるとその日の夕飯と、日持ちのするお惣菜とかを一緒に持ってきてくれるのでとっても助かる。なんといっても王二郎は料理が上手いのだ。
大きな背中を丸めて台所に立つ姿は最初ちょっとおもしろかったけれど、その長くて太い指から繊細で見た目も綺麗な料理が出てくると、感動する。人間ってすごいなと思う。おおげさかもしれないけど。
家に帰ってくるなり、王二郎はタッパからおかずを食器に移して、テーブルに並べ始めた。
その隙に制服からTシャツとスウェットに着替える。ダイニングに戻ると、テーブルの上にはなすのおひたしと小松菜の胡麻和え、あとは唐揚げ。
「残りのおかず、冷蔵庫に入れておくから」
「うんうん。いつもありがとう。お母さんもすっごい助かるって。お嫁にほしいって言ってたよ」
自分と王二郎の分のコップにお茶を注ぎながら言う。
ごとん、と何かが床に落ちる音がした。
「何?」
王二郎の方を見ると、俯いたまま床に転がった玉葱を拾っていた。
「手が滑った」
ちょくちょく王二郎はこういうことがある。喋っている途中で物を取り落としたり、つまづいたり。運動神経にぶいのかな。
「いいからご飯食べようよ」
いただきまーすと先に手を合わせる。
いつのまにか王二郎は味噌汁まで作っていた。私の目の前において、自分も向かいの席に座る。
作られてから少し時間がたっているけれど、唐揚げは外がかりっとしているし、なすのおひたしも味がしみている。
「おいしー」
できあいのお弁当もそれはそれでおいしいけど、王二郎のご飯はやっぱり格別においしい。
「ありがとう」
そう呟いて、味噌汁を飲む。頬が赤い。王二郎は誉められると照れて落ち着きがなくなる。
「王二郎って、可愛いよね」
肘をついて顔をのぞきこむと、王二郎はますます顔を赤らめた。
「そうやって無駄にかっこいいこと言うの、やめたほうがいいよ。また女の子にもてちゃうよ」
「私は思ったことを言っただけだよ」
「普通の人はね、思ったことはそのまま言わないものなの。いったん相手にどう思われるか考えて慎重に発言するんだよ」
「えーそうかなあ・・・?」
少なくとも、まわりの大人はそんな風には見えない。
先生だって、わりとうかつなことを言って生徒に嫌われたりしてるし。
とくに女子はちょっとしたことで腹を立てるからな。
「普通の人っていうか、失敗の少ない人はそうなの」
王二郎が言いなおす。
「うん。それならわかる」
唐揚げをもう一つほおばって、私は頷いた。
「でも、たまにでも王二郎にご飯食べさせてもらって、私はしあわせ」
王二郎の顔が、瞬時に赤くなる。
「そういうことを軽々しく言うから・・・!」
私はおかしくて笑う。
王二郎が赤くなるのがおもしろくて言っているんだってわかってるのかな。