【1】 同じ種、同じ17歳でも決定的に何かが違う
震える声。ほんのり色づく頬は薔薇色。
「先輩?」
首をかしげて見上げる仕草も、リスみたいだ。手のひらに乗せてなでまわしたい。
こんな子、うちの学校にいたんだな。かわいい子はだいたい把握してるつもりだったけど、まだまだ修行が足りない。
「先輩、あの、わたしが言ったこと、聞いてましたか?」
潤んだ目で問い返されて、はっと我に返る。
いけないいけない。見とれてて、話を聞いてなかった。
「えっと、ごめん、ちょっと驚いちゃって・・・」
あんまりかわいいから、と付け加えそうになって止める。
そういうことをむやみに言うからいけないのよって泉子に言われているんだった。
「そうですよね、普通は驚きますよね、女の子に告白されたら。先輩は慣れてるかと思ってたんですけど…」
告白? されたのか?
瞬時に頭が冷える。
へらへらにやにやしている場合じゃなかった。
私は、目を伏せた。
悲しい。こんなかわいい子に嫌われるかもしれないなんて。
「ごめん。気持ちは嬉しいけど、いまは誰ともつきあう気、ないんだ」
「やっぱり・・・」
そうつぶやいて、大きな目から、水晶のかけらのような涙をこぼした。
泣かないでー。抱きしめて頭を撫でてあげたいけど、それも焼け石に水だからできない。
「あーいたいた。律、忘れっ・・・」
背後からの声が途中で止まる。
振り返らなくてもわかる。泉子だ。
なんてタイミングの悪い。
私の陰になって、泣いてる女の子が見えなかったらしい。見えていたら、声をかけるはずがない。
女の子は泉子を見て、ぴたりと涙を止めた。
「やっぱり、仁科先輩とつきあってたんですね・・・。わかってたんです。でも、せめて気持ちだけ伝えたくて」
いやいや。なんでそうなる。
言うだけ言って、その子はくるりと身を翻し、上履きのままで、玄関から出ていってしまった。
「…油断したわ。まさか下駄箱で告白に臨む子がいるなんて」
私の隣に並んで、泉子は呟いた。
「人がいなければ気にしないんじゃない」
そして、どちらからともなくため息をついた。
「明日の朝には、嫉妬に狂ったわたしに告白を邪魔されたって噂になってるでしょうね」
泉子がげっそりしながら言う。
「まさか」
と言いつつ、女の子の噂のこわさを知らないわけじゃなかった。
こわさというか、おそれというか。無から有を作り出す力?妄想力?
自慢じゃないが、中等部入学から現在まで5年、平均月一回のペースで告白され、またそれを断り続けていたら、よく一緒にいる泉子が彼女だという噂がまことしやかに流れ、事実無根の尾ひれがつきまくっていまや本人たちとはかけ離れた話がまことしやかにささやかれるようになってしまった。
もちろん、クラスメイトや部活仲間は違うって知ってるけど、おもしろがって噂を助長する輩もいたりしてもうめちゃくちゃである。
聞いたかぎりだと『交際を反対されて駆け落ち・心中しようとしたが失敗して一回別れたけれど、よりがもどりつつある』という状況らしい。
昼ドラでもいまどきないよ、そんな話。
噂をされる以外は泉子にも実害がないらしいので、否定してまわったりするのも面倒で、ほっといている。
だいたい、泉子には彼氏がいるんだよ。
「まあいいわ、これ、忘れ物」
泉子は、手にしていた薄い紙袋を掲げた。
「あー、バックに入れたと思ってた。ありがとう。今日王二郎に見せる約束してたんだよね」
「相変わらず仲良しなのね」
泉子がふくみのある笑顔を浮かべる。
「だって趣味仲間だし」
「付き合っちゃえばいいのに」
ほらきた。いっつもそれだ。
気持ちが顔に出ていたのか、私の顔を見て泉子は笑う。
「なんでそんなに嫌そうな顔するの」
「だって小学生じゃあるまいし。男女の友情だって普通にあるでしょ。だいたい、傍から見て私たちをカップルだと思う人なんていないと思うけどな」
制服を着ていればスカートなのでだとわかるけど、私服のときは年も背格好も近い叔父さんのお下がりを着ていることが多いので、男子だと思われることが多い。
「そんなことないわよ。いくら律がりりしくて、ごつくて絶壁でも、男女では骨格からして違うんだから」
慰めるテイストで、けっこう好き放題言われた。
「自分はふかふかだからって・・・」
シャツを押し上げる泉子の胸を恨めしげに見る。
着替えのときに見かけた泉子の下着は、メロンぐらい余裕で入りそうだった。
うらやましさと同時に恐れを感じたことを思い出す。
同じ性別、同じ年齢なのにここまで違うのか。
犬だって同じ犬でも大型犬と小型犬では一メートル以上大きさに違いがあるようなものか・・・とよくわからない例えで、自分の中では納得している。
つまり、同じ種、同じ17歳でも決定的に何かが違う。
不穏な空気を感じたのか、もう暗くなるから帰りましょうと言って、泉子は靴を履き替えた。
かがんだところを後ろからはがいじめにし、そのたわわな胸をつかむ。
「わーやっぱりすごいふかふか。めぐちゃんがうらやましい」
「や、ちょっと、やめてよ」
背後で、ばたん、と何かを落とす音がした。
カバンが足元に落ちている。上履きに入った線の色が黄色。一年生だ。
「す、すいません・・・!」
下級生はあわてて踵を返し、下校時刻の放送が流れる校舎へ駆け戻っていった。
「律のせいだからね」
泉子はうんざりしながら言った。
私は答える代わりに泉子の胸を揉んで、頬を殴られた。
こんなでも、私と泉子はいい友人である。