gray story.1-01 靡(なび)く灰色
いつもよりはやく起床して、彼は身支度を始めた。
洗面台にむかい、顔を洗う。鏡に映るのは15歳になる青年の顔。灰色の髪に同色の瞳の幼さが少し残る、整った顔立ちだ。
冴えてきた頭で、着替えをすると、彼は少し嬉しそうに階段を下りた。
今日は彼の通う魔法学校の5年目の始業式だった。
「おはよう、はいろ」
「おはよう、兄さん」
灰色は兄の挨拶に答え、テーブルにつく。テーブルの上には朝食が並べられ、彼の兄はラフな格好で紅茶を飲んでいた。
銀色の髪に銀色の双眸。長くとがった耳におそろしく整った顔。多少のびた髪を後ろで一つにくくってはいるものの、灰色が彼と出会った10年前から、彼は全く年をとっていないように見える。
いつも通りの幸せをかみ締めながら、灰色は席についた。
「今日は始業式だったよね」
「うん、今年もたぶんチョーカーになると思う」
彼は兄にそういうと残った準備を始めた。慣れた様子でシャツの上に灰色のローブを羽織る。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
兄に挨拶をすると、灰色は家を出た。
上機嫌な灰色を待っていたのは、閉まった学校の門だった。
「あ……れ?」
驚いて灰色は自分の腕時計を見た。始業式45分前。時刻は問題ない。ならば何故なのだろうか。
「……まぁいいか。SHRにでればいいよね」
初日からサボりを決行しようとした彼は、再び歩きだそうとした。しかし、そこに突然視認できない風の刃が襲い、灰色はそこから飛び退った。
「チッ。よけるなよ」
背後から不機嫌そうな低い声が聞こえてきたが、振り向く間もなく無数の風の刃が彼を襲う。全てをかわしたものの、あたりには砂煙がたち、視界が悪くなった。
「これで顔がばれないな……ハッ!」
灰色は声が聞こえてきた方向に無詠唱で簡単な魔力の衝撃波を放ったが、既に敵の姿はそこにはおらず、かわりに真横から無数の刃がとんできた。
(砂が目に入って痛い…)
場違いな事を考えると、灰色は風の魔法の詠唱を始めた。
「風よ、風よ、風よ!乞うは北風。全てを吹き飛ばせ!」
彼の言葉に風は答え、勢いを強くする。その風に翻弄され、砂はあっという間にとんでいった。
そして。そこから現れたのは、予想に反して灰色と同じ制服を着た青年だった。薄黄色の切れ長の目と、肩より少し上で揃えた髪をした、すっきりした顔立ち。
その顔は、幾度か見た事のあるものだった。
「……生徒会長っ!」
灰色が愕然とその名称を言うと、
彼、―生徒会長、ウィル=ケイナスは唇を歪めると、その場から消えた。
「……まさかあの生徒会長が?」
灰色の記憶する限り、彼は好戦的な性格でもないし、あんな笑い方もしない。生徒会長になるだけあって、たくさんの生徒から慕われるような人柄だった。
「……あっ!二重人格とか?……ないかってあれ?」
学校のほうに向き直ると、閉まっていたはずの門が開いていたのだ。生徒もちらほらと見える。
誰も気づかなかったのだろうか。
腕時計を見ると、時間は経過し、始業式30分前になっていた。少し悩んだものの、やはり遅刻はしたくないので灰色は歩きだした。