真実は分からずとも(7)
この話で最終回です。
記憶と事件の真相。
その先に彼らは何を思うのだろうか。
是非最後までお読みください!
入口付近の飛び出し注意看板のそばに車を停めて、裏山へと入ってみる。
少し進むと開けた場所に出た。その先には、ボーッと佇むローザの後ろ姿があった。
良かった。どうやら無事みたいだ。安堵感から思わず大きな声で呼びかけた。
「おーい。ローザ、大丈夫?」
彼の肩に手をかける。すると病院帰りの車内と同じように肩が小刻みに震えていた。しかし、あの時ほど苦しんではないようだ。いや、悔しさと言った方が正しいのかもしれない。
「ネコさん……。僕は、マリアを救えなかったんだ……。」
その声は消えてしまいそうなほど小さく、嗚咽混じりだ。両手は拳を力強く握っている。
マリアさんをローザは救えなかった。現実でも夢でも。
どこにぶつけたらいいか分からない悔しさが堰を切ったように、ローザの目から大粒の涙を溢れさせる。
涙を流しながら身体も次第に崩れ落ち、地面にうずくまる。
きっと記憶が蘇ったのだろうか。今ローザの感じている悔しさを分かってあげられなく、ただ背中をさすることしかできない。
落ち着いたら話を聞こう。それまではいっぱい涙を流してもらおう。
しばらくして悔しさを涙で流しきったのか、ゆっくり起き上がるローザ。俯いたまま涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を手で拭う。
「ごめんネコさん……。もう、大丈夫。」
ローザはそう言うが、その手は震えていた。
「ホントに?」
とても私には大丈夫に見えなかったため、落ち着ける場所を探す。辺りを見渡すと近くにベンチがあった。
「ほら、あそこに座ろ。」
ローザの手を引っ張りベンチに座らす。
「鼻水もこれで拭いて。」
準備してきたタオルを渡す。震える手で受け取ると、ゆっくり顔を拭く。
「ありがとう……。」
「うん。大丈夫。落ちついたら、何がったか聞かせて?」
ローザは大きく息を吸って、ゆっくり吐く。それを数回繰り返す。
「もう、大丈夫。」
「うん、よかった。ねぇローザもしかしてだけど……。」
「色々、思い出したかもしれない。」
その言葉に、思わず前のめりになる。
「ホントに?」
「うん……。」
そう頷くと、ゆっくり言葉を続けた。
「僕はここで......。目の前でマリアが殺されたんだ。」
落ち着いているとはいえ、タオルを強く握りしめ、言葉を振るわせていた。
「ローザ。私ね、ここに来る前マリアさんの失踪事件について色々考えたんだ。今、全てを語るのってすごく大変だと思うから、先に私の考えを聞いてもらっていいかな?」
私の言葉に、小さく「わかった。」と返してくれた。そこで、裏山に向かう前、事務所で推理した内容を話すことにした。ただ、色々思い出したばかりのローザの負担にならないよう、言葉を選びながら話す。
「私の考えでは――ってことかなって考えたんだけど。」
ローザは俯きながらも、私の推理に途中で口を挟むことなく、黙って全部聞いてくれた。
そして、俯いたまま言葉を返す。
「うん、思い出した内容と、概ね合ってるよ。さすが、探偵さんだね。」
落ちいた口調でそう答える。それでも一つだけ気になったことがある。
「それで、私の推理が概ね合ってるとして、マリアさんの遺体って、どうなったの?」
マリアさんの遺体。そんなことをローザに直接聞くのは酷な事だと感じた。しかしそれはローザもわかっているようで、タオルを握りしめたまま記憶を探りながら答える。
「マリアは、殺されたあと…。確か、犯人に連れていかれた……気がする。正直、そこで気絶したから、定かではないけど。」
ちょうど記憶の途絶える瞬間の出来事で、ハッキリ覚えていないのだろう。それでも、必死に記憶を探ろうと唸っていると、さらに何かを思い出したようだ。
「そういえば、意識が遠のく中で、車のブレーキ音とクラクションの音が聞こえた。気がする。」
「それって、交通事故が起きたってこと?」
「かもしれない、ね。」
失踪事件の当日に交通事故。時に不幸とは連続するものだけど、自分たちが巻き込まれていなかっただけ良かったのかもしれない。
でも、今はこうしてローザの記憶も戻り、事件の真相も暴けた。そのことをただ、喜ぶ時間があったっていい。鞄からタオルと一緒に用意していたスポーツドリンクを二本取り出す。
「記憶取り戻して、頭の中ぐちゃぐちゃになって疲れちゃったでしょ?はい。一緒にこれ飲もうよ。」
「ありがとう。……でも、普通こういう時、スポーツドリンク渡す?」
力なく笑うローザ。私だって、用意する飲み物がこれじゃないことぐらい分かってるけど。
「仕方ないでしょ。ローザの気分悪いかなって思って用意したんだから。」
お互いペットボトルの蓋を開けて、少し口に含む。
「ネコさん。明日さ、警察に行こうと思う。」
その発言に思わず、吹き出そうになるのを必死にこらえる。
「えっ!大丈夫なの?今の状態で、苦しくない?」
「うん。多分、苦しいのはずっと苦しいと思う。だから早めに警察には行きたいんだ。ネコさんも、未解決事件をいつまでも引きずりたくないでしょ?」
「私のことはいいのよ。ローザの記憶があれば、事件解決に役立つかもしれないから。」
だから、湿っぽい話はもう終わり。気持ちを切り替えるために、スポーツドリンクを一気に飲む。その感覚が私の気持ちを前に向かせてくれる。
「プハッ。よし。それじゃあ、明日一緒に警察行こう。」
ローザに手を差し伸べる。
「ふっ。気持ちの切り替えは一流だね。」
小さく笑ってその手を取ると、ゆっくりと立ち上がる。
こうして私たちは一緒に裏山を下ることにした。
翌日。私とローザは警察署に来ていた。失踪事件の担当は変わらずにいてくれたので話は思ったよりスムーズだった。警察の方でも失踪事件には、事件性があるということで調査されていたらしい。そしてローザの記憶で失踪事件が、殺人事件であるということが明らかになった。
殺人事件だとしたら一つだけ気になることがあったので担当刑事に聞くことにした。
「マリアさんが殺された後に車のブレーキ音とクラクション音が聞こえたってことだけど、裏山周辺で交通事故ってありましたか?」
担当刑事は、何か思い出したように話してくれた。
「そういえば、その時間に裏山入り口で交通事故があったな。確か、男女二人が乗っていた自家用車とトラックが衝突した事故だ。」
「その自家用車に乗ってた女性って一条マリアさんじゃないですか?」
その言葉に、険しい顔になる刑事。
「なるほどな。だとしたら事件の犯人も巻き込まれている可能性があるということか。」
私たちから共有できた情報はこれで全部だ。元々、ローザを引き取った時点で調査自体、警察へ引き継いでいたので私たちはこれ以上調査しないことにした。
警察署を出ようとした私に、担当刑事が声をかける。
「この事件。本来は君が最後まで解決したかっただろうが、すまないね。」
「いや、いいんです。私だけでは調査に限界がありますから。また何かあったら警察を頼らせてください。」
口ではそう発したが、内心唇を嚙むほど悔しい。未解決どころか犠牲まで出してしまったのだ。
そんな私の気持ちを察してか刑事が口を開く。
「まぁ、次は頑張れ。」
淡々とした口調だが、私のことを応援してくれているのだと感じた。最後に一礼して、警察署を後にした。
そして私はこの後行くところがあったので、ローザを連れて車を走らす。
「ネコさん、どこに向かってるの?」
「ん?ローザには秘密かな。」
そう、この後行くところには彼女がいる。このことはローザには秘密にしないと逃げ出す可能性があるから、内緒で連れていく。
しばらく車を走らせると見えてきた。白い壁と水色の屋根が綺麗なレストランだ。窓からは水平線を眺めることができて、そこで食べることができる、海鮮を使ったパスタがとても美味しいらしい。
駐車場に車を停めて、店のドアを開ける。
その瞬間、後ろから溜息が聞こえた。
ローザだ。
「帰ろうかな……。」
どうやら彼女の存在に気づいたようだ。
彼女もローザの姿が見えたようで、テラス席からこちらに手を振っている。
「わぁ。ローザさん!こっちこっち!先ついてたよぉ~!」
その声の主はリオだ。ローザは記憶を取り戻してもリオの事が苦手らしい。
「コラ。店内で大きな声出さないの。」
リオに注意しながらテーブル席につく。
「リオは、もう注文した?」
「うん!ボンゴレにしたんだ~。ねぇローザさん知ってる?ボンゴレパスタってアサリ入ってるんだって~!美味しそうだよね~。ローザさんもこれにしない?あ、せっかく記憶取り戻したんだもんね!好きなパスタも思い出したかな?せっかくだからそれにする?」
リオのマシンガントークに、顔を引きつるローザ。しかし、リオに嫌な思いをさせないように笑顔で答える。
「う~ん。そうだね、それじゃあペスカトーレにしようかな?ネコさんはどうする?」
「私は、イカスミパスタにしようかな。」
「あ~ミヤ姉、それ食べたら口の中黒くなっちゃうんだよ?」
「美味しいからいいの!」
からかうリオを軽くあしらう。しばらく談笑、というかリオのマシンガントークを一方的に聞いていると、注文したパスタがやってきた。
そして早速、話の本題へ入ることにした。リオと目配せして、息を合わせる。
「せーの」
「ローザ、記憶喪失卒業おめでとう!」
「ローザさん、記憶喪失卒業おめでとう!」
そう、今回このレストランにリオも呼んで、ローザを連れて来たのは記憶を取り戻したお祝いだったのだ。
私たちの祝福の言葉に、照れくさそうにはにかむローザ。
「あー。ありがとう。え、今日はそれだけ?それだけのために、こんなレストランに連れてきたの?お金足りる……?」
照れ隠しにノンデリ発言をするローザにリオが返す。
「そういう心配はいいんだよ!めでたい時はパーッと行かなきゃ!ねっミヤ姉。」
「そうだよ!全く、記憶戻っても相変わらずノンデリね!まぁ、ローザらしいけど。」
そう、ローザはノンデリだ。そしてそのノンデリを買って、もう一つローザに提案があった。
「まぁ今回は記憶を戻したこと以外に、もう一つあります。」
リオにはあまり関係ないことだが、彼女は前のめりに「何々?」と興味津々のようだ。
「ローザ。ローザさえ良かったら私の助手にならない?アナタのそのノンデリは洞察力があるってことだと思うの。だからちゃんと使えば私の力になる。どう?助手として力を貸してくれない?」
ローザはどこか諦めたような表情だが、私の提案を悪く思っていないようだ。
「僕には、それしか道がないような気がするけど。ネコさんからそう言ってくれるのなら、ありがたいよ。」
「それじゃあ、そういうことでよろしくね。ローザ助手。」
私たちはお互い手を握りしめ、これからは二人で事件に向き合うことを改めて誓った。
これ以上事件未解決のせいで、犠牲を生み出さないように、より一層頑張ろうと思う。今日からは正式に二人で。
ふと空を見上げる。雲一つない綺麗な空にマリアさんへ決意を伝える。
マリアさん、アナタの愛したローザのままでいられるように、ローザのことはこれからも面倒みるから安心してください。ふと頬を撫でるように風が吹く。まるでマリアさんも私たちの新たな門出を応援している、そんな気がした。
「風が気持ちいいね。もしかして天国からマリアさん、ローザのこと応援してるんじゃない?」
「かもね、マリアもきっとネコさんによろしくって言ってるよ。僕からも改めてよろしくね、ネコさん。」
私たちをジッと見つめるリオ。どうやらリオも助手になりたいようだ。ということで、これからはローザとおまけにリオと三人でやっていくことになりそうだ。
こうして、ことら探偵事務所は三人で新たな一歩を踏み出した。
最後までお読みいただきありがとうございました!
ローザの記憶、ローザという人物に焦点を当てて書いたので
事件解決シーンは、よくある「犯人はお前だ!」というシーンをなくしました。
恐らくこうなんじゃないか。そんな感じで真相はふわふわしていると思いますが
真実が分からずとも、ちゃんとローザと小虎ミヤが次へ進めたので、これでよいのです。
またどこかで、ちゃんと解説したいとはおもいますが……。
何はともあれ、初めて書いた作品がちゃんと終わりまで書けたことが嬉しいです!
また他の作品も書いていますので、出来たらまた投稿します!
お読みいただきありがとうございました!




