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真実は分からずとも(6)

ローザの失われた記憶について、少しずつ明らかになっていきます。

この話も是非お読みください。

 仕事終わりといえば、やはりココアだ。インスタントのものだが、マグカップにお湯を入れてかき混ぜる。湯気が立つマグカップにそっと口をつける。熱いのは苦手だが、この甘さと温かさにホッとする。

 しかし、目の前の男にはホッとしない。

「ローザ、アンタのそのノンデリどうにかならないの?」

 小首を傾げるローザに、私の言いたいことが理解しているのかわからなかった。

「あんまり人のことはつつかないこと!わかった?」

 ここまで言ってやっとわかったのか、小さく溜息をついてうなだれている。

「オーケーオーケー、まぁとりあえず僕には恋愛の勉強が必要ということが分かったよ。」

 まぁ反省しているならよし。私は目の前のノートパソコンを開き、恋愛ドラマの続きを見ることにした。

 それを察したのか、自室へと移動するローザ。その時「恋愛かぁ……。」とつぶやく声が聞こえた気がした。


 数日後、私はローザのカウンセリングのため、二人で神室先生のいる心療内科に来ていた。

 名前を呼ばれ診察室へと入っていくと、神室先生は優しい笑顔で出迎えてくれた。

 長い白衣をダルンと着て、髪の毛はパーマをかけておりうねっており一見だらしなく見えるも、その笑顔と柔らかい口調から優しさが滲みでていた。

 「いらっしゃい。どうぞ、かけてくださいね。」

 その言葉にローザは神室先生の向かいの椅子に座る。私はローザの後ろ、入り口付近の椅子に座った。

「さて、ローザさん。最近はどうかな?」

 ローザは淡々と答える。

「うーん。最近は、恋愛がらみのことが多かったかな。」

 神室先生は、真剣な目で話を聞きながらパソコンにメモを取っていく。

「恋愛かぁ。人の恋愛を見ることが多かったんだね。それを見てどう感じた?」

 その問いに、目を泳がせたかと思うと、ふと目を伏せる。

「失った記憶と関係あるか分からないけど、きっと僕には、恋愛経験はなかったんじゃないかな?」

 そう語るローザは、腕を抱いていた。

 まるで見たくないものから目を逸らしているように見えた。

「あったとしても、きっと……。」

 次第にその顔は影を帯びてきた。

「いい結果には、ならなかったんじゃないかな?知らないけど。」

 曖昧なローザの言葉でも真剣に聞き、神室先生は優しい口調のまま話す。

「そうか、以前のカウンセリングでも恋愛は苦手だと聞いたけど、最近はどうだろう。恋愛関連のものに強く嫌悪感を感じたりしないかな?」

 ローザは抱いた腕をさすりはじめた。見るからに嫌悪感を感じているように見えるが、こういう質問にも先生なりの考えがあるのだろう。

 それを知ってか知らずかローザが答える。

「うーん、大丈夫になったんじゃないかな?前よりは。」

 その後、どこか言い訳をするかのように答える。

「恋愛というよりは、恋愛状態になっている人間そのものに興味があるだけで、恋愛がしたい訳じゃないから。」

 そんな答えに、先生は興味を示したかのように大きく頷く。

「なるほど、たしかに恋愛している時は人が変わったようになるからね。」

 そう言いながらパソコンにメモした情報を見つめると、気になる情報があったのか「そういえば……。」と続ける。

「最近は悪夢にうなされたりはしていない?」

 その話題には、私にも心当たりがあった。ローザを引き取った頃、昼寝をしているローザを見た事がある。その時にひどくうなされてた姿は今でも覚えている。

 その時は心配していたが、起き上がると何も言わずに水を飲んでから「大丈夫。」とだけ言って、私から離れていった。

 最近は寝ているローザを見ていないが、どうなのだろうか。

「あー、知らない女性が倒れる夢ならまだ見るよ。特に最近は、その女性に手を伸ばすと離れていく。そんな感じになるんだよね。」

 そう語るローザは、話し方こそスラスラと普段と変わりないが、その声はいつものヘラヘラした様子はなく、低く落ち着いたトーンだった。

 そのあとも、最近あった出来事を先生と会話していた。私は付き添いできていたけど、口を挟むことなく先生から話を振られたら答えるぐらいで、会話の主導権はローザと先生に委ねていた。

 しばらくそのまま、たわいもない話を交えながらカウンセリングは進む。

 先生が時計を確認したところ、そろそろ時間のようだ。また一ヶ月後にカウンセリングの予約をして、私達は診察室を出る。病院から出る時も神室先生はお見送りに来てくれた。

「ローザさん、心だけでなく身体に不調があった時も相談してくださいね。ミヤさんも、ローザさんのことよろしくお願いしますね。それじゃあお二人共、お気をつけて。」

 屈託のない笑みを浮かべて手を振ってくれた。なんてイケメンなのだろう。先生目当てでカウンセリングの回数増やしてもらおうかな。そんな考えが浮かびくすりと笑う。

「ネコさん。神室先生に惚れた?」

 突然のローザの不意打ちに思わず咳き込む。

「何言ってるのよ!確かにイケメンだけど、それ目当ててでカウンセリングの回数増やして貰おうなんて考えてないから!」

「さすがネコさん。欲望には忠実だね。」

 やれやれと言わんばかりにため息をつくローザ。

 全くローザってたまに心読んで来るんだよな。変なとこで察しいいんだから。

 駐車場まで歩き、二人で自家用車に乗る。探偵事務所まで車を走らせてから数分後、昔のことだけどずっと気になっていたことを、思い切って聞くことにした。

「ねぇローザ。覚えているか分からないけど、探偵事務所に来たばっかの時、失踪事件の資料を見てたこと覚えてる?」

「あぁ、僕がよく見てたね。」

「もしかして、記憶喪失の原因に関係あるんじゃないかって思ってさ。」

「あの失踪事件が?どうだろうね、ただ未だ失踪した人見つかってないんでしょ?」

「そうね、私が請け負った事件で初めて解決出来なかった事件よ。」

 当時のことをふと思い出す。

 とある依頼人から娘を探して欲しいと頼まれた。家族や周辺の人へ聞き込みをして、必死に推理した。そして裏山が怪しいと思い向かった先で、ローザが倒れていた。

 本当に、失踪事件だったのか。今でも分からない。もっと早く行動してたら、娘さんも見つかったかもしれない。ローザも倒れていなかったかもしれない。

 結局、事件は警察に任せることにした。当時の事件を担当していた刑事は古くからの知り合いで、ローザは重要参考人として一度警察に引き取られた。

 だが記憶の混濁と精神状態が酷く会話がままならないということで、私が引き取り事件について分かったことがあったら、警察に協力するという約束になった。

 当時の依頼人の顔は今でもハッキリと思い出せる。涙が止まらず顔を両手で覆い隠し、悲しみに支配されたような顔。

 思わずハンドルを握る手に力が入る。悔しさを噛み締めしている中、ローザがボソッと何か言った。

「見つからないよ、きっと。」

 聞こえるか聞こえないかの声だったので、思わず聞き返す。

「えっ?何か言った?何か分かったの?」

 赤信号で止まった瞬間、助手席を見ると。

 頭を両手で抑え、悶え苦しむローザがいた。

「わ、分からないけど。うぅ……ぐっ。」

 頭痛が激しいようだ。次第に尋常じゃないほどの汗がローザから溢れる。

 急いで路肩に駐車させ、タオルで身体の汗を拭き取る。

 タオルでローザの身体に触るたびに、小刻みに震えてるのが伝わってくる。

「マリア……どうして……うぅ。」

 マリア?ローザの口からそう聞こえた。何か思い出したのだろうか。

 それからも、何度もその名前を繰り返しつぶやく。まるで何かに怯えているようだ。少しでも落ち着いて欲しくて背中をさすっていると、苦しみながらも、いきなり大きな声を上げた。

「やめろ……!思い出すな!うぅ……うっ……こんな僕は……死ななきゃ……やめろ……。」

 自分の中の記憶と葛藤しているようだ。やめろと叫ぶ度に全身が硬直するように力が入る。

 このままじゃ危険だ。

 焦りが脳内を支配し、どこに行くのが最適か分からないまま、とりあえず探偵事務所まで急いで車を飛ばした。

 事務所の駐車場に車を停め、すぐにローザの様子を見る。肩に触れると、先程までの震えはなかった。

 震えどころか、全く動かない。

「え、嘘でしょ!」

 嫌な汗が頬を伝う。

「ローザ、ローザ!」

 もしかして気絶してしまったのか。ローザの両肩を掴み、身体を揺さぶる。すると、いびきがかすかに聞こえた。

 あ、なんだ寝てるだけか。

 一気にきた安堵感が疲労感と一緒に来る。ただ寝てるだけならいつか起きるかな。起きたら、ちゃんと話聞いてあげなきゃ。

 寝たままのローザを車からおろしおんぶする。事務所の二階、ローザの部屋まで運ぶ。

 ローザの心配と、成人男性を運んだ身体的疲労が全身を襲う。もう力が入らない。そのままソファに身を委ねる。

 いつの間にか寝ていたのか時計の針が20分ぐらい進んでいた。目覚めの一杯としてコーヒーを一口飲むと、ふとローザの言葉を思い出した。

「マリア。どこかで聞いたかと思ったけど、まさか。」

 記憶を辿りながら、過去の事件をまとめているファイルを棚から探す。棚を開けると、あの事件のファイルがあった。

「未解決失踪事件……。やっぱり。」

 未解決失踪事件のファイルをペラペラとめくっていくと、マリアの名前があった。

 探し人 一条マリア。

 依頼人は母親の一条カナエ。その日の夕方まで家にいたはずが、夕飯を食べる時間になっても姿を見せず、マリアさんの部屋にもいなかった。ということで私に依頼がきた。

 当時、一度推理をしたが、ローザのことを踏まえ改めて考えるため、失踪事件のファイルから調査資料を抜き出し机に並べる。ファイリングされた資料をあらかた並べると、徐々に当時の調査内容が思い出されていく。

 当時のマリアさんには恋人がいたらしく、失踪の原因も恋人にあるのではという情報もあった。

 あらゆる資料が広がっている中で、当時のマリアさんの部屋の状況をメモしたものがあった。

 メモによるとマリアさんの部屋には1つだけ窓があり、母親のカナエさんがマリアさんを探しに行った時には、窓は開けっ放しになっていた。そして窓の縁に少しの擦り傷と土が着いていたようだ。

 そしてもうひとつのメモにはこうあった。マリアさんの父親の証言だ。最後にマリアさんを見た時は、どこか様子がおかしく見え、しきりに周りをキョロキョロと見て落ち着きがなかったようだ。

 三枚目のメモにはこう書いてあった。これは母であるカナエさんの証言だ。

 マリアさんがいなくなった日のこと、玄関のチャイムが鳴ったので、開けたところ誰もいなかったという。趣味の悪いイタズラかもしれないと思った。とメモには記述があった。

 ここまでは家族からの証言だ。それとは別にマリアさんの友人からの証言もあった。

 日付はマリアさんが失踪したその日、裏山の方へ走っていくマリアさんを見たという。

 裏山なんて、好き好んで行くような所じゃない。それに、事件の調査時に裏山でローザが倒れていた。

 これは無関係じゃない、絶対。

 探偵の勘のもと、当時の少ない証言を元に思考を巡らせる。

 病院からの帰り、車内で悶え苦しむローザの言葉を聞く限り。ローザはマリアさんと知り合いなのだろう。

 そのことを踏まえて考えると、あらゆる可能性の中で、最も最悪な答えに辿り着いてしまった。

 もしかして、ローザがマリアさんを殺した?

 いやまさか、さすがに飛躍しすぎか……。

 手元のコーヒーに一口つけ、一旦頭を落ち着かせる。

 周りをしきりに気にするマリアさん。

 誰もいない玄関。

 失踪したその日、部屋の窓が開いていた。窓の縁には土汚れ。

 裏山に走るマリアさん。

 これだけの情報で改めて推理をしてみることにする。しかし、さすがに情報が少ないので、妄想混じりにはなってしまうけど、何も答えを出さないよりかはマシだろう。

 私の推理はこうだ。

 失踪したその日、犯人はマリアさん宅を訪れた。それを察知したマリアさんは玄関から自分の靴を取って、自室の窓から逃げた。

 犯人はチャイムを鳴らすも、窓から出て走っていくマリアさんを見つけて追いかける。犯人から身を隠すため、人目の付かない裏山へ入りローザへSOSを送る。

 マリアさんからのSOSを受け取り、ローザが裏山へと入ると目の前でマリアさんが殺されていた。

 夢は現実で得た記憶を整理する行動だと、神室先生が以前言っていた。恐らくローザがよく見る、女性が目の前で倒れる夢は、実際にマリアさんが殺されたことを意味しているのだろう。

 当時、気絶していたローザから財布やスマホがなかったのは、恐らく犯人がローザから奪って逃走したのだろう。

 その数時間後、気絶したローザを私が発見した。

 しかし、この推理が正しいならマリアさんの遺体はどこに行ったんだろうか。ローザを発見した時には既になかった。埋められたか、犯人に持ち去られたか。

 ここまで推理してみたが、これ以上は考えられなかった。というよりきっとローザの記憶が戻れば、きっと真実に近づけるだろう。

 そういえば、あれからローザは大丈夫だろうか。大人しく部屋で寝ていればいいけど、一旦様子を見に行くか。

 冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出し、汗ふき用のタオルを準備してローザの部屋へ向かう。

 部屋の扉に手をかけ、ローザを刺激しないようゆっくり扉を開ける。しかし、部屋にローザの姿はなかった。

 室内に風が吹いたかと思えば、窓が開けっ放しになっていた。もしかして、ここから外に出たのだろうか。

 今は落ち着いているはずだけど、不安定な状態のまま外に出るのはまずい。記憶を取り戻したのなら、尚更何をするか分からない。

 不安と心配を抱きながら、とりあえず車を走らせる。ローザ、どこに行ったのだろう。アイツが行きそうなところと言えば……ダメだ、思いつかない。焦る気持ちを必死で抑えアクセルを踏む。

 気持ちが落ち着いてきたころに、一旦スピードを落とす。

 その時、ふと裏山の入口が見えた。裏山、ローザと出会った場所だ。たしかに私の推理が正しければ、ローザが記憶を取り戻すきっかけとして、この場所に向かうだろう。

ローザの記憶と失踪事件の真相。

やっと動いてきました!

最後まで是非読んでください!

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