お水の嫌いな女の子☆
私の頭の中で瞬間的に連想されたのはあの美しい純白の羽を持った天使。
=…?
「わ…私,水死した?」
答えを聞くのがそれほどまでに恐ろしいのか,私の声は小刻みに震えていた。
天使の様な少女はすぃっと私のまん前に飛び下りると,目を空に向けた。
「う~む…水死したアル?じゃぁ幽霊ネ,貴方びしょびしょだから水死体から抜け出した人魂とか?」
少女の声を聞いたとき,私の服や髪が濡れていることに始めて気が付いた。
自分の栗色のセミロングの毛先がある肩からポタポタと水が滴る。
私の顔だけではない,体からサァーと血の気が引いて行く。
水水水水水……
脳裏に浮かんだのは自分の何十倍もある大波が自分の体を呑む光景…
「いやあああぁぁぁぁぁぁ!!!!」
私は我を忘れ,思わず少女の足元に飛びついた。
「あ,あわわわわぁ!」
少女は私が足に飛びついたことでバランスを崩し,ぐらっと体が後ろに傾く。
その瞬間,一連の風が巻き起こり,私の体を撫でた気がした。
「うわぁ!って…アリ?痛くない?」
「危ねー,危機一髪,俺は紳士!ってか?」
無邪気に響くやや高い少年の声に,私はうっすらと目を開いた。
水のせいで服や髪が肌に纏わり付き,気持ちが悪い…つか失神寸前なんすけど,私。
「お,誰かと思えば旬藍のとばっちり受けた美少女じゃんかぁ♪」
烏の濡れ羽のごとき漆黒の首の半ばまで伸びた髪に紅く染まった切れ長の瞳。
にぃっと笑んだその少年の口元からは,キラリと真珠のように光る鋭く研ぎ澄まされた牙の様な歯が覗いていた。
服装は上も黒 下も黒の黒ずくめで,深夜にこんな人に声をかけられたら私は多分躊躇無くその急所に蹴りをお見舞いしてやるだろう。
一言で言い表せば“怪しい”とか“不審者”といったところだろうか。
でも少女の体を支えてくれたのだから(多分)怪しい人では無いだろう。
あくまで私の推測に過ぎないが。
「月架ぁっ!その汚い手を放すアルっ!」
少女は助けて貰ったというのにぷっくと頬を膨らませると私を強引に振りほどき,その懐に綺麗に右ストレートを決めた。
「おふっ!?」
少年の体がくの字に折れ曲がり,そのまま後ろに倒れこんだ。
「うぐぉ…俺の腹…」
「チカンアル!セクハラ行為ネ!」
少女が顔を真っ赤にして少年に怒声を浴びせた。
いくらなんでも肩を触ったくらいで右ストレートはかわいそうだと思う。
「あ…あのぉ?」
この妙な空気の中,声を掛けづらかったのだが私にも聞きたいことがあったのでとりあえず質問してみる事にした。
すると先程までの痛みが嘘のように,少年がいきなり起き上がって私の手を取った。
「なんだい?綺麗なお嬢さん…」
『軽い――――!!』
私は喉まで出かかった言葉を慌てて飲み込んだ。
食堂をその言葉が通っていく。
「え…えと,何で両方とも羽生えてるんですかっ?」
その瞬間,少女と少年の表情が一瞬にして変わった。
赤らめていた頬の熱が冷め,大きく目を見開く少女に対し,少年はばっと私の手を放して後退した。
「羽って…あああぁぁぁっっ!!旬藍!お前何何気に“羽”の文字実体化してやがるんだよっ!!」
「そんな事言ったって!月架だってマント羽織って無いアルっ!お互い様だヨ!」
理解不明な文句が次々と飛び交う2人の間にポツンと1人取り残された私はその2人の痴話げんか(?)が終わるまでひたすら待とうと決めていた。
元はと言えば私が原因…カモだし……
それからひとしきり文句を出した後,2人はゼーゼーと息を乱しながらやっとの事で落ち着いた。
「…こんな事言い合ってても無駄アル,ここは潔く理由を説明するネ」
「しゃーね,そぉすっか。…帰ったらキマ先生にとっちめられるだろーけど…」
少年はブルリと体を震わせると,冷や汗を拭った。
そして「コホン」と仕切りなおし,事細かく説明をしてくれた。
…実を言うと,この説明は低知能の私には理解しがたいものだった。
「えー,まず,俺が何故この翼を持っているかを説明しよう。」
少年はそういうと,ばさっとその翼を広げた。
大きく黒光りした黒き翼で,僅かに月光が遮られる。
「まず自己紹介から。俺の名前は夜闇 月架。俺の父さんは吸血鬼で,母さんは人間だった。というわけで,俺の中には人間と吸血鬼の両方の血が流れていることになる。…ここまでは理解できた?」
月架の問いに,私はこっくりと頷く。
それを確認した月架が話を進める。
「んで,俺たちみたいなのを全部ひっくるめて“精霊”と呼ぶ。まぁ,総称って奴だな。細かく分類すれば,それなりの名称はあるがとにかく俺たちは精霊と呼ばれている。人間じゃ無いもの全てが精霊だ。ま,夢悪魔は例外だけどな。」
「ふむふむ」
私は分かったような分からないようなあやふやな気持ちだったが,とりあえず続きが知りたかったので知ったかぶる。
「で,コイツが旬藍。明・旬藍。あっちの方ではなんかほにゃほにゃした言い方をするみたいだが,もう色々説明すんのメンドクサイからこっちの漢字で当てはめて発音してる。本人もいいって言ってるし,いいだろ。」
旬藍という読み方はこっちの方の言い方なのか…じゃぁホントはなんなんだろう。
私記憶力ないしいっか。
「旬藍は俺みたいに人外の血が混ざってる訳じゃなくて,大昔の魔法使いの血が混ざってる。人間なんだが人間以上の力を持ってしまった者,それも精霊。でも純血の魔法使いじゃねぇからそこまで莫大な魔法は使えんぞ。」
そこまで聞いて私ははっと思い起こす。
さっき大量の水がありえないところから発生したのは旬藍のせいだったのね。
謎解決☆
「その精霊達が通ってる学園が精霊学園。この街にたつ鳳凰山の頂に建っているでっかい学校だ。」
「ちょっと待って?鳳凰山って立ち入り禁止じゃないの?」
鳳凰山は落石やら何やらで危険な為,山の周りは完全に有刺鉄線で囲まれている。
ここを超えるのは不可能ではないのだろうか,厳重な警戒態勢がひかれている為進入することは不可能だと思う。
「はぁ~,これだから人間は。結界張ってるに決まってるだろ。俺たち以外に見えないようにする同化結界と瞬間移動結界。学園の生徒だったら誰でも簡単に入れるよ。」
結界というものがどのようなものかは分からないが,とにかく凄い秘策という所だろう。
吸血鬼とか魔法使いが居るのをこの目で見てしまったのだからそれも納得のいく範囲内だ。
サブタイトル…無理矢理感強いかも…