【040】ルーク王子、勝利への布石
まだ朝日が昇りきらぬ時刻、決戦に向けた軍議が始まっていた。
天幕の中には、緊張感が張りつめている。
今回、ルトニア王国軍の勝利は揺るぎなかった。
勝てるための準備をすべて整えていたからだ。
戦は始まる前に、結果が定まっている。
それを覆すには、それ相応の努力が必要であった。
しかし、サイサリス公国は、その努力をする方法すら知らなかった。
方法を考えるオリバー大公は、すでにこの世の人ではなかったからである。
ラルフ子爵は、集まった武将たちに作戦の概要を話したあと、机上の地図を前にして説明を続けた。
「王都に侵入する兵力は三手に分けます」
彼は地図の西門を指し示す。
「西門からはルーク王子が四千を率い、北門と南門からはそれぞれ三千ずつ侵攻させます」
ある武将が眉をひそめた。
「三方向から包囲するなら、東門も閉ざすべきではないのですか?
東門を開けておけば、サイサリス公国軍は大挙してそちらから逃げてしまうのではないでしょうか。
当初の目的である兵力の削減が難しくなる気がしますが」
ラルフ子爵はすぐに首を振った。
「その疑問はもっともです。
しかし、王都を完全に包囲すれば、敵は退路を絶たれ、死に物狂いで抵抗してきます。
そうなれば、戦火によって王都は荒廃し、再興に大きな支障が出るでしょう」
地図を東に滑らせ、湖畔の一点を指す。
「そこで我々は、王都奪還に先立ち、リアム侯爵に五千の兵を率いて先行して頂きます。
そして、ここから東へ三十キロの地にあるチェド城の攻略へ向かっていただきます」
武将の視線が一点に集まる。
ラルフ子爵は続けた。
「現在、チェド城の守備は薄く、本国との連絡維持のための少数兵しかいません。
だからこそ、我々が先に奪取できる見込みがあります。
もしここにダレル団長率いる傭兵団が駐留していたならば、この作戦は成立し得なかったでしょう」
ラルフ子爵は声を少し低めた。
「この攻略の意義は、大きく二つです。
第一に、サイサリス公国への退路を遮断すること。
王都奪還後、敵軍が東門から撤退を試みた場合、その進路上に我が軍が確保したチェド城があれば、補給も逃走もままならず、敵の戦意は著しく削がれます。
第二に、野戦における挟撃の実現。
東門をあえて手薄にするのは、敵を誘い出すためです。
王都での市街戦を避け、被害を最小限に抑えつつ、敵を市外へ誘導します」
再び地図の西門に手を置き、ラルフ子爵は手順を示した。
「侵入は三方面同時ではなく、段階的に行います。
まず、ルーク王子率いる主力部隊が西門から進入します。
王都内の民衆から歓迎を受け、支持と協力を得られる可能性が高く、同時に敵の注意を西門に集められます」
手を北と南へ移す。
「その数刻後、北門と南門から別働隊を進入させ、三方向からの攻撃態勢を構築します。
敵は警戒を分散せざるを得なくなり、指揮系統にも混乱が生じるでしょう。
この時点で退却を決断する可能性が高く、もし兵力を分散して応戦すれば、なおさら不利に陥ります」
ラルフ子爵は再び東門を指した。
「退却の際、彼らは必ず東門を選びます。
その退路上には、事前にチェド城を攻略して布陣したリアム候の部隊が待ち構えます。
王都からの追撃部隊と連携し、山と湖に挟まれた狭隘の地で挟撃します」
彼は地図から手を離し、場を見渡した。
「この地は逃げ場がなく、退路を断たれた敵は包囲の恐怖に飲まれ、必ず混乱に陥ります。
ここで挟撃を成功させれば、敵の主力を壊滅させ、三割以上の損耗を与えることも不可能ではありません。
王都をほぼ無傷で奪還し、さらに地の利を活かして敵主力を討ち破れば、ルトニア王国再興を内外に示す真の勝利となります。
その主力を討てば、敵の威信も士気も一気に崩れるでしょう。
そして何より、王都を破壊せずに取り戻せれば、我らの正統性は揺るぎなく、民心も確実に戻ります。
今こそ、敵の虚を衝く最大の好機。
この機を逃すわけにはまいりません」
武将たちは深く頷き、軍議の場には確かな熱が宿っていった。
ラルフ子爵も内心、安堵していた。問いかけによって戦略の意図を明確に伝えることができたことは、むしろ好機であった。
参加していた武将たちは、目を輝かせ、興奮を隠しきれなかった。
三割以上の損耗は、サイサリス公国軍の主力を壊滅寸前に追い込むことを意味していた。
敵が三割を超える戦死者を出せば、生き残った兵も無傷ではいられない。
指揮官の戦死によって指揮系統は乱れ、負傷兵の運搬にも多くの兵を割かざるを得ない。
仮に五体満足で即座に戦える兵が全体の七割程度に減ったとすれば、徴収兵は逃げ出すのが確実である。
正規兵はなお秩序を保つだろうが、徴募兵にそれを望むのは難しい。
そう考えれば、多く見積もっても五千余りしか残らない。
もはやサイサリス公国軍は、実質的に壊滅したと見なされても不思議ではなかった。
ラルフ子爵の説明が終わるのを確認すると、リアム候が口を開いた。
「なるほど、さすがはルーク王子とラルフ子爵。見事な作戦だ。
あとは我々が全力でサイサリス公国軍に挑むのみ。それだけだな。
それと今回は、出番こそなさそうだが、我々と友好関係を結んだフランク王国から、後詰として五千の兵が派遣されている。
彼らは、おそらくこの戦の結末を見届けるつもりなのだろう」
続いて、ルークが立ち上がり、力強い声で皆に語りかけた。
「さて、今の話の通りだ。勝利は、すでに我らのものだ。
私は、明日の朝日をサイサリス公国軍に迎えさせるつもりはない。
皆の奮戦に期待している」
参加していた武将たちは一斉に立ち上がり、天幕を出て行った。
北門、南門の攻略に向かう兵たちも、即座に出立の準備に取りかかる。
陣営は活気にあふれ、皆が生き生きと動き始めていた。
ルークはゆっくりと天幕を出ると、傍らに控えていたハンナに声をかけた。
「サイサリス公国に残る家族に伝令を出すとよい。
これから先、向こうは混乱に包まれるはずだ。
その前に、此方へ向かうよう伝えてくれ」
ハンナは深々と頭を下げ、「かしこまりました」と一礼し、伝令を探しに走っていった。
ルークはそんな彼女の背を見送りながら、静かに息を吐き、心の中で呟いた。
さて、ここからが本番だ。




