表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/27

【026】ローガン侯爵の才覚

ルトニア王都占領から四日目。


オリバー大公は、側近のローガン侯爵を伴い、ルトニア王国の宝物庫へと足を踏み入れた。

無数の歴史ある品々が整然と並ぶ空間に、ふたりは無言のまま歩を進める。


やがてローガンが感嘆の声を漏らす。


「大公、これは実に見事な品々です。

それぞれに深い歴史が刻まれており、細工の意匠も洗練されています。

これだけの宝を、代々丁重に保管してきた様子がうかがえます」


その言葉に、オリバー大公は棚からひとつの装飾品を手に取り、しばし無言で眺めた。

そして、あくまで興味なさげに


「そうか」


と、気のない返事を返した。


オリバー大公にとって、これほどの財宝も滅んだ王国の遺物でしかない。

どれひとつとして価値を正確に測れるわけではないが、一目見れば高価な品であることは理解出来た。

だが、その価値を讃える気は毛頭なかった。


「ローガン侯爵、二週間後に競売を行うと布告を出せ。

商都ハンザにも使いを出して、参加を希望する商人を集めろ」


命令はぶっきらぼうだったが、そこには迷いも躊躇もなかった。

美術品としての価値など、オリバーにとってはどうでもよかった。

重要なのは、それがいくらの金と兵糧に化けるかという一点に過ぎなかった。


ローガン候が驚いたように尋ねた。


「これらの品々を、すべて競売にかけるおつもりですか?」


オリバー大公は、まるで当然のことのように言い放った。


「当たり前だ。こんな物に囲まれていても腹は膨れんし、何の役にも立たん。

欲しがる者に高く買わせた方が、よほど物の価値というものだろう」


手にした宝飾品を無造作に戻し、冷たく言い切る。


「だいたい、こんな物を大事に抱えていたところで、肝心のルトニア王国は滅びたのだ」


「おっしゃる通りです、

大公。ただ、これほどの歴史的価値を持つ品々をすべて手放してしまうのは、

少々もったいない気もいたします」


そう前置きしつつも、ローガン候はすぐに提案へと切り替えた。


「ですが、大公のご意向であれば、王都内から商人を五人選出し、すべての品に査定をさせましょう。

そのうえで、最も高い評価額と最も低い評価額を除き、

残る三名の金額の平均値を算出し、それを基準として競売を行います」


軽く一礼しながら、事もなげに続ける。


「これで、もっとも適正な価格で品々が売却されるはずです」


ローガン候の提案を聞いたオリバー大公は、なるほど、と内心で感心した。よく考えられた策だ。


こうした実務に長けた才覚を持つ者は、サイサリス公国の中でも決して多くはなかった。

その意味で、ローガン候はきわめて貴重な存在であり、だからこそ、オリバー大公は彼との意見交換の機会を多く設けてきたのである。


サイサリス公国における文官の序列は、上位から侯爵、伯爵、子爵である。

その最上位にあったのがローガン侯爵であった。

公国であるサイサリスは王国とは異なり、爵位は序列を示すのみで、領地を治める権限を伴うものではなかった。


このローガン候が大公の配下となってから、すでに十年近くが過ぎていた。

その十年のあいだにサイサリス公国は、ティモール王朝の一領地にすぎなかった地位から、コンラッド侯爵を味方に引き入れ、ついにはルトニア王国へ侵攻できるほどの勢力へと成長したのである。


かつて大陸の辺境でしか知られていなかった国が、今や最も名高かったルトニア王国を滅ぼすに至った。


それは、まさしく驚異と呼ぶにふさわしい成果だった。


「それから、我が軍は三万の兵を率いてこの地に来ている。

まず優先すべきは、あの者たちを食わせることだ。食料の調達は滞りなく進んでいるのか?」


オリバー大公が鋭く問いかけると、ローガン候は即座に応じた。


「失礼いたしました。

食料につきましては、王宮内に備蓄されていた分が相当量残っておりました。

当面は問題ございません」


「宝も食料も手つかずのまま滅びた王国など、聞いたことがない。

まったく、ルトニア王国はまだまだ余力を残したまま滅んだというわけだ」


オリバー大公は鼻で笑い、嘲るように続けた。


「三百年の歴史に胡坐をかいた末路がこれだ。慢心こそが、滅亡を早めるという好例だな」


ルトニア王国を滅ぼしたことで、金と食料という実利が手に入った。

だが、それは王国のすべてを手中に収めたことを意味しない。

未攻略の領地はなお多く残されており、明日以降の展開次第では激しい抵抗も予想される。


ゆえに、手にした金と食料は、まさに今後の攻略を支えるための資源であり、無駄なく活用せねばならなかった。


ただし、王宮に十分な備蓄があったことで、当面の食糧事情は安定している。

このまま行けば、王都内で飢餓や暴動が発生する可能性は極めて低く、住民の不満も抑えられるだろう。


だが油断はできない。

旧ルトニア王国の領土を虎視眈々と狙っているフランク王国の動きも見逃せない。

彼らよりも先に手を打ち、領土を押さえていく必要がある。それも、慎重かつ速やかに。


そんな思考を巡らせながら、オリバー大公はローガン候と共に宝物庫をあとにした。


そして、ふと何かを思い出したように立ち止まり、ローガンに声をかけた。


「ローガン侯爵。今回のルトニア王国攻略における褒美だ」


オリバー大公は振り返りもせず、淡々と言い放つ。


「宝物庫の中から、欲しいものを好きなだけ持っていけ」


その一言に、ローガン候の表情がほのかに綻んだ。

だが浮かれることなく、静かに立ち止まり、深く頭を下げる。


「過分なお言葉、ありがとうございます。後日、慎重に選ばせていただきます」


ローガン候はふいに表情を崩し、どこか下品な笑みを浮かべながら大公に問うた。


「それと、昨晩の女性は、いかがでしたか?」


オリバー大公は一瞬だけ口元を緩めると、短く答えた。


「よいな。そこだけは、さすがルトニア王国といったところだ」


「ご満足いただけて何よりです、大公」


ローガン候はにこやかに言葉を続けた。


「アルバート王の時代には、大陸中から様々な人々がこの地に集められました。

その結果、血が混ざり合い、

王族を除けば、ルトニアは大陸一の美男美女の国とも評されております。

今晩も、また別の女性をご用意しておりますので、どうぞお楽しみに」


オリバー大公は、その言葉に満足げに口元を緩めた。


「期待している」


ローガン候は、宝物庫を出たオリバー大公と別れると、その足で執務室へと向かった。

競売の段取りを進めるためである。


この一件が、サイサリス公国の財と兵糧をさらに潤し、次なる戦いを有利に運ぶことになる。

ローガン候の口元には、わずかな笑みが浮かんでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ