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【010】ゼインと六人の仲間、救出作戦の全貌

ゼインは不敵に笑いながら言った。


「その七名で動くぞ。また、あいつらと一緒に暴れられる」


モーゼルは静かに頷き、席を立つ前に応じた。


「承知しました。明日の夜にでも集まるように準備いたします」


二人きりになったゼインとエルヴィスは、どこか楽しげに顔を見合わせる。


「久しぶりに暴れられるな」


エルヴィスは肩をすくめ、苦笑混じりに言った。


「ゼイン、前にも言ったろ。

頭なんか下げたくもないのに、アンドラ公国の頭の悪い貴族どもを相手にしてきたんだ。

商人の真似事なんて、まったくの苦痛だったぜ」


吐き捨てるような口調には、長く溜め込んでいた苛立ちがにじんでいた。

ゼインは笑いながら、その肩を軽く叩いた。


「明日からは、元のエルヴィスだな。楽しみにしてるぜ」


翌日の夜。


ゼインを筆頭に、仲間六名がひとつの部屋に集まった。

互いに簡単な挨拶を交わしたものの、ただならぬ気配を感じ取ったのか、やがて皆は静かに席に着いた。


張り詰めた沈黙の中、ゼインは全員を見渡し、低く、しかし力強い声で口を開いた。


「今回集まってもらったのは、このアンドラ公国に捕らわれいるビアトリクス公女を救い出し、サイサリス公国まで送り届けるためだ。

そしてその先に、公国の再興を果たす。

難しく聞こえるかもしれないが、やるべきことははっきりしている」


彼は言葉を切り、ひとりひとりの顔を見回した。


「俺たちはこれまで、身を隠し、人目を避けて生きてきた。

だが、この一件をやり遂げれば、ようやく表の世界で胸を張って生きられるようになる」


その声には、確かな決意がこもっていた。


「昨日までの俺たちと、明日からの俺たちは違う。

その違いを、自分たちの手で作るんだ。


ルグルスの大森林で、ドライゼン帝国に追われながらも生き延びた俺達だ。

ビアトリクスを救い出し、サイサリスを再興する」


張りつめた空気を破るように、ブーディカが軽く短く口笛を吹いた。


「いや、ゼイン。あんたは本当に男前だよ。

公女を助けて、もう存在しない国へ届け、その国を再興するだなんて。

それを難しくないって言ってのけるんだからね。まるで英雄様だ」


穏やかに、しかしどこか敬意をにじませながら、ブーディカは言った。


ゼインはじっと彼女を見つめ、短い沈黙ののち、低く問い返す。


「お前は、俺にその英雄になる資格がないと言うのか」


ブーディカは肩をすくめ、くすりと笑った。


「やめてくれよ、ゼイン。あんたの目に殺されそうだ。

言い方が悪かったね。私が言いたいのはこうさ。


国も貴族の後ろ盾も持たないあんたが、こんな構想を思いつくなんてあり得ないってこと。


そして、それを実行できると信じさせる人間も、あんたしかいない」


その言葉を受けて、マザランが口を開いた。


「もしこの六名でゼインの語った計画を成し遂げられるなら、この瞬間、この場が歴史の転換点になりますね」


静かだが、確信に満ちた口調だった。


それを聞いたエルヴィスは、ふっと笑みを浮かべて言った。


「できるかできないかなんて語るだけ無駄だ。

やるか、やらないか、それだけだ。今回はやる。

誰が何と言おうと、やり遂げるしかねぇ」


そのやり取りに、セミラミスがやや呆れたように口を挟んだ。


「ええ、わかったわ、エルヴィス。

でもね、あなたはもうモーゼルやゼインと話を済ませていたんでしょう?

私たちは今、この場で初めて聞いたのよ」


そう言って、視線をエイナルへ向ける。


「私たちはサイサリス公国に縁もゆかりもないの。

そんな元盗賊が国の再興をしようだなんて、少しくらい驚く時間をもらっても怒られないはずよ。

見てごらんなさい、エイナルなんて可哀想なもの。

あまりの展開に一言も話せていないじゃない」


セミラミスがエイナルの名を出したことで、自然と皆の視線が彼に集まった。

エイナルは、まるで魂が抜けたように呆然とした顔をしていたが、やがて口を開いた。


「俺はゼインのことが好きだから、ゼインがやるって言うならやるよ。

難しいのは分かるけど、それ以上のことは正直わからん」


そう言って、照れくさそうに笑った。

その率直さに場の空気が和らぎ、皆もつられるように笑みをこぼす。


ゼインは全員を見渡し、ゆっくりと口を開いた。


「エルヴィス、マザラン、ブーディカ、セミラミス、エイナル。

この六人でビアトリクス公女を救い出し、サイサリスまで送り届ける。

そしてサイサリスを再興して、うまい汁を吸わせてもらおうじゃねえか」


少し笑ってから続けた。


「もちろん、モーゼルには別の場所でしっかり苦労してもらうつもりだ」


モーゼルが静かに言葉を引き継いだ。


「もちろんです。皆さまの力になるのが私の役目です。

皆さまが存分に活躍できるよう、日なたでも日陰でも変わらぬ支えとなる所存です。

さっそくですが、ビアトリクス公女が捕らわれている屋敷の平面図と地図を用意しました。

ご確認いただけますか」


差し出された図面に仲間たちが身を乗り出す。


屋敷は二階建てで、一階には大広間を除いて八つの部屋、二階には六つの部屋。

規模はそれほど大きくはないが、庭は広く、塀までの距離は二十メートルほど。

芝が一面に植えられ、丁寧に刈り込まれている、とモーゼルは補足した。


図面をじっと見つめていたマザランが口を開く。


「この間取りなら、警備の人数は多くても十五名ほどでしょうか。塀の高さはどれくらいありますか」


「四メートルほどで、常時十二名が警備に就いています」


マザランは頷き、淡々と分析を続けた。


「予想通りですね。この規模の屋敷にしては塀が高い。

おそらく、かつては有力な貴族が離宮として使っていたのでしょう。外部を威圧し、内部を隠す意図がある。

地下室もなく、外から様子を窺うことはできない。

多少の騒ぎでは気づかれにくい構造です。つまり、誘拐は案外容易いかもしれません」


ゼインが頷きながら引き取った。


「アンドラ公国は、公都内の屋敷だから警備は万全だと思い込んでいるんだろうな。だが完全に油断しているわけじゃない。実際に警護の連中は動きが良かったし、腕の立つ兵士が揃っていた。とはいえ隙はある。油断は禁物だが、突破口は十分にある」


ゼインは全員を見渡しながら続けた。


「今回の救出作戦だが、俺とエルヴィス、セミラミスの三人で屋敷に侵入する。

エイナルは塀の上から援護だ。警備が動いたら、ためらわず射ってくれ。

ブーディカとマザランは塀の外で控え、異常があれば即座に対応する。

狙うのは朝方四時、人通りがなく、見張りも気が緩む時間だ。

その隙に公女を連れ出し、王都東門が開くと同時に脱出する」


全員が頷いたのを確認してから、ゼインは言葉を続けた。


「モーゼル、予備の馬と食料を用意してくれ。

王都の外で待機してもらう。それと、追っ手を撹乱するために各門へ陽動の人員を置けるか?」


「可能です。商会とは無関係に見える者たちを手配しておきます」


即座に頷いたモーゼルに、ゼインは口の端を上げた。


「よし、誘拐作戦はこれで固まったな。もっとも、これは逃走経路じゃない。帰国経路って呼ぶべきか」


その冗談に場が少し和み、笑い声が漏れた。


次にエルヴィスが地図を広げる。


「進路は東へ取り、まずはティモール王朝へ。

その後、南に抜けて草原地帯を横断し、西へ進んでキール将軍のいる城塞都市アラモを目指す。

すでにティモールには商会の拠点があり、草原の部族とも取引がある。

難しい道のりだが、要所ごとの支援は期待できる。うまくいけば安全に抜けられるはずだ」


ブーディカが感嘆の声を上げた。


「そんなに準備が進んでいたなんてね。

厳しい旅になるのは間違いないけど、これだけ整っていれば、やれる気がしてきたよ」


セミラミスが明るく笑った。


「そうよ。お姫様が一緒で、しかもゼインが立てた計画なんだもの。失敗なんてあるはずないわ」

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