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【009】ゼインが示す勝機と必要な七人

「あんたがまだ不安そうだから、もう少し話を続けるぜ」


ゼインは、少し身を乗り出すようにして言った。


「なあ、なんでアンドラ公国は、サイサリス公国の地方に居座ってるキール将軍を野放しにしてると思う?

いくら忠誠心が厚いとはいえ、アンドラ公国に従わない奴を放置するはずがねえだろ」


彼は間をおいて、静かに言葉を重ねた。


「理由はひとつだ。サイサリス公国の東に広がる、あの草原だ。

四十近い草原の部族たちを睨みで抑えているのが、他ならぬキール将軍だからだ」


ゼインの声には確信がこもっていた。


「草原の部族は連携こそ取れていねえが、一つひとつの戦闘能力は馬鹿にできない。

まとまれば、かなりの脅威になる。

だからアンドラ公国も、わざわざキールを討伐して部族と衝突する真似はしない。得策じゃねえからな」


彼はにやりと笑った。


「だったら、それを逆手に取るまでだ。

俺たちが草原の部族と手を結び、キール将軍と草原の民を率いて戦端を開く。

アンドラ公国を正面から叩き、先勝する。これが俺たちの勝ち筋だ」


そこでゼインは少し声を落とし、問いかけるように続けた。


「ビアトリクス、あんたは知ってるか? 草原の部族がなぜサイサリス公国に攻め込んでくるのか」


ビアトリクスは眉を寄せ、無言で耳を傾けた。


「勘違いしちゃいけねえ。あいつらに領地の野心なんてものはない。

そもそも国家って考え方を持たねえ連中だ。部族単位、それが普通なんだよ」


ゼインは軽く肩をすくめて締めくくった。


「サイサリス公国の悪いところは、ルトニア王国ばかりを見すぎて、東の草原の事情に疎かったことだな」


長々と話していたゼインは、そこでいったん口を閉じ、ビアトリクスの反応を待った。


ビアトリクスは、少し思案したのち、静かに口を開いた。


「なぜ攻め込んでくるのか?

領土を広げたい、農地が欲しいという欲求が理由だと思っていたけれど、違うのね?」


その瞬間、ビアトリクスは息をのんだ。

自分が草原の民について何も知らなかったことに、はじめて気づかされたのだ。


国家や領土という尺度でしか物事を捉えてこなかった自分には、部族という単位で生きる民の思考も、行動の理由も、まるで見えていなかった。


ゼインの言葉は、その盲点を容赦なく突いてきた。


サイサリス公国は、長年にわたり西のルトニア王国ばかりを主要な脅威とみなし、東の草原に目を向けることを怠ってきた。


その結果、草原の民に対する理解も備えも、致命的に欠けていたのだ。


静かに目を伏せる。否応なく、ゼインの言葉に納得せざるを得なかった。


なにより、かつて公女であった自分自身が、「草原の民がサイサリスを攻めるのは当然だ」と無意識に思い込んでいた。


そうであるならば、自分の周囲にいた家臣たちも、同じ思い込みに囚われていたに違いない。


「領土拡大なんかじゃねえ。理由は単純だ、食料不足だよ。

部族の数が増えて、家畜だけじゃもうやっていけねえ。


で、サイサリスはキール将軍を国境に置いて侵入を防いだ。

表向きは正しい策だが、根本は解決してねえ。


だから考えてみろ。草原の民の食料問題を、俺たちが解決してやったらどうなる?

いくつかの部族を国に取り込めれば、無駄な衝突もなくなるし、キール将軍だって東に縛られずに済む。


しかも、モーゼルはサイラス商会を通じて長年部族と取引してる。

草原の事情は手に取るように分かってるんだ。


つまり、あんたが思ってる以上に勝ち目はある。安心しな」


ビアトリクスは、まるで夢物語を聞かされているように感じた。

草原の部族と連合。建国以来、幾度となく血を流してきた相手と、本当に手を組めるのか。


そう考えた瞬間、はっと気づいた。


「今さら」と思ってしまうその発想こそが、ゼインとの決定的な差だったのだ。


気づけば、彼の構想の速さに思考が追いつけなくなっていた。

リディアは、すでに会話の半ばからついて来られていない。

情報の差ではない。構想の広さそのものが、あまりにも違っていた。


「まあ、今のところはこんなもんだろう。

さっさとこんな場所からおさらばして、まずはティモール王朝に向かう。

話を詰めるのは、それからでいい」


ゼインはそう言って肩を回し、軽く息を吐いた。


「最初に言っただろ、俺に任せろってな。

サイサリス公国を再興した暁には、もう一度、あのときと同じことを言ってやるよ」


立ち上がるゼインを、ビアトリクスはこれまでとは違う目つきで見つめていた。


ゼインとモーゼルはアンドラ公国の中心部にあるサイラス商会の商館へ戻り、すでに戻っていたエルヴィスと合流した。

三人は顔を揃えて、今後の行動について話し合いを始めた。


「そろそろ動きたいぜ。商人の真似事にも飽きてきた」


エルヴィスが不満げに言うと、モーゼルが笑った。


「その物真似が完璧だからこそ、今の地位があるんですよ」


エルヴィスは肩をすくめた。


「アンドラ公国の貴族どもは、賄賂好きの無能ばかりだ。

サイサリスの公女を公城に置かず、空き屋敷に閉じ込めているのもその証拠だろう。

公妃の嫉妬が理由だと聞いたが、まったく腐った国だ。

もっとも、そのおかげで連れ出しやすくはなっているがな」


軽口のやり取りがひと段落すると、三人は表情を改めた。

話題は、いよいよビアトリクス救出作戦の中核へと移る。

同行する人員の選定である。


極秘行動を要する任務である以上、多数を動かすことはできない。

少数精鋭で臨むしかなかった。

かつてルグルスの大森林を共に戦った二百名、その中から信頼できる者を選び抜く必要があった。


モーゼルが口を開いた。


「今回はビアトリクス様をお連れする任務です。ですから、女性の同行者が不可欠でしょう」


エルヴィスが首をかしげる。


「リディアはどうだ?」


「馬に乗れないと聞いております。残念ながら、同行は難しいかと」


ゼインが軽くうなずいた。


「なら、誰を連れて行く?」


「まず一人はセミラミスです」


「セミラミス?」エルヴィスが興味深そうに繰り返す。


モーゼルは頷いて説明を続けた。


「素性は完全には分かっておりません。

ただ、これまでの行動から見て裏切るような心配はないと判断しています。

ルグルスの大森林に加わっていた者の多くは身の上を語りませんが、彼女については元貴族の騎士であったという話を耳にしました。

権力争いに敗れ、居場所を失って流れ着いた、と」


ゼインが口の端を上げた。


「剣も使えるし、礼儀作法も心得てるな。公女と行動を共にするには、確かに悪くない」


「はい。今回の任務には適任だと考えます。

そしてもう一人はブーディカ。したがって女性二名の同行を提案いたします」


エルヴィスが笑った。


「なるほど。セミラミスとブーディカか。目の付け所がいいな。二人とも腕が立つし、異論はない」


ゼインも頷いた。


「これで俺とビアトリクス様を加えて五名か。大人数では動けねえ。次は誰を選ぶ」


エルヴィスが手を上げた。


「食料調達や交渉は、商人の真似事をして俺がやる。

弓の使い手としてはエイナルだな。あいつ、最初は素人だったが、今じゃ指折りの弓兵に育ってる」


「よし、これで六名だ」


ゼインが数える。


モーゼルが少し考えてから口を開いた。


「あと一人は、マザランはいかがでしょう。まだ若いですが、知識と才覚は十分です」


エルヴィスがにやりと笑う。


「確かに。俺たちは前へ突き進むのは得意だが、全体を見て支える役が要る。マザランなら安心できる」


ゼインが腕を組んでうなずいた。


「これで七名。ちょうどいい数だな。これで行こう」

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