#8.ギルドマスターと秘書
ギルドの扉をくぐるといつもより少しだけ早い時間だった。
朝の光がまだ斜めに差し込む広間は、既に人の声と足音で賑わっている。
冒険者たちが掲示板の前で依頼に目を通していていた。
「よう、早いなアルス。こっち来い」
ラガンさんの声だった。
いつも通りざっくばらんな呼びかけ、けど、その口調にわずかな硬さを感じる。
「おはようございます。何かありましたか?」
「ギルマスが呼んでる。直接話があるらしい」
「ギルドマスターが?」
ギルドの運営と情報を一手に引き受ける鋭い目をした男。
滅多に個人を呼びつけることはないと聞いている。
(昨日の事?いや、別の何か?)
「わかりました。今、行きます」
関係者以外立ち入り禁止の2階奥の部屋。
一度深く息を吸い、扉を叩いた。
◇
重たい音を立てて扉が開くと、奥にはギルドマスターと秘書の姿があった。
彼の視線と彼女の冷静な佇まいだけで空気が張り詰める。
「来たか」
一礼して中央まで進むとギルドマスターが口を開く。
「…学園から来た少女、オルドレインの令嬢だったか」
(クラリッサさんのことか)
「使い物になるのか?」
視線がラガンさんに向く。
そう言いながら冷静な眼差しをラガンさんに向ける。
「魔法の腕は確かです。実戦経験は浅いですが、伸びると思います。」
「ふむ」短く頷くギルドマスター。
その後ろで秘書さんがわずかに口元を緩めた。
ラガンさんが腕を組み、やや渋い顔で言う。
「ただ、貴族出身だと、現場の冒険者と多少の軋轢は避けられません。
悪気がなくても態度が原因で連携ができない事もあるので…指導役としては気を遣います。」
「現場事情として理解はしておきます」
秘書さんは冷静に答えたが、視線はラガンさんから逸らさない。
「だからこそ、しばらくは討伐系のクエストには出すな。まずは慣れさせろ。
預かっているこちらに責任を押し付けられても困る。」
「了解です」
続いてギルドマスターが話題を切り替える。
「最近、ヴァロ班から正体不明の魔物の目撃情報がいくつか上がっている。
既知の種と姿が合わず、行動も異常。突然変異とも思えん。
報告では――人のように布を巻いた影のような姿だった、とある。
だが人ではない。……今はまだ見つけても手を出すな」
(昔見た、あの魔物と同じ……?)
胸の奥に冷たい感覚が走る。呼吸が浅くなり鼓動が速まる。
頭の片隅で焼け落ちる村とあの目がよみがえった。
「この件については、改めて下で通知を出す。既に複数の被害報告が出ている」
「……了解しました」
話はそれで終わりらしく、礼をして部屋を出る。
階段を下りながらラガンさんがぼそっと「…やっぱりこういう場は苦手だ」と呟いていた。
◇
広間の掲示板前は少し落ち着いており、依頼を受けた冒険者たちが外へ出ていく。
ラガンさんが急に真面目な口調で言った。
「嬢ちゃんのこと、頼んだぞ」
「…え?」
「彼女の魔術の腕は悪くない。だが、それだけだ。
ここでやっていくなら素直さが足りない。同世代のお前が教えてやれ。」
そういいながら笑って俺の背中を叩くと、ラガンさんは掲示板へ向かった。
離れた席にクラリッサさんが座っている。
腕を組み退屈そうに掲示板の方へ視線を泳がせてる。
その横では、ラビオンが尻尾を揺らしながら数枚のクエスト票を器用にめくっていた。
「おはようございます、クラリッサさん。」
そう声をかけると
「おはy」「おっはよう、アルスくん!」
クラリッサさんの返事に被るようにラビオンが元気よく返してきた。
…昨日の事もあってラビオンに向けられている鋭い視線が少し怖い。
しかし、そんなことを気にせずラビオンは続けた
「ちょっと聞いてほしいんだって!クラリッサってば討伐系に行きたいって言って聞かないんだ。
アルスからもなにか言ってくれよ」
「冒険者なら分かるでしょ?」とでも言いたげな瞳でクラリッサさんはこちらを見ている。
「ギルドマスターから、慣れるまでは討伐系クエストは控えるように。だってさ」
俺がそう言うと、クラリッサさんは一瞬だけ眉を寄せた。
むっとした空気が伝わってきたが、軽く息を吐いて視線を逸らす。
「…わかったわ。ラビオン、戻しておいて」
「え〜…面倒くさいなぁ」
ぶつぶつ言いながら、ラビオンはクエスト票を丸めて掲示板へ飛んでいく。
その入れ替わりでラガンさんがクエスト票を持ってやって来た。
「西門側郊外の農場で家畜が騒いでるらしい。原因調査だ」
いつも通りの調子でクエスト票をテーブルに叩きつけ、