#7.黒い影と炎の夢
熱い。
燃える。焼ける。
全身を包むような、どうしようもない炎。破壊を喜ぶ黒い影。
これは多分夢だ。そう思うが体は動かない。
その影が俺に飛び掛かる瞬間、視界が赤く弾けた。
荒れ狂うはずの炎は、何故か優しく、俺を包み込むように燃え上がる。
知っている。これは俺を守ってくれた、あの-
目を開けると、天井の木目が静かに揺れていた。
「あれ…?」
いつもの部屋。額に残る熱を手で確かめる。
最近見ていなかったが…昔の事を夢に見ていたんだと気づくには少し時間がかかった。
まだ胸の奥がじんわり熱い。夢の中の炎のせいだろうか。
こんな感覚はいつぶりだろう。
この街に来てからの日々はただ過ぎていくだけだったのに。
今は少しずつ、ちゃんと生きている気がする…そのはずなのに。
こうして夢にまで出てくるなんて…一番大切で、あの地獄から俺を救ってくれた人。
師匠が出てくるなんて。
「俺、ホームシックなのかな…」
誰に言うでもなく呟いて、ひとりで苦笑する。
少しだけ天井を見上げてからジャケットを羽織り、小さく伸びをひとつして木の扉を開けた。
階段を下りると、暖かな匂いが鼻をくすぐる。
こんがり焼けたパンとスープの匂いが腹の虫を刺激する。
カウンターの奥から顔を出したイリナさんが、にこっと笑って声をかけてくれる。
「おはようございます」
「ふふ、しっかり休めたみたいだね。昨日の夜とは別人みたい!」
「そうですか?昨日も部屋を温めてくれたからですかね?」
そう返すと少しはにかむように笑って「それならよかった」と小声で付け足す。
「じゃあ、朝ごはんにしようか。スープとパン、あとリンゴのジャムもあるよ」
「お願いします」
「は〜い、ただいま〜。ジャムはちょっといいの出しちゃおうかな?」
イリナさんが小気味よく足音を鳴らしながら厨房の奥へ消えていく。
その後ろ姿を見送るとスープの香りがじわりと鼻をくすぐってきた。
席で待っていると並べられていくサンドイッチと肉の入ったスープ。
「昨日食べずに寝てしまったからお腹空いていて…」
「そのぶんもしっかり食べてくれるとうれしいかな!」
「ありがとうございます!いただきます!」
ゆっくりと食事を終え食器を返した時、ふと体が軽いことに気づいた。
ちゃんと眠ってちゃんと食べて。
当たり前のことだけど、それがどれだけありがたいかを最近になって実感している。
「少し、裏で体を動かしてから出ます」
「うん。いってらっしゃい!」
◇
宿の裏手。洗濯場は人がおらず静まり返っている。練習するにはちょうど良い。
軽く足を鳴らしながら、腰に差した剣を抜いた。
「……っ、はっ!」
一歩踏み込み、剣を水平に薙ぐ。
足裏から伝わる土の感触が重心を支え、刃が空を裂く音が耳を打つ。
息を吐くたびに、白い朝もやが刃の後を追った。
まだまだ甘いところはあるだろうけど、それでもやらなければ鈍ってしまう。
俺はまだまだ弱い。だからやれることは全部やっていく。
「……ふぅ」
体が温まった頃、遠くで街の鐘が鳴った。
通りには朝市の屋台の準備か人の声がするようになり、焼きたてのパンの香りが風に乗って流れてくる。
その風に、わずかに鉄と油の匂いが混じっている気がした。
「よし、行こう」
気を引き締めて、ギルドへ向かうことにした。