#3.魔道具ラビオン
「倒した魔物、素材になるもんが多い。特にあんたが氷漬けにしたやつらは、保存状態も上々だ」
ラガンさんは氷の残る魔物の亡骸を軽く足で転がし、刃先で氷片を落とす。
冷気が足元に広がり、焦げの匂いと混じって鼻を刺した。
「…素材?」
「ああ。冒険者は倒すだけが仕事じゃない。 持ち帰って金に替える。
依頼じゃなくても、それが現場の常識だ」
わざとらしいほどに淡々とした口調。急がなくていい。暗にそう言っているのだ。
ラガンさんはこういう時、わざとこういう言い回しをする。
「…そう、なのね」
クラリッサはそれ以上言わずうなずいた。
その横でラビオンは力尽きたように地面へ倒れこんだ。
「ボクは休んでるからさ!」
やり切ったと言わんばかりに背中を向けてごろんと転がる。
クラリッサが何も言わずにそちらを睨んでいる。
その視線に込められた「手伝わないの?」という圧は、さっき魔物を倒したときよりも重かったかもしれない。
「…えー、ボク今日頑張ったし。あとはクラリッサが頑張ってほしいな〜」
「…あとで詰めてあげる」
「ひぃっ」
軽口を飛ばしながら、ぬいぐるみはそっと後ずさっていった。
そんなやり取りを尻目に俺は魔物の毛皮の傷み具合を確認していた。
ダメージが少なければ加工用に売れる。
「毛皮とかも持って帰れたら、報酬も上がるんだけどな…」
ぽつりと呟いたのは、ラガンさんから教わったちょっとした小遣い稼ぎのコツ。
証明用の牙や爪だけじゃなくて、使えそうな部位も持ち帰ればそれなりに査定が上がり、夕食が少し豪華になる。
でも…
「問題は、運ぶ手段なんだよな…」
今日は大きな荷物を詰める袋なんて持ってきていない。
「おっとそこの少年、何かお困りかな?」
さっきまで休んでいたぬいぐるみ-ラビオン-が俺の足元から声をかけてきた。
にぱっと笑って自分のポーチを叩いている。
「なんとこのポーチ、マジックバッグでございますッ! 空間圧縮で中は広々! ボクの中も賢さで広々~!」
「…マジックバッグって、そんな簡単に手に入るもんだったっけ?」
俺は半信半疑でラビオンのポーチを覗き込んだ。
中は真っ暗で底が見えない。確かにそれっぽい気もする。
でも、マジックバッグって普通は超高級品で、貴族でもそう簡単には手に入らないって聞いたことがある。
実際に師匠が使っているのを見たくらいしかない。
なのに、どうしてこのぬいぐるみが持ってるんだ?
「…どうしてそんな高価なものを?」
「このボクはなんと、高精度魔力制御技術が施された、超!高性能!魔道人形だからさ!」
ちょっと何を言っているのか分からないし答えになってないけど
ラビオンは胸を張って自慢げに言った。
そのポーズのキマり具合が妙に可愛くて、ちょっと笑いそうになる。
「ないと困るんだよ? 特にクラリッサなんか、すぐに忘れ物を…」
ぽすっ!
「…いたぁい!?」
話の途中で、どこからか飛んできた木枝がラビオンの頭に直撃した。
「…ふん」
少し離れた場所で、クラリッサさんがすっと顔をそらす。
けど、耳元がほんのり赤くなっているのは、どう見ても怒ってるというより
照れてる、のかもしれない。
「なにさ、だって本当のことじゃん! 学園にいるときだって
しょっちゅうペンとか魔道具を忘れてさ!『ラビオン、ペン。とか! …ん!』とか言って!」
ラビオンがクラリッサさんの口調を誇張して真似しながら、小さな体で一人芝居を始めた。
声色まで変えてそれっぽく演じ始めたもんだから俺も思わず吹き出しそうになる。
ちょっと身をよじって気取ったポーズを取ったり、手を振る仕草をしたりと見てて思わず笑ってしまうくらい芸が細かい。
「…ふざけすぎよ。それに私はそんなんじゃ…ない!」
ボソッとした声が聞こえたかと思うと、今度は小枝じゃなくて小石が飛んできた。
ラビオンはそれをひょいとかわして
「図星つかれると手が出るの、そろそろやめたほうがいいと思うな〜?」
と、やれやれのポーズをしながら言った。
「知らないわよっ! だいたい昔から、私が何か言うたびに…」
クラリッサさんの言葉が途中で止まる。
俺の存在を思い出した瞬間、まるで糸が切れたみたいに動きが凍りつく。
「っ!」
彼女の顔がみるみるうちに赤くなっていく。
さっきまで声を荒げていたのが嘘のように口をぎゅっと閉じて視線を逸らした。
そして数秒の沈黙のあと突然ツカツカとこちらに歩いてきて急に澄ました顔でこう言った。
「…解体の手伝い、します。」
「…え?」
「…昔ちょっとだけ、見たことあります」
「…あ、はい」
…さっきまであんなにムキになってたくせに。
なのに今はすました顔して「どこを切ればいいの?」とか言われると俺は何も言えず、ただ頷くしかなかった。
その落差が正直かわいいと思ったが、気取られないようにそっと視線を逸らした。
ある程度片付けが終わったタイミングで、ちょうどむこうの草むらからガサリと音がした。
「おーい、終わったか?」
ラガンさんが姿を現す。
両手とリュックにはパンパンに詰められた素材で大変なことになっているが、表情は明るくホクホク顔だ。
…あれはもう完全に臨時報酬ゲット!帰ったら麦酒を3杯は多く頼めるな。くらいは確実に考えてる。
「お前ら、素材回収してないのか?」
と、当然のように聞かれた。
俺が口を開く前にラビオンが前に出て、胸を張って答える。
「ふっふーん! もちろんちゃんと回収してあるよ!
ボクの!超高性能・空間圧縮型マジックバッグが大活躍だったんだから!」
腰に巻いたポーチをぽんぽん叩いて見せるラビオン。
「おお、マジかよ。こんなに小さいのにか!?」
ラガンさんが目を丸くして思わず腰をかがめてポーチを覗き込む。
「ね? いいでしょ? ぬいぐるみボディに見せかけて、実はとっても便利なんだぜ?旦那ァ~!」
「便利すぎだろ、買った!」
「なんてね。ボクはクラリッサの保護者だからさ!ぶっぶー!売り切れです!」
にこにこと売り切れのジェスチャーをするラビオンの後ろで、クラリッサが微かに笑っていた。
なんとなくその表情は、ちょっとだけ誇らしげに見える。
「よーし、じゃあ帰るか。ギルドに報告してあとはゆっくり休め。俺は臨時報酬で麦酒だな!」
そう言って笑うラガンさんの背中を追いながら、報告の為にギルドへの帰路についた