#1.クリスダリアの冒険者
師匠に言われてギルドに入って、もう半年位たっただろうか。
多少の依頼や雑用はこなせるようになったし、街の地図も頭に入った。
仲間と笑いながら帰った日もあれば、泥だらけで寝込んだ日もあった。
—だからといって、旅慣れたわけじゃないけど。
この日は、ラガンさんの周辺警備任務に同行することになった。
彼は面倒見がいい中堅冒険者で、俺が駆け出しの頃から何度か依頼で一緒になっている。
武器の整備から戦い方まで、短い時間でも色々と学ばせてもらった。
「お、アルス。今日は遅刻じゃないな」
「今日もですよ?」
「お前、集合時間の一刻前に来たと思ったら、半刻前から待ってた時もあったろ」
からかうように笑い、ラガンは肩を叩く。
その一拍遅れた力加減に、わざとやってるんだろうと内心で苦笑した。
「えっと…今日、学園から新人さんが来る予定でしたよね?」
話の腰を折って本題に入れると、ラガンは肩をすくめた。
「ああ、そうだな。お偉いさんの紹介らしい。…ああいうのは大抵、扱いが面倒だ」
「そんなにですか」
「剣より言葉の応酬の方が疲れる」
ため息交じりの声に、半年の付き合いの中で何度か見た面倒事の顔だな、と心の中で頷く。
「時間になっても来ねえなら、置いてくぞ」
「いや、それは……」
言いかけた俺を遮るように、ラガンがため息をついた。
「ま、今回の任務は周辺警備だ。腕試しにはちょうどいいって話だったんだが……
仕方ねぇ、二人で行くか」
その声に押されるように、俺も腰を上げた。
…ほんとに、来る気あるのかな。
街の外に出ると空気が少しだけ冷たくなった。
季節もあるけど、こっちの道は森が近いからか朝の陽も届きにくい。
ギルドのある中心街とは空気の質からして違う。
「今日も静かですね」
俺がそう口にすると、ラガンさんはこっちを見て笑った。
「流石に慣れてきたか!だが…気を抜くなよ」
そう言いながらラガンさんの目がすっと鋭くなる。
背中に下げた長剣をいつでも抜けるようにしながら遺跡の入口へと進んでゆく。
その歩幅には迷いがなかった。
俺も置いていかれまいと、少し息を詰めながら追いかける。
そんな矢先だった。道の脇に並んでいる低木の下で何かが焼け焦げていた。
「あれ、魔物の死骸ですよね」
「だな。こりゃ…魔法、雷か?」
近づいて確認するまでもなく、形が残っているだけマシだった。
焦げ跡の周りにはまだかすかに魔力の残り香が漂っている
焼き焦がすにしては雑で―冒険者がやったとは思えない。
「…もしかして、新人さん?」
「知らん。だが、これ一体だけじゃねぇ」
ラガンさんが先へ歩き出す。俺もその背に続いた。
道の先にも点々と魔物の死骸が転がっている。
毛皮は焦げ、牙は割れ、冷え切る前の血が土を濡らしていた。
…誰かが通った。しかも、かなりの実力で。
ただ、必要以上の火力でこんな痕跡を残すような人。
…うん。
正直、ちょっとだけ怖い。
少しだけ歩を速めながら、俺達は遺跡内部へ向かった。
そこには、氷像と化した魔物の群れが立ち尽くしていた。
閃光が駆け抜け、削れた氷の結晶が空中に舞い、床を静かに飾る。
その中心に、少女は立っていた。
銀色に淡く桃色を含んだ髪。仕立ての良い制服—貴族だろうか。
冷気を纏った瞳が、わずかにこちらを一瞥する。
魔物はうなり声を上げ、少女との距離を詰め始めていた。