六十八話
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「私が魔人に引き合わせた?」
できるだけ自然に聞き返せたと思う。
「はい」
しかし、簡潔でありながら一切の淀みのない返答に思わず唾液を飲み込んでしまった。
「違和感を覚えたのは、ラウルさんに貴方とトーラスさんが裏で手を組んでいたという話を聞いたときでした。確認したいんですけど、トーラスさんは家族の呪縛に憑りつかれたあたしを救って欲しいって依頼をしたんですよね?」
「……そうだ」
「それでトーラスさんとモデールに不法侵入者が現れたという騒動を引き起こしてあたしを誘き出し、父さんの金貨を餌に二人きりの状況を作り出して接触しようとした……で、合ってます?」
「概ねは」
「この話を聞いたときに、貴方のある行動に違和感を覚えたんです。それは貴方がラウルさんを戦闘不能に追い込んで逃走し、あたしがその後を追跡をしたときにどうして目的の二人きりの状況であったにも関わらず、貴方は逃げ続けたんだろうかということです」
ミーシャは膝のうえで手を揉むような仕草をしながら、世間話でもするかのような調子で話し続ける。つい今しがたまであったおどおどするような様子はなく、それがこの疑問はミーシャのなかではすでに解決していることなのだということを伺わせた。
「だっておかしいですよね。あたしが追いかけてきていることも、ラウルさんがついてきていないことも確認していたはずです。本来であればこの段階で目的は達成のはず。でも貴方は立ち止まらずに逃げ続けた。あたしはこの矛盾した行動の意味に大きな秘密が隠されているんじゃないかって思いました。そして考えているうちにふと気がついたんです。あれは逃走ではなく、誘導だったんじゃないかって」
表情は変えない。ポーカーフェイスは得意だった。ただ、昔に劇場で見た推理ものの演劇で、犯人が探偵に追い詰められて額から汗を流し狼狽えて自白する場面を思い出して、役者の演技力の高さを今更ながらに痛感した。
「そう考えると腑に落ちるんですよね。途中で立ち止まってなにかを探すような素振りをしていたのも誘導したい場所、または、相手との位置や距離を測りながら移動していたと考えれば納得できますし、本来の目的を無視した行動の理由にもなります。ただ、誘導自体は元々計画されていたのではなく、突発的な行動だったと思います」
ミーシャの予想はあたっていた。適当なタイミングで逃げるのを止めようとしていた私は、突然魔人の強い視線を感じた。注意深く気配を探ると、視線は私にではなく後方から必死に追いかけてくるミーシャに向けられたものだということに気がついた。
魔人が特定の人物に興味を示すというのは滅多にないことだった。そして、その興味の対象であるミーシャは私を追いかけている。
うまくやれば利用できるかもしれない。そんな考えが頭に浮かび、行動を起こすまでに時間はかからなかった。
「その後、あたしは何者かに襲われて大怪我をしてしまいます。あのとき貴方は熊かなにかにやられたんじゃないかって言ったじゃないですか。でも、それはあり得ないんですよ。熊って自分の所有物に強い執着を持つ生き物なんです。もし、あたしを食べる目的で襲ったんだとしたら、中途半端に痛めつけてそのまま放っておくことはしません。その場で食べきるか、どこかに隠すなりするはずです。熊以外なら狼がありますが、それも同じ理由で否定できます。だからずっと動物以外のなにかにやられたんだと思っていました」
「動物以外とは?」
「それがわからなかったんですよね。初めは可能性として貴方にやられたかもしれないって考えたんですが、それなら治療する意味はないし、トーラスさんと裏で繋がっていたということを考えるとあり得ない。かといって他に候補になるものなんて思いつかなかったから保留にしてたんです。でも、今はこう考えています。なにかしらの理由があった貴方はあたしを魔人と引き合わせたが、その場でアクシデントが発生してあたしは魔人に襲われて怪我をしてしまった。想定外のことに慌てた貴方は急いであたしを連れて拠点に戻り治療をして、魔人のことは一旦保留にし、トーラスさんの依頼を優先することにした」
心地よい春の風が早鐘を打ち始めた心臓をなだめてくれる。だが、それは一時しのぎにもならない慰めでしかない。
「今言ったことは全部状況証拠からの推測なので、確証があるわけじゃありません」
「嘘をつけ。確信しているくせに」
私が投げやりに言うと、ミーシャは「へへへ」と照れ笑いをして、こめかみを掻いた。
「そうですね。多少事実と違いはあるかもしれませんが、大きく外れてはいないと思ってます」
ミーシャは尻を浮かせて私に向き合うように座り直すと、真剣な眼差しで言った。
「どうして魔人と引き合わせようとしたのか理由を話してくれませんか?」
君は知る必要はないと突っぱねることはできた。しかし、そもそもこちらの世界を見せたのは私だ。中途半端に教えておいて、肝心なことを秘密にしておくというのはあまりにも意地の悪いやり方だし、不誠実だと思った。
それに今回の騒動の責任の一端は私にもある。であるのならば、ミーシャは知る権利がある。
「そうだな。私も少し話がしたい気分だったんだ」
私は煙管に新しい煙草の葉を詰めると火をつけて大きく煙を吸い込んだ。
◇◇◇
「ルグリの言い伝えでは、魔人は神の威を体現した天災と言われている。世の理から外れ、ただあるべきと定められているから存在し、《《ソレ》》の起こす全ての行いは善であり悪であり人は首を垂れることしかできない。これは昔のルグリの長が残した言葉だ。まあ簡単に言ってしまえば、人からすればよくわからない迷惑な奴ってとこか」
吐き出した紫煙が空中を漂い溶けていく。
「そんなよくわからない奴を追いかけてもう十五年。ここへきたのもアーレイで空を飛ぶ竜を見たなんて話を聞いたからだった。さっきの君の推測はあたっているよ。魔人が君に強い興味を示しているのに気がついて、利用することを思いついたんだ」
「魔人はどうしてあたしに興味を持ったんでしょうか」
「それがわかっていれば探すのに苦労しない」
私が自嘲気味に笑うと、ミーシャも同じように笑い返してきた。
「気が急いていたんだ。モデールにきてようやく魔人の尻尾を掴めそうだっていうのに、いつまで経っても見つからないことに焦りを感じていた。だから、君を危険な目に晒すかもしれないとわかっていたのに、気持ちを止められなかった。君に怪我をさせてしまったのは申しわけなく思っている。これだけはわかって欲しいんだけど、決して君の命を軽く見ていたわけじゃないんだ」
「まあそれは貴方の薬のおかげで傷跡も綺麗に治ってますし、そのときの記憶もないので気にしないでください」
「そんなに軽く言うなよ」
「すぎたことですし……それに気持ちはあたしも痛いほどわかるから」
「……そうか」
気持ちだけが先行して焦燥感に追い立てられる辛さをミーシャも知っている。
手が届きそうで届かない歯がゆさをミーシャは知っている。
だから、私の気持ちにも理解を寄せてくれる。
それはきっと生来彼女の持つ心の優しさなのだろう。二つの家族に愛されて育ってきたミーシャは、世間知らずなところを持ちつつも同じ痛みや苦しみを持つ者に対して寄り添うことができてしまう。
だから、キャスウェルに対しても全てを許すことはなくとも共感し、一定の歩み寄りをしてみせる。
これは誰にでもできることじゃない。
「どうして魔人にそこまでこだわるんですか」
「詳しくは話せない。だが──」
私は他人に秘密を話すことの危険性を身をもって知っている。だから、今までこのことを話したことはなかった。
それでも知っていてもらいたいと思ってしまったのは、ミーシャになら話してもいいと心のなかの誰かが背中を押してくれた気がしたから。
「救いたい人がいるんだ。その人はなんというか……今は遠くにいるんだが私はもう一度その人と会って伝えたいことがあって、そのためには魔人の人知を超えた力が必要……かもしれないんだ。だから、ずっと追い求めて旅をしている」
「それは大切な人?」
「ああ。君にとって家族がなによりも大切だと思うように、私にとってその人は……自分の命よりも大切な人だ」
声が震えないように下腹部に力を込めた。多分いつも通りだったと思うが、どうだろう。
ミーシャは「そうですか」と俯いてしまった。
「すまない。君を巻き込んでおいてこんな説明しかできなくて」
「烙核の海でラウルさんと離れて行動していたのも、それが理由ですか?」
「ああ。だが、なにも収穫はなかったよ。どうやら私は魔人のことをよく知っていると思いあがっていたようだ。まだまだ勉強不足らしい」
卑下するような言い方でもしないと、あのときの無力さと自分の馬鹿さ加減を思い出してどうにかなってしまいそうだった。
「優しいんですね」
「は?」
「だって、十五年も探し求めたチャンスだったんでしょう? あたしたちのことなんて放っておけばよかったのに、それでも貴方は最後に助けにきてくれた。普通自分の望んだものがすぐ目の前にあるのに、他人のために諦めるなんてできませんよ」
そんな言葉を向けてくれるな。私のした行為はそんな高尚なものじゃない。
「今確信しました。貴方は悪い人じゃない」
ここまでお読みなってくださりありがとうございます。
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