六十話
ルグリと魔人 終章
60
ミーシャの肩に手が置かれる。顔をあげると、物憂げな顔がこちらを覗きこんでいた。
「キャスさん顔色悪いですよ」
「まあ……ね。改めて自分がどれだけ醜悪な存在だったのかを自覚しているところだよ」
「でも、父さんの記憶を見れたことはよかったと思います。自分の過去が知れたから」
「おや、意外と平気そうだね」
「え?」
「自分のせいで家族がばらばらになっちゃったんだとか言い出すと思ったんだけど」
確かに、その気持ちがないわけではなかった。ただ、そこを思い悩むのは両親の気持ちを踏みにじることになってしまう。
「言いたくないですよ、そんなこと」
グリフィスもクレアも諦める選択肢はあったはずだ。自然の摂理だからと抗うことをやめて、ミーシャを楽にしてやることだってできたはず。
そうしなかったのは、ひとえに生きてほしいと願ったからだ。
もし、ここで過去に囚われて延々と後悔をしてしまえば、行きつく先は自分なんて生まれてこなければよかったんだ、と全てを否定する結末しかない。
「あたしは父さんと母さんに後悔させたくないんです。過去の記憶を見て、二人の想いを知ることができた。だったら、その想いに報いたいんです。だって、それが二人の選択の先にある、あたし自身という結果の責任だと思うから」
二人の想いを背負って生きている自分を否定することだけは許されないし、したくはない。
「ミーシャちゃんは短期間でずいぶん成長したみたいだね」
「キャスさんのおかげでもありますよ」
「ははは。それは嫌味かな」
「嫌味じゃない意味を探してみればいいのでは?」
キャスウェルは降参だとばかりに肩をすくめた。
◇◇◇
「どうしてあたしの記憶と事実に違いがあったんでしょうか」
「……わからない。あのときのミーシャちゃんは意識が朦朧としていたからね。朧げに覚えていた記憶に、いつの間にか夢や思い込みを重ねて間違った記憶を生み出してしまったのかもしれない」
「そう、なのでしょうか」
「なんにせよ、見たことが事実だ。グリフィスはドランと契約を結び、結果として今のミーシャちゃんがいる。それがわかっただけでもよしとしよう」
漠然と納得のいかない気持ちはある。しかし、これ以上考えを巡らせてもそれは単なる想像でしかない。出口のない迷路のなかで迷っていても仕方がない。
「そういえば、ドラン様はあの後どうしたんでしょうか」
「ミーシャちゃんの烙を戻したあと、烙核の海からドランは戻ってこなかった。僕としては好都合だったから出入口を破壊し、新しく作り替えてそれっきりさ」
「後悔していますか」
「……未熟な精神からひどいことをしてしまった。謝りたい気持ちはある」
「それじゃあ、父さんを見つけた後に探しましょうよ」
「それは無理だよ。ここは広いからね。グリフィスのように体があるのならばともかく、なにもない状態で探すのは無謀すぎる。それに長期間この海に囚われていてドランが無事だとは思えない。もうとっくに肉体は滅び、烙核に変化してしまっているかもしれないし」
「でも──」
「僕らの目的はグリフィスの烙を探すことだ。今はそれに集中しよう」
「はい……」
本当は探しに行きたいんでしょう。
喉までせりあがってきた言葉を寸前のところで飲み込む。
記憶のなかで見たドラン様は、厳格でありつつも、どこか人間くさい優しさをもった人柄だったように思う。
なにがあって二人は拗れてしまったのだろう。
「……いた」
短く感情のない声がした。
「グリフィスを見つけたぞ」
キャスウェルが前方を指差す。記憶の再生が終わり、黒で塗りつぶされた空間の先に、灰色に光る一本の木が生えていた。
ミーシャの背丈よりも高く、近づいて見ると丁度グリフィスの背丈と同じほどの高さだ。
灰色の木の枝先に葉は見られず、一見すると枯れ木のような印象を受ける。
「これがグリフィスの烙だ」
キャスウェルがそっと木に手を添える。同じように、と視線で訴えててくるキャスウェルに倣って、ミーシャも軽く手を添えた。
「こんなにすぐそばにいるのに、ずっと一人ぼっち……」
ミーシャはグリフィスの烙を目の当たりにして、キャスウェルの虚しいという言葉の意味がわかるような気がした。
確かに、この烙核の海は居心地がいい。誰にも傷つけられることはない。誰にも幸せを奪われることはない。
この場所は理想郷のように見える。でも、実際はそんなことはない。
いつまでも自分の殻に籠り続けて、記憶のなかの幸せにしがみついて。
そんなことを続けているから新たな物語が描かれることがない。
「早く体に戻してやろう」
キャスウェルが空いていたもう片方の手をミーシャに差し出す。頷き、しっかりと手を握る。
静電気のような鋭い刺激が走った。次いで木を通して、心地よい風が体を駆け抜けていく感覚があった。
「グリフィス・アシュ・イユシェストル」
キャスウェルの瞳に翠の光りが灯り、強く発光する。呼応するように灰色の木が金色に輝き始める。
瞼を抜ける閃光にミーシャは身をゆだねた。
◇◇◇
「全く俺を放って行くなんてどういう神経をしているんだ」
最初に出てくる言葉が他人への愚痴とは、この短期間で人は変わるものだ。
不安よりも不満が勝つ自分に苦笑してしまう。ひと月前では考えられない変化だ。
それもこれも全てはアーリィ・リアトリスのせいだ。彼女との出会ってしまってから、ラウルをとりまく全ての環境が変わってしまった。
しかし、それでも状況について行けず混乱することはない。かつて経験した戦場で、急転直下する状況への対処方を学んでいた。
通常の精神力では生死の入り乱れる戦場では遅かれ早かれ狂ってしまう。
生き残るためには、どのような状況に陥った場合でも平常心を保ちつつ、理性的に判断を下せる強さを培っていかなければならない。それでいて、ときにはあえて理性を無視する心も持たねばならない。
それに気がつくまでにずいぶん時間がかかったが、身につけることができたからこそ夜空を彩る星々に囲まれて、不思議なことに宙を浮いてあてもなく彷徨い続けている状況も受け入れられる。
とはいえ、とラウルは広大な星の海を前に辟易とする。
一体なにから手をつければいいのやら。自身の持つ知識はこの場所では役に立ちそうにない。頼りの綱のアーリィも行方不明。
「全く……俺を放ってどこかへ行くなんてどういう神経をしているんだ」
ついさっき口にした文句をまた繰り返す。もう何順も、この流れを繰り返しているのだ。
いなくなる前にせめて目指す方向くらい教えてくれてもいいだろうに。
「おーいミーシャ、どこにいるんだー。聞こえていたら返事をしてくれー」
とりあえず前方に向かって出せうる限りの大声でミーシャの名を呼ぶ。そして、やはり返答がないことに落胆の溜息をつくのだった。
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