五十二話
52
「あたしが死ぬって、どういう意味」
ベッドの縁に二人で腰かけて、薄暗い室内で交わされる言葉は甘い気配など微塵も含まれていない。
「僕らがモデールの森で暮らせるようになったきっかけの話は知っているだろ?」
「うん。ドラン様に許しをもらってっていう話のこと?」
「そう。あの話に出てくる男の人がその後どうなったかは知ってる?」
サーシャは少し視線を彷徨わせてから首を横に振る。
「そうだよね。僕も村の老中にしつこく聞いたことがあるけど、詳しく知っている人はいなかった。僕はこれまで適当に作った話だから、結末が曖昧になっているんだとばかり思っていたんだ。でも、それは間違いだった」
フードの彼女が教えてくれた秘密は、僕にとって腑に落ちるものだった。
「僕たちの生活は、その男の一族の犠牲のうえに成り立っている」
サーシャの瞼が一瞬痙攣を起こした。
「本当は老中たちは知っていたんだよ。知っていて、それが村にとって都合が悪くて、隠しておきたいことだったからあえて誰にも教えなかった。いや、もしかしたら他の人は全部知っていたのかもしれない。知らなかったのはサーシャと僕だけだったのかも」
「どうしてあたしとキャスだけが」
「あの昔話に出てくる男の人は実際に生贄になっていて、その一族の末裔がサーシャだからだよ。僕が知らなかったのは、下手に教えてミーシャに密告するのを恐れたからだと思う」
「あたしが末裔……」
サーシャは視線を落としたまま呟く。
「あの昔話の本当の結末は、男の魂を生贄にすることでドランにモデールの住人として迎え入れられて終わるんだ。ただ、先祖たちはドランに断りもなく食料にするために動物たちを殺している罪があった。その償いのために、その後も定期的にドランに認められた男の一族から人柱を立てることにしたんだ。そのおかげで村は飢饉や疫病に悩まされることもなく、質素だけど不自由のない生活を送ってこられた」
「冗談じゃないんだよね……?」
「いくら僕でもこんなときに嘘は言わないよ」
「そう、だよね。ごめん」
サーシャは両手で顔を覆って俯く。
「ごめん。一度に話しすぎたかな。ちょっと休もうか?」
「ちょっと頭が混乱しちゃって。でも、大丈夫」
顔をあげてこちらを向いたサーシャの顔には普段見せる可愛らしい笑みはなく、これから先に待つ悲劇に怯え歪んでいた。
やはり今日は一度切りあげて、明日改めて話した方がいいかもしれない。
僕がそう思った瞬間、サーシャの冷たい手が僕の手を強く掴んだ。
サーシャは凍えたように震えていた。
「お願い」
声が震えていなかったのは、精一杯の強がりだろう。
「わかった」
であるのならば答えたい。サーシャが恐怖と戦うと決めたのならその隣で支えてあげるのが僕の役目だ。
「僕らの村は妖精ドランの加護の元に永遠に守られるはずだった。でも、ある問題がきっかけで僕らはドランから見限られてしまう」
「どういうこと?」
「誰なのかはわからない。ただ、自分の魂がドランに捧げられることを拒絶した人がいた。そのせいで僕らの村へ与えられていた加護は徐々に力を弱めていった」
「じゃあ少し前から作物の実りが悪くなってきたのも、ドラン様の加護が薄れていたから?」
「そう。結果的に、人も土も弱くなっていった」
「それを元に戻す方法は?」
「末裔であるサーシャを人柱にすることだ」
「そっか……」
「これは僕の憶測だけど、今年の冬は去年よりももっと食料事情が厳しくなるはずだ。村長としてはそうなる前になんとしても加護をとり戻したいはず。だから、もし行動を起こすとしたら、遅くても夏が始まる前ごろになると思う」
「一つ聞いていい?」
「なに?」
「キャスはその話をどうやって知ったの?」
「こういったことに詳しい人に教えてもらったんだ」
「その人は女の人?」
「そう、だけど……」
「そう」
僕の返答にどこか遠くを見るような視線を向けて、それからゆっくりと瞼を閉じた。
「その女の人が嘘をついていたとしたら?」
「僕は……彼女を信じるに足る人だと思っている。もし嘘をつかれていたとしても、あの村はもうあまり先はないと思うんだ。このままあの村にいたら、待っているのは飢えで死ぬか、病に罹って死ぬかのどちらかだと思う。僕はそんな未来は嫌だ。僕はサーシャといつまでも笑ってすごしていたい」
サーシャが心配してしまう気持ちは十分理解できる。ただ、それは杞憂だと言い切れると確信していた。
ウェードル・ラ・バルシュテリア家の紋章で封をされた証書と路銀がその証拠だ。
「キャスの考えも気持ちも十分伝わったよ。あたしのことを考えてくれてありがとう」
そう微笑むサーシャの顔はいくらか引きつっているようにも見えた。でも、それも仕方のないことだと思う。サーシャにとってこの事実はあまりにも重いものだから。
初めから一度に全てを受け入れてもらうつもりはない。少しずつ一緒に歩んでいければ、それで構わない。
「はー! なんか一気に疲れが出てきた。今日はもう休みましょ」
重い話で丸まってしまった背を伸ばしながら、サーシャはわざとらしく明るい声で言った。
から元気だというのは明らかだった。でも、そうでもしないと気持ちの整理がつかないのだろう。
だから、僕もサーシャに調子を合わせて返す。
「そうだね。だいぶ酒も飲んじゃったし、明日に備えてもう寝ようか」
一つ荷がおりたという感覚があった。
僕らのための未来への旅で一番の関門になると思っていたのが、如何にサーシャを傷つけずに真実を話すことかだったから。
僕は眠りにつく前に隣のベッドで眠るサーシャの横顔を眺める。
綺麗な寝顔に僕は改めて誓う。
「僕が必ず守り抜いてみせるから。……愛してる」
返事はなかった。
翌朝目が覚めると、隣にサーシャはいなかった。
昨日のことで気持ちを整理する時間が欲しかったのかもしれない。そう考えた僕は、あえて探しに行くことはせずに窓から差し込む朝日を浴びながら、これからの未来を空に描いて時間を潰していた。
おかしいと思ったのは、市場に活気が出てきてからだった。
いつまでも帰ってこないことに不安を感じた僕は、宿屋の主人にサーシャを知らないかと尋ねた。
主人は知らないと返してきたが、馬番の小僧を呼びだして心当たりがないか聞いてくれた。
馬番の小僧いわく、夜も更けてしばらくしたころ、誰かが出て行く音を聞いたらしい。
顔は見なかったが急いでいる様子だったそうだ。
語られた事実に、僕は全身の血が引いていく音を聞いた。
僕は部屋に戻って待ち続けた。なにかの間違いだ。サーシャが僕を裏切るはずがない。
僕のそんな懇願のような思いも、窓から見える空が茜色に染まるころには無残に打ち砕かれた。
その日から今日まで、僕はサーシャと再会していない。
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