二十一話
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「それじゃ一応確認するよ。ミーシャちゃんの願いは、お父様を見つけ出すこと。間違いないね?」
「はい」
「よろしい。それでは、契約の儀を行う」
キャスウェルが手を打ち鳴らす。まるで貴族が使用人を呼ぶような仕草だった。
この家に他に誰かいるのだろうか。不思議に思っていると、玄関の突き当りの螺旋階段から一歩ずつゆっくりと階段をくだる足音がした。
ゴツと硬い音と軋む床の音がミーシャたちのいる部屋に近づいてくる。音が一つ近づいてくる度に、何故だか体の芯がざわつく。
「なしてるんだ?」
「あ、いえ。ちょっと怖くて」
気がつくと隣のアーリィの服の裾を掴んでいた。
「人を呼んだだけだろう。どこに怖がる要素があるんだ」
「だって……あの、そっちいってもいいですか」
「は?」
「できれば膝のうえが──」
「却下だ」
食い気味で拒絶されてしまった。キャスウェルに視線を送ろうとして、これには理性が「NO」と警告を出した。男性の膝のうえに乗れるわけがない。いや、膝ではなくともそばに寄るという行為自体がダメだ。想像しただけで顔が熱くなる。
「馬鹿なこと考えてないで大人しくしていろ。これじゃ仲介した私が恥ずかしい」
「だって……」
「お呼びですか、主様」
くぐもった声と共に現れたのは黒いローブを纏い、顔を全て隠す仮面を被った大柄の男性だった。
「ああ、グリフィス。こちらはアーリィ・リアトリス殿とのミーシャさん。僕を訪ねてくれたお客様だよ」
「それはそれは。ようこそいらっしゃいました」
グリフィスと呼ばれた男性はうやうやしく首を垂れる。
「このような仮面をつけたままご挨拶申しあげる無礼をお許しください」
「構わない。こちらこそいきなりきて申し訳ないね」
「アーリィ・リアトリス様とそのお連れ様でしたら、いつでも歓迎いたします」
改めて深く頭をさげるグリフィスに、アーリィは居間住まいを正して答えた。
キャスウェルに促されグリフィスが、若干足を引きずりながら入ってきた。もう一脚空いている椅子には座らずにキャスウェルの背後に控えるように立つ。
「座りなよ」
「いえ。ここで構いません」
辞退したグリフィスに向かって唇をすぼめて拗ねたような素振りをするキャスウェルはまるで子供のようだったが、咳払いをしてすぐに表情を引き締めた。
「紹介します。彼はグリフィス。僕の工房で従士として仕事のお手伝いや身の回りの世話をしてくれています。僕にとって……大切な家族です」
家族という響きに胸の中心がきゅっと切なくなった。アーリィに聞いた話だと、恐らくアシュマンに血縁というものはないはず。それでもキャスウェルがグリフィスを家族だと紹介する意味を考えると、そこに嫉妬してしまう。
「早速で悪いんだけどグリフィス、これから儀式を行う。君には彫金の準備を頼みたい」
儀式という響きに、グリフィスが仮面越しに息を呑むのがわかった。
「承知しました」
「君にとっては始めての作業になるわけだけど、今の君の技術ならば問題なくこなせるだろう」
「信頼に応えられるよう誠心誠意努めさせていただきます」
「うん。それでは始めよう」
その宣言が場の空気を一変させる。
「まずは金貨にミーシャちゃんの意思を伝えることから始めよう。ミーシャちゃん、金貨をこうやって包み込んで」
キャスウェルは木箱から金貨をとり出すとミーシャに渡した。そして、胸の前で左の手のひらをうえに向け、そのうえから右の手を被せるように促す。
「こうですか?」
言われた通りに金貨を包み込むようにすると、トクトクと小鳥の心臓のような鼓動が伝わってきた。
「それでいい。次にミーシャちゃんの願いを金貨に伝えるんだ。口に出さないで、心のなかで念じるように」
頷いて、目を閉じて集中する。手のひらに伝わってくる鼓動を感じながら言葉を一つずつ書き出すようにイメージしていく。
(あたしの願いは父さんとまた暮らしたい。貧乏でもいい。家族三人でまた暮らしたいです)
金貨の鼓動が一段と強くなった。手のなかがじんわりと暖かくなっていき、存在感を増していく。
「よろしい。ではグリフィス、あれを出してくれるかな」
グリフィスは頷くと、懐から小さな筒を取り出した。蓋を開けるとなかから一本の筆と紙のような薄さのナイフを取り出す。
「次にミーシャちゃんの血を少しだけ貰う」
「血ですか……?」
「うん。契約には契約者同士の血が必要になるんだ。血というのは個を形成する情報を多分に含んでいるからね」
「そういえば、本で出てくる魔法使いも血を使って契約をしたりしますね」
「僕はその辺のことはよく知らないんだけど、まあそういうものだと思ってくれればいいかな」
「でも、血を摂ってどうするんですか?」
「僕とミーシャちゃんの血を混ぜて金貨に絵を描くんだ」
「絵、ですか」
「そう。まあ描くと言うと語弊があるか。この金貨に混ざった血液を垂らすと、願いを叶えて貰う人間の心理面を浮かびあがらせるんだ。願いを思い浮かべる瞬間にある、心の風景とでも言えばいいかな。その心を金貨が感じとって表面に絵にする。そして、できあがった絵を元に金貨の表面を彫金師が掘るんだ。そうするとミーシャちゃんの知る妖精の金貨に限りなく近づく」
垂らした血液が自分の心の内を描いていく様を想像して、思わず身震いしてしまう。
「指をナイフで少しだけ切らせて。大丈夫。本当に少しだから」
ミーシャは逡巡してから、ゆっくりと右手をキャスウェルに差し出す。
「ありがとう。ごめんね」
薄いナイフの刃がほんの少しだけ触れる程度に人差し指に当てられ、そっと横に引かれる。痺れるような痛みと共に、赤い宝石のような血の玉が染み出てきた。
「次は僕だね」
キャスウェルも同じようにナイフで指先に切り傷を作る。出てくる血液の色は人間と同じ色だった。
「次に血を金貨に垂らして」
先にキャスウェルが一滴、続いてミーシャが一滴。二人分の血液が混じった雫が金貨のうえで蝋燭の明かりを受けながら交わり、蠱惑的な光を放つ。
「グリフィス。後は頼むよ」
「謹んでお受けいたします」
グリフィスは金貨の入った木箱を手に取り仰々しく掲げながら数歩後ずさりしたのち、そのまま部屋を後にした。
あたしは指の切り傷を見つめながら、今見た儀式(?)を反芻する。
「なんだか拍子抜けしたといった感じだね」
「えっと……はい」
「思っていたものと違った?」
「本に描かれる物語では陣の中心から魔物が出てきたり、呪文を唱えると稲妻が走って大地が揺れたりするじゃないですか。ちょっと憧れというか、そういうのを期待していたんですけど」
「ガキか。現実にそんなこと起きるわけないだろう。そういうお年頃か?」
「ち、違いますよ!」
否定はしたものの、アーリィは意地の悪いにやけ顔を浮かべている。顔に羞恥の熱が集まっていくのがわかる。
「だってしょうがないでしょ。ルグリとかアシュマンとか、お伽噺みたいなことが現実に起こったら少しぐらい期待したって……」
「それにしたって君の妄想はあまりにも子供じみていると思うけどな」
「もういいでしょ!」
これ以上未熟な精神面をからかわれては羞恥が爆発してしまいそうで、ミーシャは声を張りあげて強制的に話を打ち切った。そんな様子をアーリィはにやにやと口元を歪めて眺めている。
「ミーシャちゃんの言うようなものもないわけじゃないけど、今回は残念ながら期待に沿えそうにないかな。でも、派手さはないけど効果は折り紙つきだよ。安心してくれていい」
「別に疑っていたとかじゃないんです」
「ならよかった」
色々あったがとりあえずこれで一仕事終えたわけだ。これからのことを思うと浮足立つ心を抑えられそうにないが、まずは一息つきたい。
ミーシャはカップに残った紅茶を煽って深いため息を息が続かなくなるまで吐き出した。
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