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ルグリと魔人  作者: 雨山木一
第三章
12/71

十二話

 12


 木漏れ日が差し込む泉は流れてきた小川が窪んだ大地に溜まってできたもので、どちらかというと池という表現が正しいかもしれない。

 全体的に水深が浅く、中心部まで入って行ったとしてもミーシャの腿辺りまでしかないだろう。水底は泥が堆積しており、時折泥を巻きあげて泳いでいる小魚を見ることができる。少し離れた場所には腰掛けに丁度良さそうな石が三つ並んで埋まっている。

 なにか特別な場所というわけではなさそうだが、条件には合う。

 ここがアーリィの言う虹が現れる場所なのだろうか。


「ここが目的地か」


「はい。特区Ⅰで虹の条件に合いそうなのはここだけです」


 アーリィは近くにあった朽ちた切り株にトランクを置き鍵を開けると、なかから羽ペンと一枚の紙をとり出した。


「なにするんですか?」


「ここの適正検査を行う」


 そう言うと、インクをつけずに紙に羽ペンを走らせた。当然なにを書いているのかは、インクがないのでわからない。ただ、文字を書いているというよりは絵を描いているように見えた。

 ミーシャは隣でその様子を見守る。


「これは、この土地のアシュマンの強度を調べるものだ」


「強度?」


「さっき話したが、虹が出現するにはある程度の条件が揃っていなければならない。シラカバと泉と立石だ。だけどそれが揃っていればどこでも虹が出現するのかというとそうでもない。そこに虹を作れるだけの純度の高い強い力を持ったアシュマンの痕跡がなければならない」


「そう言えば力の強いアシュマンが、とか言っていましたね」


「ああ。昨日見せたアシュマンたちは、力という点で見れば弱い部類に入る。詳しい説明はここでは省くけど、簡単に言えば存在力とでも言えば想像しやすいかな。モデールに古くからいて、何十年、何百年と存在しているアシュマンは自身の内部に自然と力を蓄積させていく。そのため込んだ力が大きければ大きいほど、存在力が増して知性を持つ。昨日人型のアシュマンがいただろう? 彼の言葉がわからなかったのは、人の言葉を話せるだけの知性を獲得していなかったからだ」


「え、じゃあその力が強ければあたしでも話すことはできるんですか?」


「ルグリを介すれば話すことは可能だ。昨晩の人型はアシュマン独自の言語しか話せなったから君には理解できなかったわけだ」


「理解できなかったというか、そもそもなにも聞こえなかったですけど」


「ああ。ルグリでない人間にはアシュマンの言語は聞こえない。いや、実際は耳まで届いてはいるはずだけど、言葉として認識できないから脳が聞こえないと判断しているんだ」


 昨晩、最後に人型のアシュマンが肩に触れたときのことを思い出す。ミーシャにはそれが焚火の音に聞こえただけだったが、もしかしたらあれがアシュマンの言語だったのだろうか。

 話が途切れたタイミングでアーリィが手を止めた。どうやら完成したようだ。とはいっても、紙は白紙でなにを書いたのかは皆目見当もつかない。


「それどうするんです?」


「こうするんだ」


 アーリィは立ちあがり、そのまま水辺まで歩いて行った。そして、小さく「ダングオス」と呟き、紙を泉に落とした。

 ひらひらと舞う紙が水面に触れて波紋が広がる。紙はしばらく水面に浮いていたが、風に吹かれると少しずつ水が沁み込み始めて、やがて沈んでいった。


「ダメか……」


「なにが起こったんですか?」


「この紙には特別な油が染み込ませてあって、この羽ペンは特定のアシュマンとの筆談や交渉にルグリが作り出したものなんだ。この紙に羽ペンで決まった模様を描いて水面に浮かべると、条件を満たしていればアシュマンの痕跡に反応して回転し始める」


 アーリィは沈んだ紙を回収して溜息をついた。


「でも、ここはダメ見たいだ。アシュマンの痕跡が薄い。これじゃ虹は現れない」


 アーリィが勿体ないと紙を水中から回収する姿を見て、ふとラウルのことを思い出した。

 監督署では年に数回棚卸をすることがある。現場で使う装備品は全て税金で賄われているため、徹底した管理がされているが、虫が湧いて穴を開けてしまっていたり、扱いが悪く修繕が必要な場合や、破棄しなければならないものも出てくる。

 その度に勿体ないと眉を怒らせるラウルの姿と、今のアーリィの姿が重なって可笑しくなってしまった。


「なに笑っているんだ」


「いや、ちょっとラウルさんと重なって」


「ラウルってのは……あの一緒にいた山男みたいな人?」


「山男って。まあ間違ってないですけど。そうです。ラウルさんも備品がダメになったりすると勿体ないとぼやいてたなって」


「彼は君とはどんな関係なんだ?」


「え?」


「いや、変な意味じゃない。ただ、仕事上の関係というには、少し君に対して過保護な部分があると思ってね。小川で私を見つけてから、基本的に危険な役割は彼が担っていただろう。安全と確実性を考えるならば、二人で同時に攻める方がいいはずだ。でも、彼はそうはしなかった。仕事よりも君の安全を優先したんだ。だから、君たちの関係が少し気になってね」


 指摘され、頭の奥が熱くなった。

 アーリィの目から見ても、やはりあのときの対応の仕方はおかしいと映っている。


「実はラウルさんはあたしの父さんの部下だったんですよ」


「ほう」


 アーリィは興味を含んだ瞳を向ける。


「父さんはモデール森林公園の署長兼班長として長い間働いていました。当時ラウルさんは父さんの右腕的な立ち位置で、入職したてのトーラスさんの教育係を務めていたんです」


「トーラス?」


「貴方が顎に一撃入れた男の人です」


 アーリィの視線が宙を彷徨い、すぐに該当する人物に思い当たったようだ。

 ああ、と冷笑を浮かべた。


「そんな過去があるので、特にラウルさんは貴方も言っていましたけど過保護な面があるんです。現場は危険だからと、半年近く研修以外で現場に入ることはできませんでしたし、なんとか説得して現場で働けるようになってからも比較的危険が少ない場所での仕事を任されるだけでした。あたしはそれが嫌なんですけど、ラウルさんも善意でしてくれていることなのであまり強く言えなくて」


「なるほどね。まあ、多少は仕方がないんじゃないか。やっぱり恩人の子供ということになれば贔屓してしまうのも理解はできる」


「それが嫌なんですよ。だって本当なら自分の仕事だったはずものを、他の人が代わりにやってくれているわけなんですから。それじゃあ周りの人に悪いし、あたしが成長できないじゃないですか。今は自分ができる仕事の範囲が強制的に制限された状態なんです。これじゃいつまで経っても一人前になんてなれないですよ」


 これはミーシャの本心だった。森林保護官になって今年で二年目。周りの職員から比べればまだまだ半人前。ようやく森林保護官としての生活にも慣れて、現場での仕事内容もいくらか頭に入ってきたという段階だ。


 ミーシャとしては、始めから先輩職員のしたについて仕事を覚え、現場に出たいという思いがあった。しかし、入職して研修が終わると、何故かラウルの秘書のような役職を与えられたのだ。それからの半年間はほとんど現場に出ることなく、日がな一日書類仕事に追われる毎日。


 仕事に優劣をつけるつもりはないが、ミーシャとしては今の仕事に不満を持っていた。このままでは一向に父の痕跡を探すことなどできはしない。一度ラウルに交渉してもっと現場に出てみたいと上申してみたこともあったが、さんざん渋りに渋られようやく認められたのがほんの三か月前だ。


 遅れをとり戻すために知識に不安があれば署内にある記録や資料を読み漁り、体力が不足していると思えば基礎訓練に時間を費やし、不審者や犯罪者へ対抗するために銃の扱いや格闘訓練などを率先して行ってきた。


 少しずつ前に進んでいる。できることが少しでも増えるとそれが嬉しくて仕方がなかった。だが、その様子を見ていたラウルは難しい顔をして、無理をするなとか、焦るなと気を削ぐようなことを言われることが多かった。


 それが気遣いから出た言葉だと理解できないほど子供ではなかったが、ミーシャは周りに迷惑をかけているという思いが強く、ラウルの言葉をそのまま好意として素直に受けとることはできなかった。

 仕事で先輩職員から注意を受けたり、叱責されたりしたことはない。しかし、それも気を使われているからという思いが常にあり、余計にミーシャを焦らせていた。


「一人前ね……」


 ミーシャのこぼした愚痴にアーリィは含みを持った言い方で返した。


「貴方だってそうでしょう? ルグリとして生きてきて、初めからなんでもできたわけじゃなかったはずです。誰かに教わったり、自分で勉強して今の貴方ができあがった。あたしだって同じです。いつまでも半人前じゃいられない」


「君の意気込みは立派だよ。仕事に前向きな人間は貴重だ。しかし、物事には順序というものがある。それは人によっても違うし、場所や環境によっても大きく変わる。だが、最初の一歩というのは誰でも案外変わらないものだよ。君はまだ自分が半人前だという自覚がある。今はそれだけでも十分だと私は思う。上司も周りの先輩たちも君が頑張っているのは十分わかってくれているはずだ。だから仕事を親身になって教えてくれたり、サポートをしてくれるんだと思う。成長を急ぐ必要はない」


「でも、あたしにはのんびりしている時間はないんです」


「無理をして心の声を無視していると、それはいつか綻びを生んでしまう。なんとかしようと繕ってみてもそれは無意味だ。そもそもの生地が傷みきってしまっているからね。そうなると人間はどうなると思う? 壊れてしまうんだ。心も体も。一度でも壊れれば修復は難しい。補修はできても元通りにすることはとても困難だ。そのライフルのようにね」


 アーリィが指さした先には、杖代わりにしているライフルがあった。始めて支給された武器。前使用者が丁寧に扱っていたおかげで、年数が経っているのにも拘わらず、未だに光沢を放っていたライフル。


 今はそのかつての輝きを見ることは叶わない。銃身が曲がり、傷だらけで泥まみれ。これを修復することは可能なのか。いや無理だろう。性能的にもコスト的にも新調した方がよいという決断をくだされるに違いない。物だから入れ替えればいい。思い出や愛着は捨て、性能とコストを重視する。


 命のない物だからそう判断できる。

 しかし。

 人間はそういうわけにもいかない。壊れたら殺せばいい。壊れたらどこかのゴミ捨て場に捨てればいいとはならない。


「人間は肉体も心も脆く繊細だ。もしかしたら補修すら叶わないかもしれない。君の上司はそうなって欲しくないんじゃないかな。彼から見て、今の君はその危うさを秘めている様に見えるのかもしれない。君よりも遥かに人生経験を積んでいるんだ。だから、どうしても目かけてしまうし、小言の一つも言ってしまいたくなるのかもしれない。それをうざったく思う気持ちも理解できる。だが、君を想ってくれている人が周りにいるんだということは忘れないであげてくれ」


「貴方の目には、あたしは焦って周りが見えていないように映りますか?」


「私は君のことをほとんど知らないからね。どうとも言えないよ。だけど、君を想う人の気持ちを少しだけ想像することぐらいならできないこともない。一度立ち止まって、深呼吸をするのも成長には必要なことさ。さて、話しはこの辺にしてそろそろ昼食にしようか」


 アーリィはそう言うと泉から離れて準備にとりかかった。ミーシャはその後ろ姿を見送りながら、今言われたことを反芻(はんすう)する。

 立ち止まって深呼吸。そんなことをしても、現状は変わらないじゃないか。

 立ちはだかる困難は打ち破るしかない。打ち破るためにはただ突き進むしかない。

 あたしは、そのやり方しか知らないんだ。


ここまでお読みなってくださりありがとうございます。

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カクヨム、アルファポリスにも同作を投稿しております。

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