出陣
「馬のほうが早くないかい?」
「貴族というのは馬車に乗って護衛されるものですので、諦めてください」
車内と馭者席で交わされる会話は貴族らしくないが、会話をしている二人は至って真面目な態度である。
サギリが主張するように貴族という種族は見栄が大半で、守護される存在であることを主張することを意義としている節は碓かにあった。けれど青年が主張するように馬単騎で移動するほうが速さとしては勝るのも事実である。
けれど、二人しかいない彼らがそのような不毛な言い争いをすること自体が間違いであり、しかし彼らはその事実に気がついていなかった。
「ところでサギリ、何処へ向かっているのかな?」
馭者を任せたサギリが領地から出ようともせず馬車を走らせていることに青年が問えば「さぁ、目的地ですかね?」とサギリは答える。
「領地から出なければ招待されたことにはならないと言っただろう」
「そこは危険な目に合わせたくないっていう忠誠心汲み取ってもらえませんかねぇ?!」
淡々と諭す青年に声を荒げるサギリだが、それでも青年に命令だと告げられてしまえば逆らえず、泣く泣く領地を出奔することになった。
境界線を越えた辺りからひしひしと馬車を狙う殺気を感じるが、青年が「まだ引きつけておいてくれ」と頼むためサギリは攻撃を受け流せる最低限の見極めをしなければならず、手綱を引く手は汗を握っている。
二人とも武術の心得はあるものの、やはり主君である青年を餌に敵を引き寄せることに反対で、けれどそうでもしなければこの主君は領地に籠りきりになるのは目に見えていた。
(……病弱という点さえなければ、このかたはかなり強者だというのにッ!!……)
怒りに満ちたサギリの内心など知らず「まだ、まだだよ」と青年が指示を出す。主君の命令に逆らうことはせず馬車を走らせ、追ってくる者たちの狙いを馬車一つに定めさせるよう煽った。
幾つかに散っていた殺意が固まり、やがて馬車に狙いを定めていく気配にサギリは口許を緩ませる。
「殺気はしまっておいておくれよ、サギリ」
色々と面倒だからねと苦笑する声が聞こえたが、サギリは聞かなかった振りをした。




