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二十七歳の誕生日おめでとう。そろそろポックリ逝きたい

作者: Rj

 二十七歳の誕生日。


 私の誕生日をおぼえてる律儀な友達からメッセージが届いている。その中に新入社員のときに私の教育係だった先輩からのものもある。


 先輩は毎年誕生日にお祝いランチをと誘ってくれたが、「誕生日なんて別にめでたくないので祝わなくても大丈夫です」と可愛げのない返事で断った。


「うちの母みたいなこといわないでよ」と先輩がなげくのが誕生日恒例のやりとりになっていた。


 先輩のお母さんは年寄りだと突きつけられる誕生日なんかどうでもいいという人らしい。私も、もう少し年を取ったらそのように言い訳しよう。


 先輩が春に実家のある県へ異動してしまったので、今年はメッセージのみですみ平和だ。


 そして去年の誕生日に告ってきた同じ部署の後輩、パグくんは長期出張中で他県にいる。


 後輩のパグくんは一年後輩だが院卒で私より年上だ。パグ犬のような愛嬌のある顔で、周りからパグくんと呼ばれ可愛いがられている。


 去年の誕生日の朝、席につこうとしているとパグくんからお気に入りのコーヒーショップの紙コップをわたされ、「おはようございます。誕生日おめでとうございます。おごりです」といわれた。


 こういう気づかいをするので周りから好かれるんだろうが、はっきりいって放っておいてほしい。そういう愛想は他の人にふりまいていればいい。


 礼儀として「ありがとう」はいったが、コーヒーの気分でなかったのでため息がでそうだった。


 そばにいた上司が「誕生日か。それは祝わないとな」と面倒なことを言いだし悪態をつきたくなった。


 上司からランチでも食べに行くかといわれ、ていねいに断ると「相変わらず可愛げないなあ」とぽそりといわれた。


 上司とのやりとりを聞いていた人からも誕生日おめでとうといわれ居心地が悪かった。すべてパグくんのせいでむかついた。


 しかし今年は静かな一日を送れそうだ。


 自分の席につき、いつも通り仕事をする。


 今年は誰からも誕生日のことをいわれずホッとする。


 去年の誕生日は親友が結婚し夫の転勤で遠くにいってしまった直後で、寂しさのあまり私に好意をみせていたパグくんに隙をみせてしまった。ずっと告らせないよう塩対応してたのに。


「先輩、仕事帰りに一杯やりませんか?」


 去年はパグくんのその誘いにのってしまった。


 パグくんは非モテ女をいじるのが好きなのか私のことをよく誘った。それまで一度も誘いにのったことはなかったが、暑い日だったこともあり冷たいビールが飲みたいとうなずいてしまった。


「今日は先輩の誕生日なのでおごります」


「そういうことするなら帰る。自分の分は自分で払うなら一緒に飲むよ」


 一瞬パグくんはおどろいた顔をしたが、うれしそうにパグくんが院生時代から通ってるというイギリス風のパブに連れていかれた。


 パブの常連らしいイギリス人と英語ではなしているパグくんをみて親友のことを思い出した。帰国子女の親友は大学のときに留学生とよく英語ではなしていた。


 就職してから親友とルームメイトとして一緒に住んでいた。彼女が結婚して夫の転勤先についていったので一人暮らしになっただけでなく、親友が遠くにいってしまったことがとても寂しかった。


「誕生日に僕の誘いにのってるということは彼氏いないんですよね?」


「それってセクハラ発言なの知ってるよね?」


「職場ではそうでしょうけど、くどきたいと思ってる好きな女性に聞くのは普通では?」


 ミスった。


 これまで気をつけてたのに寂しさでついフラフラしてしまった。


「社内恋愛のような面倒なことしたくない。となりの課で社内恋愛してた女性側の浮気で修羅場になったの覚えてるよね?」


「でも人を好きになるのって、そばにいて好ましいと思うことが多くなるからですよね? そばにいる人を好きになっちゃいけないって変ですよ」


 パグくんのこういうところがきらいだ。自分の気持ちに素直なところが。


「言いたいことは分かるけど、わたし面倒なこときらいだし、このままが一番。この話はこれでおわり」


 しょんぼりするとパグくんは、よけいにパグ犬のように見えるので思わず笑ってしまった。


「いまパグ犬だあ、なでたいとか思ったでしょう?」


 本当にこういうところがきらいだ。


「院の研修で一ヶ月イギリスにいったんですが、向こうでお世話になった教授が飼ってたのがパグで、『君を見てるとうちの犬を思い出す』って酔った時に頭をわしゃわしゃされましたよ」


 早く家に帰ろう。この男のペースにはまらないうちに。


 パグくんに告られすっかり会社に行くのが気まずくなった。社内で無愛想な非モテ女としてのポジションを確保したので、これで面倒はないと油断してた。


 福利厚生がよく女性が長く勤められる会社として大学の時からねらっていたので、こんなことで居心地悪くさせられるのは許せない。


 勝手に思いを告げられ、なぜこっちが嫌な思いをしなければならないと腹立たしい。


 だから好きだの恋だのはいやだ。面倒なことしか引き起こさない。恋は人を狂わせる。だから友達や同僚で十分なのに。


 中学生の頃から恋愛に振り回されたくないので俗世をはなれ尼になりたかった。


 しかし集団行動が苦手で信仰心などこれっぽっちもない私に尼はムリだ。


 ド田舎で自給自足でもすれば俗世にわずらわされることもないだろうが、地方都市育ちで東京ぐらしをしている私にそんなサバイバルスキルはない。


 去年は寂しさにつけこまれ面倒なことになったが、今年は何もなくいつも通りに仕事をおえ家に帰れた。


 家に帰ると母から手紙がきていた。母はスマホが使えないわけでなく、いつもは娘とメッセージングアプリでやりとりしているが、なぜか誕生日のお祝いメッセージだけは手紙だった。


 誕生日に届くよう毎年送ってくれるのを娘としてよろこぶべきなんだろうけど、おめでとうだけでなくイヤミな言葉付きでもらってもうれしくない。


「なぜ誕生日おめでとうで終われない」


 いくつになっても親は子が心配なものらしいが、誕生日にちゃんと家事をしろ、売れ残りになるから婚活しろといったことを書く必要がどこにあるんだと思う。


 私もたいがい面倒な女だが、母も面倒な人だ。


 父とは遠距離恋愛+親の反対を乗り超えてと、なかなか情熱的な恋をして結婚したはずが、昭和のおっさんだった父は仕事してれば文句ないだろうな人で夫婦仲はよいといえなかった。


 家事と育児はワンオペな上にパートしてと母の不満はたまるばかりで兄と私によくあたった。


 大学の時に父が亡くなり、母の年齢を考えれば心身共に大変な時期になってきているのか、年々言葉がきつくなり説教くさくなってる。


「ポックリ逝きたいなあ」


 長生きしたいと思ったことはなく、事故や病気で死なないので生きてるが、いつ死んでもいいかと思う。


 何となくもう十分生きた気がする。


 やりたいことを全てやったとはいえないが、やってみたいことはそれなりにやった。


 仕事はたのしいが、恋愛も結婚も面倒だ。結婚できると思えないが何かの拍子でしてしまい、子供をうんでしまったら、子があまりに気の毒すぎる。


 私のような面倒な女に育てられたら子の性格が歪んでしまい、子供が生きにくさを感じるような人生を送らせてしまうだろう。


 成人で自立した生活をし借金はない。死んでも人に迷惑かけないはずだ。


 私が死ねば母も友達も少しの間は悲しんでくれるだろうけど、時がたてば私のことなんて忘れる。


 玄関チャイムの音がしたのでドアをあけるとパグくんだった。


「どうして誕生日を一緒に祝おうといってくれないんだ?」不機嫌そうにいわれた。


「誕生日を祝う習慣がないっていったでしょう?」


「一緒に祝う習慣を二人で作ろうっていっただろう?」


 しょんぼりした顔をするパグくんの、こういうところが本当にきらいだ。こっちが悪いことをしてる気になる。


 誕生日など祝いたくないという私の気持ちを無視しているのは向こうなのに。


 大学で家をはなれてから誕生日を祝うのをやめた。私がこの世に存在していることに何の価値があるのかさっぱり分からない。なので祝う意味があると思えない。


「わざわざ出張先から戻ってきて祝うなんてお金と時間の無駄でしかないと思うけど」


 パグくんが顔をおおいながら笑う。


「なんでこんな薄情なこという人を好きになっちゃったんだろう」


「だから別れようよ。あの時はちょっと弱っててふらついちゃっただけだし。ごめんね。もっとパグくんのことちゃんと愛してくれて、大切にしてくれる人と付き合った方がいいよ」


「もう黙れ」


 キスで口をふさがれた。


 これまで寂しさで弱っている時に流され失敗してきたので、パグくんと付き合うつもりはまったくなかったが、気がつくと付き合うことになっていた。


 ずっと俗世をすて尼になりたいと思っていたので恋愛などするつもりはなかったが、寂しさで判断を狂わせてきた。


 東京の大学に入学し一人暮らしするようになるとホームシックで寂しくなった。大学に入ったことだし彼女をつくろうとはりきっていた男にあっさりころんでしまった。


 付き合って三か月たった頃に他の女の子と一緒にいることが多いので本人にどういうことか聞いた。


「べつにお前のこと好きだから告ったわけじゃない。彼女つくろうと思ってとりあえず周りにいる女に声かけただけだ」と切れられふられた。


 そして三回生の時に父が亡くなり、その時にまたふらついてしまいチャラ男にひっかかった。


 あの時は自分でもおどろくほど父の死に落ち込んだ。子供に関心がなさそうな父だったが、東京の大学への進学を反対していた母を説得し、後押ししてくれたのは父だった。


 弱っていたのでチャラ男が心配してくれ構ってくれるのがうれしかった。


 チャラ男に好きな子ができたと捨てられた時に、「ちょうど女が途切れた時に弱ってて落としやすそうなお前がいたから付き合っただけだ」といわれた。


 恋愛ともいえない、若かったので発情してたのか、何だかよく分からない感情に振り回され疲れた。


 寂しいと男にころんでしまう自分を大いに反省し、非モテ女としてしっかり生きていくため勉強とバイトにはげみ、誰にでもやさしい男や好意らしきものをみせる男は徹底してさけた。


「いったよね。そういうひねくれたこと言われると燃えるって。本当に別れたいなら逆効果」パグくんがよい笑顔をみせながらいった。


 しまった。


 ついこれまでの癖で無愛想な対応をしたが、この男には逆効果なことを忘れていた。


「じゃあ、どう言えば別れるの?」


「そんなこと教えるわけないだろう」


 どうやらこの男が私のことを可哀想と思わなくなるまでこの関係はつづきそうだ。パグくんは私のことを愛が足りない可哀想な人なので救おうと思ってるようだ。


 私が弱る原因になった親友に相談すると、


「可哀想な人を助けるのが好きな男の人って結構いるみたいだよ。頼られるの大好きで、困ってる人を助けて感謝されることに喜びを感じるタイプ?


 だから新たに助けたいって思える対象がみつかるか、彼から見てあんたが可哀想な状態でなくなったらはなれてくれるんじゃないかなあ」といった。


 どうやら私は誕生日の行動を大きくまちがったようだ。誕生日をどうしても二人で祝いたいとやるべきだった。


 パグくんは来た時の不機嫌さがすっかりなくなり、うれしそうに持ってきた食べ物やケーキをとりだしている。


 ああ、面倒くさい。めでたくもなければ、うれしくもない誕生日を祝うなんて。


 ついでに寂しがり屋のパグ犬のようにはなれてくれない男になつかれて。


 はやくポックリ逝きたい。

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