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それはよくある御伽噺で  作者: 川門たけ光
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第三章 登校、あるいは暗躍の相談事


 県立北央高等学校。

 嶺郷市の若干、北側のほぼ中央に位置する高校。

 そして、上代修助が通う学校でもある。

 敷地の広さは県立高校にしては陸上のレーンが公式サイズで存在する事から見ても、なかなかの広さである。

 その高校の裏門で柄本巴は呆然と立ち尽くしていた。

「いえ、別にこの学校に来ること事態に異論がある訳じゃないのよ?」

「じゃあ、一体何が問題なんだよ」

 巴がつぶやいた独り言めいた疑問に上代修助が応対する。

「私が言いたいのは……」

 息を吸い、吐く。

「まさか、自転車でここまで来るとは思わなかったって事よ!」

「二人仲良くママチャリでチリンチリンとのどかに進めってか?」

「そこまで言ってないでしょう!」

 全く、と言い巴は額に手をやり、溜息をつく。

「やっぱ受け狙いで二人乗り式の自転車とか出して来ればよかったかな?」

「そんな物まで持ってるの!?」

 ペダルが二人分付いている実用性皆無の“アレ”である。

「話し変わるけど、無茶苦茶長いリムジンとかって日本国内じゃあ、使いようがねえよな」

「まあ、曲がるのにも一苦労でしょうからね」

「深夜の列車貨物と申したか」

「意味が分からないわよ。貨物列車じゃあないの?」

「新幹線だって、運行前は車で運ばれるんだぜ」

「そんなの見たことないわよ」

「そりゃ、基本的に運んでいる時間帯は深夜だし、列車の長さやデカさから考えれば、カーブ一つ曲がるのにも一苦労だろ?」

 ああ、そりゃそうね。と巴は納得しながら頷いていた。

「詳しくしりたきゃ、ググるか家でそれ関連のドキュメンタリー番組でも見ろよ。録画してあった筈だから」

「そんなのがやってたなんて知らないけど?」

「深夜番組だからなー」

 知らないのも当然だな。修助はうんうんと頷いていた。

 そんな修助を見ながら、暇人め、と言う意味合いの視線を送っていた巴だが、次の瞬間、ハッとして修助に視線を向ける。

「ほら、油売ってないで行くわよ!」

「それもそうだな、裏門とはいえ、目立つし。……というか巴、先陣を切るのはいいんだけど、何処に向かうか分かっているのか?」

 すたすたと歩いていた巴がピタッと立ち止まり、すぐさま転身、そのまま修助の後ろに回り込む。

「早く行きなさいよ」

「はいはい」

 そう言いながら修助は歩き始めた。

 向かう場所はこの学校の責任者がいる部屋。

 つまりは校長室だ。


○ ○


 歩いて数分の道のり。

 扉を開けて入ったそこは、とても豪奢な部屋だった。

 そのまま寝転がれそうな柔らかさを誇る絨毯。

 右手には漆黒の戸棚とその中に収められたトロフィーが見える。運動部、文化部関係なくどれもこれも優勝の二文字や準優勝の三文字が輝いている。

 左手には先程よりも小さな腰ほどの戸棚があり、その上には電気ポットが設置されている。

 そして部屋の一番奥、窓際中央には趣味のいい大型デスク一つ。

 デスクの椅子に座る人物は、その場所に座すには随分と若かった。

 年齢は三十代後半から四十代前半。

体格は長身痩躯。

 表情は柔和の一言。

 それが北央高校の校長、千場吉郎だった。

「やあ、御機嫌よう上代君。息災ですか?」

「もし息災でないなら、原因の一端はまず間違いなくこの学校のせいだな。ここ数日、特別な場所には行ってないからな」

「おやおや、随分と酷い事を言うもんですね。ここの責任者は僕ですよ?」

「一応知ってる。真面目に来ているからな。……学校には」

「結構。ならば息災ですね」

 授業も真面目に受けてくれれば万々歳なのですが。と言う千場の思いは脳内に浮かんですぐさま消えた。

「さてはて上代君。話は変わりますがこんな朝早くに何の様ですかな?」

「その前に、だ」

 修助が右横にずれる。

 後ろに控える様にたたずんでいた巴は、いきなり修助が横に動いた事によって千場と目を合わせる事になってしまった。

「ちょ、修助さん! いきなり」

「人生ってのはいきなりの連続だと俺は思うんだよ」

「人生を語られても困るわよ!」

「あ、校長。こちら柄本巴。今回の主賓だな」

 ちょ、無視するな。と言いつつ、巴は目の前の千場に挨拶する。

「ど、どうも」

 あれよあれよと話を進められ、千場に紹介されてしまう巴。

「巴。こちら千場吉郎校長。文字通りこの学校の責任者だ」

「これはこれは、ご紹介に預かりました千場吉郎です。よろしく柄本さん」

「よ、よろしくお願いします」

「はい、よろしく」

 挨拶を交わす二人を見て、よしよしと頷く修助。

「挨拶は済んだし、これでいきなりじゃないよな? じゃあ、話を進めるぜ」

「え? 挨拶を済ませただけよ!?」

「んじゃ、他に何するんだよ?」

 それは、と巴は口ごもり、数秒ほど考え、

「しゅ、趣味を聞くとか」

「見合いかよ」

 修助の容赦ない言葉が巴に突き刺さった。

「まあ、いいや。取り合えずソファーにでも座ろうぜ。いいだろ校長?」

「構いませんよ。客人のためにあるソファーですから」

 じゃあ、遠慮なく。と修助は我が物顔の勢いでソファーにドカッと座り足を組む、巴は若干、遠慮しながらも腰を下ろした。

「さてっと、朝早くに訪問した理由……、だったけか?」

「その通りですよ上代君。……こう見えて僕は意外と多忙でして。それに見合う理由を聞かせてもらいたいものですが……?」

「じゃあ、単刀直入に言う。……巴をこの学校に転校させたい」

 一切の前情報を与えずに修助は己の目的を伝えた。

「……いや、上代君……、流石にそれだけじゃあ、分かりませんよ。というか、転校したいならして来ればいいじゃないですか。まあ、書類審査くらいは見ますけどね」

「なんかオーディションみたいだな」

「程度の差はあれど書類選考なんてのはそのようなものですよ」

 そうなのか、と巴が頷いているのを尻目に修助は話を続ける。

「転校してきたいんじゃない、……させたいんだ」

「ふむ……」

 言葉の違いに気付いた千場は、短く頷き、

「詳しく聞かせてくれませんか?」

 続きを促した。

「早い話、玲奈が俺を頼る様に言って寄越した御嬢さん、だ」

 ふむ、と頷いた千場は高そうな椅子に預けていた身体を前に持って来る。

 肘を付き、眼前で両の手を組み合わせる。

 表情はいぶかしげだ。眉は歪められるが、口は見えない。

「君の腕前なら匿うぐらい、何の問題もないと思うのですが……?」

「よしてくれ、俺はただのアマチュアだよ。……けどな、それ以上に気になることがある」

「それは?」

「玲奈が自分で連れて来なかった、てところだ」

 修助は足を組み直し、身体を若干、千場の方にへと向けた。

「幾つかの理由が考えられるけど、俺は大まかに二つの内の一つだと思っている」

「それは?」

「一つは単純に面倒になって俺に丸投げしたってのだ」

「……そんな事をする様な人には見えなかったけど」

 自分を助けてくれた恩人を貶すような発言をする修助に、眉をひそめながら呟く巴。

 巴の言葉を聞いた修助は、ぐるりと首を回すようにして千場とは正反対の位置にいる彼女に目線を合わせる。

 修助と同じく視線を巴にへとやる千場。

 二人は何とも言えない表情をしている。

「…………」

「…………」

「な、なんなんですか一体!?」

 いや、ねえ……? と二人は巴の事をまるで憐れな子羊を見るような眼で見ていた。

「言いたい事があるならはっきりと言ってください!」

「神崎君は鉄バットを持って暴走族と大立ち回りをした事があるんですよ」

「玲奈の奴は基本的に風呂には入りたがらないからなー。一時期は酷いもんで一週間くらい入んなかった事もあるんだぜ?」

 巫女のいないところで色々とバラされていた。

 やれやれ、という表情をした修助はソファーから立ち上がり、電気ポットが置いてある小さな戸棚の前に立ち、慣れた手つきでカップと二つ用意する。そこにティーパックをそれぞれのカップに設置して電気ポットからお湯を入れる。

 インスタントだがいい香りがして来た。

 そんな修助を眺めながら巴は信じられないという思いを抑えながら尋ねる。

「えーと……、マジんこですか?」

「ええ、本気と書いてマジと読むくらいには」

 命の恩人の意外過ぎる素顔に何も言えなくなる巴。

 修助はそんな巴を無視しながら、慣れた手つきで戸棚からクッキーが入った缶を見つけ出し、皿の上にへと適当に並べていく。

「何と言うか、あの……、えー」

 混乱している巴を見て、修助は溜め息を一つ。

「いいから、お前は茶でも飲んで茶菓子でも摘まんでいろ」

 ほれ、と言って修助は紅茶を巴に手渡す。

 ついでと言う感じで自分の紅茶を持ちながら、クッキーの乗った皿とティーパックを乗せるための小皿を持って元の席に戻った。

 そうするわ。と言って巴は逃避するように紅茶を一口飲んで茶菓子に手を付ける。

「というか、随分と勝手に用意しましたね……、慣れた手つきで」

 千場は半目で修助を見ながら言った。

「勝手知ったる他人の家、ってやつだな。ここは校長室だが」

 というか、

「いけなかったか?」

「いえ、別に。言ってみただけです」

 んじゃま問題nothingだな。と言って修助はクッキーを一つ摘まみ、一口でそれを頬張る。二、三度咀嚼したならば口の中に広がるのは、

(チョコ味か……)

 普通でつまらん。修助はクッキーを噛みながら思い出す。

 それは二か月前にこの校長室で食べたクッキーだった。外見は普通。色はピンク。随分とファンシーだというのが外見からもたらされた感想だった。食べてみての感想は、

(不味かったなー)

 何せ味は、

(カニ味だもんなー)

 カニの味噌ではなく、カニの身を生地に練り込んだクッキーだ。ピンク色はカニの身の赤色が白い生地と混ざって出来たものだった。色合いがいい分、性質が悪い。

 製品名は“クッキークラブ”だ。

 食べた感想は

(サクッとしたクッキーの歯ごたえに、噛みしめる度に溢れるカニの風味)

 繰り返すが、端的に言って不味かった。

 だが、面白くはあった。と修助は思う。

(今度は俺が何かを持って来よう)

 クッキークラブは北海道のお土産だ。だから、そう、南だ。沖縄がいい。ゴーヤなんかはどうだろ? いや意外性が足りないな。却下だ。だったら、

(ミミガーかなー)

 豚の耳を原材料とした珍味を思い浮かべた。うん、なかったらミミガーを自分で取り寄せて作ればいいだけの話だし。

 うん、

「そうしよう」

「何を如何するんですか?」

 いやいやこっちの話だよ。といって修助は紅茶を一口飲む。


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