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それはよくある御伽噺で  作者: 川門たけ光
3/13

幕間 あるいは終わった悲劇


 柄本巴は夢を見ている。

 そしてそれは巴自身も夢を見ていることを自覚していた。

 何故ならばそれこそが柄本巴が生き残るため、意地汚く逃げ回る原因となった事柄だからだ。


 ○ ○ ○


「西日が眩しいわね」

 巴は自身を染める橙の陽光を浴びながら、そうつぶやいた。

 時刻は夕方の五時頃である。

 空はほぼ橙色に染まっているが、西の空の果てはまだかすかに青いのが分かる。

 口にしてもどうしようもないと分かっていても、ついつぶやいてしまった巴は、西日を無視しながら帰宅の途へとつく。

「誘われているんだし、部活にでも入ってみようかなぁ」

 そうつぶやく巴。実際に少なくない友人から部活に入らないか、という誘いを受けている。

 だが、巴は悩んでいた。

 これが、一つ二つ程度ならば、どちらか気に入った方を取るか、それとも帰宅部でいるかの三択程度で済むのだが、巴はほぼ全ての部活から誘いを受けていた。

 明らかに友人でない人からも誘いを受けていたのだが、そこは巴。この少女、友人の頼みならばすっぱりと断れるのだが、初対面や付き合いが浅い人物となると、これがなかなか断れないという、困ったちゃん立ったのだ。

 実際、何度かこの性格のせいで困ったことになったこともあるのだが、人間、癖というものはなかなか直せないもので、未だに巴は、この性質を直せないでいる。

 どうしたものかと、頭を悩ませながらも帰路を進む巴。

 途中のコンビニで、数人の学生が立ち読みをしている。

 反対のカラオケ店の前では店員が呼び込みをしている。

 いつも通り、変わらない帰り道。

 少し騒がしい、商店街を抜けて、住宅街へと進んでいく。

 しばらく進むと、巴の家が見えてきた。

 なんの変哲もない、一戸建ての住宅。強いて変わっているところを述べるなら、広い庭が付いている事ぐらいか。

 巴の足取りは軽い。何せ今日は日頃は忙しい、父親が早めに帰って来て、家族全員で夕食を食べる約束をしているからだ。

 その筈だった。


 ○ ○ ○


 取り合えず部活に関しては先送りにすることにした巴は自宅の扉を開ける。

「ただいまー」

 いつもと変わらない帰宅の言葉。

 直後、巴はどうしようもない違和感を覚えた。

 それにすぐ気がついた。

 この時間帯なら誰かしらいるはずだ。

 だが返事はない。

 いつもなら真っ直ぐに自室へと向かうのだが、得体の知らない感情に突き動かされて居間の扉を開けた。

 血を流して倒れ伏している三つの影。

 父と母と弟だった。

「は?」

 唖然となる巴。

 目の前の光景が信じられない。

「あ、あ……お、お父さん?」

 返事はない。当たり前だ。

 うつ伏せに倒れてる父の背中には穴が開いており、そこから大量の血が流れ出している。

「お、お母さん?」

 返事はない。当たり前だ。

 仰向けに倒れてる母の胸には穴が開いており、そこから大量の血が流れている。

「な、流?」

 返事はない。当たり前だ。

 テーブルに突っ伏している弟の背中には穴が開いており、そこから大量の血が流れている。

「お父さん、お母さん、流……」

 ただただ声をかけ続ける巴。

 頭のどこかでは分かっている。

 目の前の三人がもう助からない事を。

 しかし、心のどこかでは認められない。

 三人がもう死んでしまっており、もう二度と会話することも、食事することも、笑いあうことも出来ないことを。

 血を流している三人に近づこうと、ふらつく足取りで歩み寄ろうとしたところで。

 突然、巴が入ってきた居間の扉が開いた。

 緩慢な動作で振り返る巴。

 そこには二メートルを超える筋骨隆々の大男がいた。

「貴公が柄本巴か?」


 ○ ○ ○


「は、い? わ、たしは、つ、柄、本、と、とも、えで……すが……?」

「そうか……、ならば貴公を捉えさせてもらう」

 答えを待たずに大男は巴に手を伸ばす。

 猛烈に嫌な予感が走った巴は、その手から逃れようと後ろに下がろうとして、居間の窓ガラスが割れた。

「ふっ」

 小さな呼気と共に、赤と白の残影が両者の間に走る。

 大男は後ろにへと跳び下がる。

 彼女を守るように立ったのは、巫女服を纏い大きすぎる木刀を女性だった。

「少々、女性の扱いが乱暴じゃないかしら?」

 笑みと共に女性は告げた。


 ○ ○ ○


『聞こえてる!?』

 突如、巴の頭に声が響いた。

『聞こえているなら返事をして! 頭の中でね!?』

『は、はい! 聞こえています!』

『そう、貴方、名前は!?』

『つ、柄本巴です!』

『あたしは神崎玲奈! 今のところ味方だと思っておきなさい!』

 念話で会話しながらも、大男と玲奈の探り合いは続く。

「ほう、その装い……、この国の退魔師の類か」

『か、神崎さん、こ、これはいったい何が起きているんですか!? お父さんとお母さんと流は……』

『分からないわ。あたしはこの家で変な気配があったから、急いで来たから……』

「ええ、その通り」

 平静を装いつつ、巴との会話を続ける。

『けど、分かっていることは一つ。目の前の大男の狙いが貴方ってことよ』

『そ、そんな……! 何で私なんですか!? 私に狙われる覚え何て……』

「つまりは、拙者の敵か?」

 得物を狙う肉食獣の様な視線を向ける大男。

『貴方になくてもあちらさんにはあるってことよ』

『横暴すぎます!』

「それは、貴方の行いしだいね?」

 そんな視線を無視ししつつ、玲奈は飄々とした態度で大男と巴の会話を並行する。

『そうね。だから……、逃げなさい。今は何も考えずに逃げなさい』

『そんな、お父さんとお母さんと流を置いて逃げるなんて!』

「ほう、魔族と知れば大抵の輩は、すぐさま襲ってきたが?」

『出来ません! 出来ないですよ……そんなこと』

「ここは日本。八百万の国よ? まあ、大抵は貴方が会って来た人たちと同じで、魔族死すべしといった考えの持ち主が多いのは否定はしないけど……、全部が全部じゃないのも事実よ」

 大男との会話を引き延ばしつつ、巴への説得を続ける。

『それでも逃げなさい。このままだと死んでしまう可能性が高いわ』

『でも……』

「だから、聞いてあげる。貴方の目的を。その内容によっては見逃すか……、協力も考慮してあげるわ」

 これは本心だ。目の前の少女、柄本巴に手を出さないなら、人に危害を加えない事柄ならば、協力することはやぶさかではない。

「ふむ……、よかろう」

 一瞬の逡巡をへて、大男が話し始める。

『死んでしまっては、もう何もできないわ! 貴方の家族への思いさえ永遠に失ってしまうのよ!?』

『…………』

「拙者の目的はそこの柄本巴が目的だ」

「彼女をどうするつもりかしら?」

『悩むことなら後でも出来る。それさえも出来ない状態になりたいの!?』

『でも……!』

「……それは言えん」

「なら無理ね」

『生きなさい! 喜ぶために、怒るために、悲しむために、楽しむために!』

『う……、く……』

「交渉は決裂か……」

「今のはとても交渉とはいえないわよ?」

『生きるために……』

『……お父さん、お母さん、流』

「……元々こういう交渉事は拙者の仕事ではない」

「まあ、見た目的にも前線に立って戦うって感じよね?」

 あたしもそうだけど。

「故に、分かりやすい行動を取らせて貰おう」

「あら? 口では敵わないからって今度は腕力? モテないわよ?」

「有象無象に好かれて何が面白い」

「ええ、そうね。それについては同感。だから……」

 だから、

「生きなさい! 行って、生きなさい……!」 

 そう叫びながら、玲奈は巾着袋を巴に投げつけ、大男に肉迫する。

 巴はそれを受け取り、家族を見て瞬間的に逡巡。

 しかし、破れた窓から家を出て、走り出した。

 庭を抜けて、玄関前を通り過ぎ、敷地から外へ。

 どこへ行けばいいかなんて分からない。

 何をすればいいのかも分からない。

 警察に駆け込む?

 駄目だ。

 こんな事を何て説明すればいいのか、巴自身が分からない。

 誰を信じて、誰を疑えばいいのすらも分からない。

 後ろから大きな音と、衝撃が背中から伝わってくる。

 へたり込んで頭を抱えたい。

 家族は居ない。

 両親の祖父母もいない。

 つまりは天涯孤独だ。

 何だこれは?

 漫画やアニメの主人公か?

 笑えない考えが頭をよぎる。

 でも、足は止めない。

 止まらない。

 生きろと、あの人、神崎さんがいった。

 生きてから悩めと。

 助けてくれる人がいる。

 だったら、もう少し、生きてみようと思う。

 瞳から溢れ出る、涙をぬぐいながら巴は走る。

 既に空は橙から紫に染まっていた。

 

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